礼儀作法と躾の子供囲碁合宿〜2)礼儀作法と躾 

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8月19日水曜日の朝、荷物をまとめて、東京駅から新幹線で岐阜に向かった。車で行くべきか電車でいくべきか最後まで迷ったが、車では6時間以上もかかるし運転がしんどい。一方、JRの乗車券は二人の子供が半額で、且つ3番目は未就学児なので無料ということもあり、体力的にも楽なので、新幹線で向かうことにした。朝早めに家を出たが、結局現地に着いたのは、昼12時のランチタイムぴったりであった。宿舎について食堂に向かうと、既に子供たちは全員着席していた。僕らは、挨拶もそこそこに、昼食の会場の空いている席に促されて着席した。

時間厳守なのである。食堂の中からは、ピリピリとした雰囲気が伝わってきた。冒頭に、「食べきれない人いるか?」との問いかけに、小さい子供たちは遠慮がちに手を上げる。その食べられない分を、大きい子供たちが手分けして減らしに行っていた。「再配分」が終わると、「目の前にあるものは、絶対に残さないように」と厳しい口調で釘をさされる。静けさの中、小学校の高学年の子供の「合掌」という掛け声で、パチと手が合う音がして、「いただきます」の号令に続き、全員が「いただきます」と声を上げて、食事が始まるのである。

好き嫌いも許されない。誰かが、「食べてあげるからな」と言ったことが先生に聞こえると、「その分だけ大切な栄養分が取れないことになるから、好き嫌いなく食べなあかんで〜」という注意の声が食堂に響き渡るのである。当然、ご飯粒一つでも残したら、指摘される。食事の後半に先生が見回りに行き、ご飯粒が残っていると、「ご飯粒が残ってるで〜」という注意の声が響くことになる。そして、子供たちは、残ったご飯粒を全てかき集めて、口の中に流し込んで完食するのである。

合宿三日目の昼食のことであるが、小学校1年生の子供がカツ丼を残してしまったのである。「食べなあかんで〜」という声が響くと、その子供は泣き出してしまったのである。その子のお兄さんに「食べてあげたらどうや」と声がかかり、結局お兄さんを含む、高学年の子供たちで、2口ずつ食べて完食したこともあったのである。

合宿冒頭の挨拶で、合宿の方針の説明があった。「囲碁で一番重要なものは何だ」」という質問に対し、子供が手を上げて、「マナーです」と答えると、「そうだ」という確認があり、次のように説明された。「囲碁は強ければいいというものではない。一番大切なのは、礼儀作法である。これができていなかったら強くても意味がない。従い、この合宿では、礼儀作法の躾にはとても厳しくする」と宣言されたのである。

対局中は、最初の30手までは全員が正座である。畳なのだが、子供たちは座布団を与えられない。正座を崩すときには、「失礼します」と言ってから、楽な姿勢となる。胡坐(あぐら)をかいていても、背筋を伸ばすことが要求される。姿勢が悪いと、「○○、姿勢を正せ」と、名指しで叱られるのである。碁笥(ごけ:囲碁の石が入っている器)に手を突っ込んでいると、「碁笥に手を突っ込まない」と声がかがり、ジャラジャラさせていようものなら、「石をジャラジャラさせるな」と怒鳴られ、石を持ってから考えていると、「石を持ってから考えるな」と注意されるのである。途中で、フラフラ歩いていると「対局相手がおらんのか」と注意される。

囲碁以外にも、万事に対して厳しいのである。「食事が終わって退席するときには、いすを引く」。「スリッパや靴は、キチンとそろえる」。「朝の挨拶はハッキリとする」。少しでもできていないと、「○○、○○しなさい」という声が響き渡るのである。当然時間厳守である。一分でも遅れると注意をされる。この伝統を31年間守ってきたのである。現室長今分先生は、第二回目の合宿から参加しているという。今回スタッフとして来ている先生方も、子供のころから皆この合宿を経験して強くなっているのである。藤田塾(*その後今分喜行氏が独立して京都囲碁道場を開設)の前室表のときは、もっと厳しかったという。ビンタなどの体罰も普通に行われていたのだと教えてもらった。

部屋割りは、学年を縦に割るのだという。一部屋4〜6人で先生がなるべく1人入り、中学生、小学校の高学年、低学年という具合に1人ずつ配置されていた。部屋には、小学校の高学年か中学生が「班長」として任命される。その班長が中心となって鍵の管理、時間厳守の徹底、点呼の際の人数の確認をすることになる。

「最近は、同学年のつながりはあっても、縦のつながりが薄くなっている。少子化が進むと兄弟が少ないケースも増えている。だからこそ縦の人間関係を作らせるようにしているのだ」、と言う。部屋の中では、布団の上げ下げ、シーツのしまい方まで注意されるのである。

とても心地よいピリッとした雰囲気に包まれていた。何か、昔の古きよき日本にタイムスリップしたかのような感覚になってくるのである。

その3)につづく

2009年8月23日
自宅にて執筆
堀義人


(*)藤田塾を主に運営していた今分喜行さんが、2014年7月に藤田塾を辞められて、「京都囲碁道場」を設立されました。藤田塾は、未だに京都本部にて継続運営されている由ですが、運営の主要メンバーや教え子達の多くが京都囲碁道場に移籍されています。

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