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初めての子供囲碁大会

投稿日:2006/12/19更新日:2019/08/21

師走のある日曜日に、二日酔いと寝不足の体にムチ打ちながら、日本棋院に向かって歩いて行った。忘年会・クリスマスシーズンなので、前日はシャンパンをたくさん飲み、結局帰宅したのは、深夜の3時を過ぎていたのである。

「日本棋院(きいん)」とは、囲碁の総本山のビルのことを指す。ビル一棟がそのまま囲碁のために使われており、囲碁の博物館や対局室、さらには囲碁ショップや棋院の事務所などがそのビルの中にあった。その日本棋院で、堀家の9歳の長男、7歳の次男、5歳の三男の3人の子供たちが、初めての子供囲碁大会に参加していたのである。

その日の朝、妻が3人を日本棋院に連れていき、その間僕が自宅で3歳の四男と1歳の五男の面倒を見ていた。しかし途中で妻が帰宅し「三男の調子が良くないみたい。ぜひ付き添ってあげて。どうもパパの方がいいみたい」、と告げられ、僕が急遽日本棋院の囲碁大会に付き添うことになったのである。

自宅から日本棋院まで向かう途中、ふと子供と囲碁のことを振り返ってみた。実は僕は、ずっと前から子供たちに囲碁をさせたくて、あの手この手を使って仕掛けていたのである。

兄弟げんかをすると、「ハイ、囲碁勝負だよ」と命令し、腕力でなく、頭脳で勝負をつけてもらうのが我が家のルールの一つになっていた。囲碁だとゴルフと同じようにハンディをつけて戦っても十分に楽しめるので、兄弟で棋力(きりょく)が違っても戦えるのである。普段は、漫画を買わないのだが、 『ひかるの碁』だけは、全巻まとめて買ってあげたりもした。更に、ゲームを没収したり、テレビのコンセントを抜いたりして、囲碁しか打てない環境をつくってみた。囲碁ソフトも買ってきて、パソコンでゲーム感覚で囲碁に楽しめるようにした。それでもなかなか囲碁になじんでくれなかった。

その理由もよくわかっていた。囲碁で負けると悔しいから、その悔しさが嫌で、なかなかやりたがらないのである。確かにその気持ちは、よくわかる。大人でも負けると涙がでそうになるほど悔しい思いをするのである。ましてや、子供ともなると、泣きべそかきながらの碁石の投げ合いは、日常茶飯事であった。ただ、その悔しさを乗り越えないと強くはなれないのだ。

僕は、囲碁によって養われる集中力や考える力とともに、いやそれ以上に、負けながらもそれを乗り越えていく精神力が鍛錬されることを期待していたのである。囲碁は集中力、頭脳、そして精神力が鍛えられるのである。しかも、中国・韓国を中心に世界中でも打てるし、一生囲碁を楽しめるのだ。まだ塾には通わせたくはないけど、どうしても囲碁は続けさせたかったのだ。こうなったら粘り強くやるしかない。

今年の7月、通っている囲碁サロンの経営者にお願いして、子供向けミニ囲碁大会を企画してもらった。囲碁仲間の子供たち10人弱が集まり、たくさんのトロフィーや商品を用意して、トーナメントで個人戦やペア碁で勝負をつけるのである。幸いわが子は下手なりにも、トロフィーを持って帰ることができたのだ。どうやらこれがとても嬉しかったようで、やる気になった様であった。

子供達は、7月後半に始まった日本棋院の「夏休み囲碁集中レッスン」に積極的に通い始めた。そして帰宅後、その戦績を報告するのが日課となっていた。弱い級から始めたので、連戦・連勝できているのが、とても嬉しいようであった。そして、レッスンの最後の日に、認定書をもらえたのである。三男にとっては初めての賞状である。僕は、その認定書を何度も何度も大きな声で読みあげて、三男に授与してあげた。三男はとても嬉しそうであった。

夏休みが終わると、毎週水曜日の夕方と土曜日の午前・午後のダブルヘッダーで、長男、次男、三男の3人の子供たちの囲碁塾通いが始まった。週3回である。土曜日は、朝9:30-11:30が日本棋院の子供スクールで、12:00-14:00までが、新宿の囲碁スクールである。僕は、日本棋院に車で迎えに行き、そのまま車の中で子供達に昼食を食べさせて、新宿の囲碁スクールに向かうのが毎週土曜日のルーチンになっていた。

子供達は、級が上がっていくのがとても楽しいようである。海外出張先にも、勝ったときには電話で報告があった。週末に東京を離れてやむなく土曜日の囲碁を休むときには、翌週に振返ることができるので、次の週は午前・午後のダブルヘッダーが土曜日と日曜日と二日続くのである。

そして子供達は、棋力をぐいぐいつけていった。10級を切る棋力を持った子供たちには、インターネット碁で対局できる環境も整えた。僕は、もうそろそろ長男に棋力で抜かれそうになっていた。そして、今般初めての子供囲碁大会に参加することになったのだ。

二日酔いがとれないまま、僕は日本棋院に辿り着いた。1階の碁会場は、子供たちで埋め尽くされていた。中に入って探してみたが、1階には堀家の子供たちがいなかった。どうやら、ここは有段者の子供達向け会場であったようだ。もうそろそろ長男も、ここで打てるのだろうかと思いながら、2階に上がった。

2階の大広間には、全部で200〜300人ぐらいの子供が、囲碁盤に向かって対局していた。その子供たちの対局場を見守るように、付き添いの保護者たちや囲碁の先生たちが、取り囲んでいた。凄い熱気である。

僕は、子供たちの対局席を縫うように歩きながら、堀家の子供達を捜したが、なかなか見つからない。最初に次男が目に入った。次男はよく目立つのだ。「どう、順調?他の子供たちはどう?」と聞くと、「わからない」という返事が返ってきた。次男は、他の兄弟の事など関心が無いようだ。そこでキョロキョロと他の子供達を探していると、長男が静かに近寄ってきて、成績表を見せてくれた。そこまで4戦全勝であった。

「凄いじゃない。ところで三男は?」、と聞くと、長男は三男の対局スペースを知っているようで、その場所を指でさして教えてくれた。

三男が見つかった。小さい5歳の三男の前には、ひとまわりもふたまわりも大きい小学校高学年の男の子が座っていた。三男は、どことなく疲れているようであった。そりゃそうだ。前日の土曜日も、午前・午後囲碁のレッスンに行って、夜はクリスマスパーティだったのだ。長男・次男と体力が違うので、三男に一番早く疲れが出るのである。三男に、「頑張れ。気合だぁ」と声をかけて、3局目の戦いを見守った。三男は結局辛くも勝ち、これで2勝1敗だった。だが、あまり元気が無い。

審判の方に休憩を申し出て、気分転換に外に出て、二人でお茶をすることにした。外に出て肩車をしてあげた。普段は、四男と五男がいるので、5歳の三男には、肩車の順番が回ってこないのだ。背が高くなり、工事中のトタンの柵の上から中が見えるのがとても嬉しいようだった。「水溜りが見えるよ」、と頭の上から三男が教えてくれた。

靖国通り沿いの喫茶店に入り、窓側のカウンター席に二人で腰掛けた。三男は、ストロベリー・ヨーグルト・シェークで、僕は、グレープフルーツジュースを注文した。二日酔いで弱った胃には、心地よい。

三男に、「あと二つ勝てば、ニンテイショウ(認定書)をもらえるよ」と教えたら、目つきが変わり始めた。この三男は、やる気になると強いのだ。ジュースをそこそこに、日本棋院に戻ると、残りの2局を立て続けに2連勝したのだ。戦績は、結局三男は、4勝1敗。長男は8連勝であった。次男は、残念ながら負け越しだった。次男は、自分の棋力よりも高めに設定して臨み、長男は自分の棋力よりも低めに申請したから、その結果となったようだ。次男のそのチャレンジ精神を褒めてあげることとした。

2階のショップで、囲碁盤を買っているときに、偶然梅沢由香里プロにばったり出会った。どうやら、3階で万波 佳奈 プロらとともに、20〜40代の社会人向け大会のお手伝いをしているようであった。何人かの参加者は、僕が主催している、「経営と囲碁を語る会」に参加している人々だったので、3人の子供達を連れて、3階まで上がって挨拶をしてきた。3つの違う団体の対抗戦が始まるようであった。こっちは、大人向けの大会だ。

子供達3人とパパとで、帰りに1階で認定書を受け取り、寄り道して帰ることにした。公園の中を通り抜ける。イチョウの真黄色の葉っぱを足で蹴りながら、公園の中を手をつないで歩いた。そして、そのままレンタルビデオショップに向かうことにした。今日はご褒美なので、何でもいいから一枚づつ好きなビデオを借りていいことにした。ノロウィルスや風邪がはやっているようなので、疲れをとるには、のんびりするのが一番だと思っていたからでもあった。

「名探偵コナン」、「スパイキッズ」などを借りて、家路に着いた。子供達は、ビデオショップから走って家に帰った。家では、ラーメンが用意されていて、子供5人でとパパとママでゆっくりと昼食をとることにした。

ラーメンをすすりながら、長男から順番に、初めての囲碁大会の戦績の報告が行われていた。
食後に、認定書を大きな声で読み上げて授与する儀式が、行われることになった。

そして、家族全員参加のビデオの鑑賞会が始まった。

2006年12月19日
自宅にて
堀義人

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