「脱原発」と叫ぶ前に、よく考えよ! 

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左翼系ジャーナリストや無責任な評論家が、「脱原発」と叫ぶのは、まだ許せる。だが、社会的に影響力がある起業家や府知事、更には国会議員が叫び始めると、もの申したくなる。なぜならば、影響力の大きい責任ある立場の人が、国民を導く方向性が間違うと、国民全体に多大な損害を与えるからだ。その一例を振り返ってみよう。

民主党が、政権交代後に先ず対処したのが、在日米軍の普天間代替基地の問題だった。時の総理および政権与党は、「最低でも県外へ」と訴えかけ、民衆を導き、沖縄県民に期待を抱かせた。

ところが、蓋を開けてみたら、実現可能な代替案が無く、結局沖縄に戻ってこざるを得なくなった。その結果、沖縄県民を失望させ、重要な日米安保関係を悪化させ、中国の尖閣諸島への挑発を許すまでに至ったのだ。これは、誰もが認める「失敗」であった。首相は、この責任をとり退陣した。

代替案が無い方向に、人々を導いてはいけないのだ。この事例がまざまざとその教訓を残してくれたのだ。誤解なきように言うとリーダーが、方向性を示し、多くの人々に影響力を行使することは、良いことである。その点は、否定しない。だが、リーダーが導くからには、適正な代替案が無ければならないのだ。

では、翻って、原発問題を考えてみよう。国民に、原発の危険性を喧伝し、原発に対する嫌悪感を抱かせ「すぐにでも原発を無くすのだ、その意志が大事だ」と伝え、人々を新たなビジョン「自然エネルギー」等へと導く。この行為自体は、立派なリーダーシップだ。人々に夢や期待を与える点では、沖縄米軍基地も同様に立派だった。

ところが、大きな疑問点が湧きあがる。「代替案があるのだろうか」、だ。代替案が無ければ、普天間代替基地候補が沖縄に戻ってきたように、発電も結局原子力に戻ってこざるを得ない。そうなると、危険性を喧伝された周辺住民の不安を増長させ、電力供給削減により経済に影響を与えたうえで、多くの人に失望を与えて戻ってくることになる。

「脱原発」を喧伝するリーダーの方々は、口ぐちに代替案は「自然エネルギー」だと煽る。「自然エネルギー」とは、具体的には、「再生可能エネルギー」の風力や太陽光などを指すようである。だが、それらの光や太陽光などの代替可能エネルギーが10年以内に、原子力に代わるベースロードとして20~30%の電力を安定的に供給できる可能性は、ほぼゼロに近い。そもそも短期的に実現可能性が高いならば、起業家が「自然エネルギー財団」を作り、研究するようなことはしないものだ。

「短期的には無くても、長期的にあるからいいではないか。その意志が大事だ」と反論される。だが、その長期的にも実現できるかどうかもわからないのだ。先行してその「ビジョン」を10年近く前に提示したドイツですら、未だに20~30%の電力を原発に頼っているのが実情だ。福島原発事故後に、ドイツ政府が急きょ原発7基の稼働停止を命令したところ、国内の電力が足りなくなり、隣国フランスから原発でつくられた電力を緊急輸入している有様だ。

時間軸の違いから来る問題も発生している。「脱原発」を叫んできたある財界のリーダーが、浜岡原発が停止したときに、慌てふためいた。「脱原発とは、言ったものの、今稼働しているものを止める必要はなかろう。再稼働ができなかったら電力は足りなくなる。経済は、どうなるのか」、と動揺された。つまり、「脱原発」とは言ったものの、今すぐに原発を止めよとは言っていない、というロジックだ。

「脱原発」という言葉には、時間軸が無い。「脱原発を!」と、発信する側は、「長期的な方向性である」と思っていたとしても、受け止める側は、短期的方向性として受け止め、「今すぐにでもその作業を開始する必要があるのだ」、と認識する。つまり、時間軸的にも誤解をされやすいのだ。だからこそ、影響力があるリーダーが語る言葉は、誤解を招かない言葉を選ぶ必要があるのだ(ちなみに、僕は、「電力安定供給が重要だ。長期的には再生可能エネルギーを増やそう」と言い続けて来た)。

正しいリーダーシップとは、代替案を見極め、長所・短所を分析し、期間(短期か長期か)を認識し、実現可能性かどうかを十分に吟味したうえで、初めて適切なタイミングで、方向性を口に出すものなのだ。所謂熟慮のリーダーである。原発の危険性に、皆が恐れてパニックになっているときにこそ、「ぐっ」と我慢して冷静な対応をすることが、リーダーには求められる。間違っても自らが、率先して恐怖を煽ってはいけないのだ。

結局、「脱原発」の叫びも、「最低でも県外」の叫びも、質は同じだと思う。ポピュリズム的に大衆に迎合し、民衆を煽るだけ煽った上で、最終的には、また元の鞘に戻ってくる可能性が高い。そうならば、最初から、もっと熟慮すべきではないだろうか。

繰り返しになるが、左翼系ジャーナリストや無責任な評論家が、「脱原発」と叫ぶのは、まだ許せる。だが、社会的に影響力がある起業家や府知事、更には国会議員が叫び始めると、もの申したくなる。なぜならば、影響力の大きい責任ある立場の人が、国民を導く方向性が間違っていると、国民全体に多大な損害を与えるからだ。

2011年5月13日
堀義人

 

京都大学工学部卒、ハーバード大学経営大学院修士課程修了(MBA)。住友商事株式会社を経て、1992年株式会社グロービス設立。1996年グロービス・キャピタル、1999年 エイパックス・グロービス・パートナーズ(現グロービス・キャピタル・パートナーズ)設立。2006年4月、グロービス経営大学院を開学。学長に就任する。若手起業家が集うYEO(Young Entrepreneur's Organization 現EO)日本初代会長、YEOアジア初代代表、世界経済フォーラム(WEF)が選んだNew Asian Leaders日本代表、米国ハーバード大学経営大学院アルムナイ・ボード(卒業生理事)等を歴任。現在、経済同友会幹事等を務める。2008年に日本版ダボス会議である「G1サミット」を創設。2011年3月大震災後に、復興支援プロジェクトKIBOWを立ち上げ、翌年一般財団法人KIBOWを組成し、理事長を務める。2013年6月より公益財団法人日本棋院理事。いばらき大使、水戸大使。著書に、『創造と変革の志士たちへ』(PHP研究所)、『吾人(ごじん)の任務』 (東洋経済新報社)、『人生の座標軸』(講談社)等がある。

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