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ブータン旅行記Ⅴ-チベット密教

投稿日:2006/05/10更新日:2019/08/21

夜明けとともに目が覚めた。昨夜のディスコの疲れが残っているのか、足が重い。

重い体をプッシュしながら、宿を出る。ニドゥとセレンと再会した。二人とも、昨晩は楽しかったようで、照れくさそうな表情を浮かべていた。でも、昼 間は彼らにとっては、仕事である。民族衣装の制服を着て、ガイドと運転手の役割をしっかりと果たしていた。

先ずは、ティンプー市内の尼僧院を訪問した。そして、タンチョ・ゾンという最大のゾンに向かった。ここには、国王の執務室と寺院が併設されていた。国王の執務室ということは、政治の中枢である。またここの寺院は、夏の間は総本山としての機能を有する。

冬から初春にかけて僧侶はプナカ・ゾンにいるし、今日は日曜日なのでお役人も出勤していない。静かで平穏であった。ゾンの中を鳩が自由に飛びまわっていた。空は、真っ青である。本日も快晴だ。

このゾンの寺院の中で衝撃的な像を目にする。歓喜仏(交合仏)と呼ばれる、 男女が交合している姿を像にしたものである。男があぐらをかいている上に、半裸姿の女性が足をからませながらまたがり、合体している。女性の顔が横向きに上を向いて、男性の唇とくっついている。まさしく合体している姿が、像の形で表現されているのである。

今まで、平面的な壁画や絵で、歓喜仏(交合仏)を観たことがあったが、立体的な像では初めてである。立体的な像になると、うしろ姿の女性の背中の曲線が妙に艶かしい。

この歓喜仏(交合仏)の像が、最高峰の寺院の一番重要な部屋で、仏陀像を挟んで両脇に4体(4対?)づつ置かれているのである。

ニドゥにこの意味を聞いてみた。ニドゥが言うには、「これは、グル・リンポチェの想像の世界の産物で、男は技能(方便)を表し、女性が智慧をあらわす。それらが合体していることによって、瞑想状態となり、悪を退治する力を得るのだ」、という。

そう言えば、後期密教では、タントラと言い、性的なエネルギーをもとに瞑想状態を得る、という考え方があったという。ニドゥに聞くと、「グル・リンポ チェが、ブータンに持ち込んだ密教は、その流れにくみするものである」、という答えが返ってきた。

そういえば、チェリ寺院に行くときには、肌色の男根の絵が(しかももろに)、白色の外壁に大きく書かれているのを目にした。男根には、悪を退治す る力があると信じられ、その絵がお守りとして描かれているのである。ブータンは、性に関しては、かなりおおらかである。

週末市場を覗いてから、空港のあるパロに向かう。パロ空港の近くに、ブータンの農業の発展に携わった西岡京治さんのチェルテン(仏塔)と農場が見えた。ニドゥもセレンも名前を知っており、ブータン人からも尊敬されている。彼の話をブータン人から聞くことができると、日本人としてとても誇りに思えてくる。

パロに着き、ドゥチェ・ラカンという寺院に行った。壁画が美しいということで有名なお寺である。壁画を保存するために、電灯を使わずろうそくのみ使用しているので、中はとても暗い。しかも、壁一面が黄色い布で覆われているので、壁画を見るためには、いちいち黄色い布を捲くり上げながら、ろうそくの灯が届く範囲で鑑賞することになる。薄暗い中で、急な階段を辿り、3階まで登る。黄色い布を捲り上げると、そこには、男女が合体した姿を描いた歓喜仏と、下半身が裸の女性の絵があった。

密教のことをもっと知りたくなり、ニドゥにお願いして、お寺を出てから本屋さんに向かった。1時間程度、曼荼羅やヒマラヤ仏教のことを学んだ。

ヒマラヤには、かつて北にチベット、西からラダック、ネパール、シッキム、そして ブータンという仏教国家が栄えていた。チベットは、1959年に中国 に侵略され、ラダックとシッキムは、インドに併合された。ネパールは、ヒンズー教の影響が強い。従い、現存するヒマラヤの仏教国家は、唯一ブータンのみであることも理解できた。密教の曼荼羅の絵図を手に入れた。

本屋を出て、最後の目的地である、ブータン最古のお寺キチュ・ラカンを訪問した。ここでは外国人観光客がごったがえしていて、あまり多くを感じることができなかった。これでブータン旅行の全ての行程を終えることになった。いよいよ明日、日本に向けて、ブータンを飛び立つことになる。

夕方5時過ぎに宿に着くと、支配人が出迎えてくれた。一通り挨拶をした後、素晴らしいイベントのことを教えてくれた。「今日はゲストを招いたの で、夜7時に是非居間に来て欲しい。ゲストは、チベットの高僧で、ラマ僧の生まれ変わりである」とのことだ。

何という幸運だ。僕は、スピーチの予定時間の15分も前に会場に行って、高僧の真ん前の席を確保した。ワクワクしながら開始時間を待った。7時ちょっと前に高僧が登場した。赤茶色の僧衣に、高僧の証である黄色い袈裟のようなものをかけていた。顔は丸く、穏やかな面持ちであった。

宿の支配人が高僧を紹介し始めた。「このお方は1945年生まれで、2歳の時にチベットのラマ僧の生まれ変わりとして認定された」、とのことだ。ラマ僧の転生仏で、チベットのランクでも14、5番目に入るらしいのだ。僕は、胸を躍らせながらも、一言も聞き逃すまいと、前傾姿勢で集中して話を聞いた。

彼は、スピーチでは、当たり障りのない、仏教伝播の流れ、ブータンの仏教の歴史や、密教の教義の中身などを話してくれた。質疑応答の時間になったので、さっそくいくつか質問させてもらった。他のお客、主に米国人からは、中国のチベット侵略に関する質問が集中した。

「今、どこに住んでいて、なぜブータンにいるのか?」「なぜ、中国がチベッ トを侵略したと思うのか」、「そのことに関して今どう思うのか」、「チベットの独立を望んでいるのか」、「中国の征服後、チベットの文化や宗教的な遺産は、破壊されてしまったというが、それは本当か?」などであった。

僕は、スピーチの後、高僧のそばにかけより、色々と質問させてもらった。暫くして、思い切って「一緒に食事をしませんか?」、とお誘いしてみた。高僧は、「いいですよ」、と快く引き受けてくれた。幸運にも一緒に横に座りながら、お話をする栄誉を与えられたのだのである。「ブータン滞在の最後の晩に、こういう縁があるなんて、何て幸運なんだ」、と小踊りしながら食堂に向かい、高僧との会話を楽しんだ。以下が、高僧から伺った話の抜粋である。

高僧は、2歳の時にラマ僧の生まれ変わりとして認定された後に、高僧となるべく教育を受けてきた。彼は、東チベットの13の僧院のラマ僧としての役割を担うことを期待されていた。しかし、1959年、彼が14歳の時に、大きな人生の転機が訪れた。中国がチベットを侵略してきたのである。

中国軍の侵略に合い、高僧はダライ・ラマとともに、チベットから逃れてきた。その当時6百万人いたチベット人のうち、たった10万人しか逃げて来れ なかったのである。彼の両親も兄弟もチベットに残されたままであった。

インドのシッキムで、12年ほどサンスクリット語などを学んだ後に、1971年、26歳の時にブータンに招聘され、ブータン政府の文化省の教授とし て、博物館や図書館などの統括を行うことになった。その間ずっと祖国チベットのことが気になっていた。

1980年代以降の中国の開放政策もあり、1990年に初めてチベットに戻ることができた。その時は、ラサにしか入れなかったが、1991年には、初めてふるさとの東チベットに戻ることができた(東チベットは、現在四川省に併合されている)。そこで見た光景は、悲惨なものであった。

13の僧院は、全て破壊しつくされていた。殆どの僧侶は殺されたか、自然に死んでいってしまった。彼の母親は、20年間も牢獄に入れられていたのである。中国の文化革命の時に、チベットは徹底的に弾圧され、破壊行為を受けた。中国の侵略の前に6000余もあった僧院のうち、たった97しか残存しなかったという。他は全て破壊つくされたのだ。

今はその僧院を復興するべく、何度かチベットを訪問している。既に9回ほど訪問しているが、毎回ビザを取得するのに苦労している。復興に際しては、日本人の友人にスポンサーになってもらい、僧院の建設費用や僧侶の生活費を賄ってもらっているとのことだ。

現在は、ブータンの首都のティンブーに住んでいる。結婚はしていない。日本にも何度か来ており高野山には、二年前に訪問したらしい。現在は、6 0歳を過ぎたのでブータン政府役人を退官しており、後世の方々のために、ス ピーチをしたりしている、と言う。

僕は、彼の言葉を聴きもらすまい、と集中していた。何を食べたかを覚えていないほどである。他にも、グル・リンポチェ、シャブドゥンの人となりやタントラに関しても、色々と教えてもらった。

そして、最後に高僧に質問してみた。「中国がチベットを侵略していなかったら、あなたはチベットで13の寺院のヘッドとして、僧侶を束ねていることに なっていたでしょう。その人生を変えた中国に対して、どう思いますか?」

「生きている間に起こった事は、全て宿命として受け入れなければならないのですよ」、と表情を変えずに、高僧は淡々と話してくれた。

いつの間にか食堂は、静かになっていた。知らぬ間に他の宿泊客は退席してお り、食堂には僕らのみが客として残っていた。席を立ち、高僧に深くお礼をし、握手をして、再会を誓い合い、別れを告げた。

その夜は、精神的にも、頭脳的にも疲れきっていたのか、すぐに深い眠りにつくことができた。

2006年5月3日
(パロのことを思い出しながら)
軽井沢の山小屋で執筆
堀義人

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