中国人の友達との徹底討論(その2)今後の日中関係 

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中国人の友達は、グラスを片手に持ちながら、彼が幼少の頃から聞いてきた話しを語り始めた。

「日本軍が中国に攻め込んでから、親族も日本軍人によって殺された。南京での虐殺の話しも祖父から聞かされていた。虐殺のあとに南京に入ったが、人影がほとんど無かったとのことだ。日本軍はひどいことをしてきたと思う。

ただ、不思議なことに、日本人に対して好感を持っている人もいた。もう片方の祖父は日本語を喋るのだが、日本人には優しくされたと言っていた。基本的に優しい人々だと好感を持っているようだ」と。

そして友達は、「南京大虐殺に関してどう思うか?」、と聞いてきたので、僕は率直に応えた。「ある程度の虐殺はあったかもしれないが、中国政府が主張しているような数十万人という数ではない、というのが通説である。真偽は定かでは無いが、南京大虐殺は、ニュルンベルグ裁判でのナチスドイツによるユダヤ人虐殺のようなものを東京裁判でも必要となり、誇張して報告された、と思われているのだ」、と説明した。

中国の友達からは、「でも、虐殺が問題なのであって、数の問題ではないよね」とやんわりと指摘され、「仰るとおりだ。戦争中に起こったことについては、率直に日本政府は謝罪をしているし、僕も日本人として残念に思う」と伝えた。

僕からも色々と質問した。「中国で教える日本の歴史はどうなのか?」、「中国の愛国主義教育に関してはどう思うか?」、「最近の反日デモに関してどう思うか?」、 「愛国無罪というスローガンをどう捉えるべきなのか?」、「今後の台湾はどうなっていくと思うか?」など。友達は、彼なりの私見を淡々と、説明してくれた。

友達は、次の質問に対して初めて語気を強めて反論した。「ロンドン同時爆破テロにおける中国人の反応はどうだったのか?ファイナンシャルタイムズ紙によると中国語の掲示板には、1/3以上がテロに賛同しているようだと書かれているが、どう思うか」。彼は、「外国メディアは、中国に対して偏見を持っている」と主張していた。

僕らは、既にシャンパンのボトルを飲み終わっていた。お互いに、お水を飲みながら議論を続けていた。僕らの目の前には、紙と鉛筆が置かれていて、人名や地名の時には、筆談を交えながら、語り合った。

僕は、明治維新の流れから、日清、日露戦争、日韓併合、満州事変、そして日中戦争 に向けての歴史の流れを僕なりに説明してみた。彼からすると、違う国から見た歴史の流れは、新鮮味があるのか、関心を持っているようであった。そして、最近の日中関係、韓国を交えた北東アジアのあり方などが議論になった。

気がついたら、時計は夜中の2時半を指していた。結局、4時間半も議論してきたのである。僕は、翌日朝8時半から会議の予定であり、さすがにこれ以上残れなかったので、帰路に着くことにした。

第一日目は、このように二人で徹底的に議論をした。お互いこれだけ中国・日本に関 して議論をしたのは、初めてであった。

会計を済ませて、外に出た。がっしりと硬く握手をして、翌日(本日?)再会を約束 して、別れることにした。

翌日は、台風が直撃して雨だった。彼は、夕方フィアンセやお姉さまとともに、グロー ビスに来てくれた。グロービスのキャンパスを案内したあとに、僕の机の前で暫く談笑し、 グロービスのビジョンやビジネスモデルを説明した。

夕方6時半ごろに、タクシーで西麻布に向かった。ブッシュ大統領が来日した際、小泉首相と会食をした「権八」にお連れすることにした。その日は、お姉さまやフィアンセ、日本在の中国人の友達などが一緒だったので、明るい話題が多く、お互いの出身地や趣味の話などをした。

遅れて、参議院議院の浅尾慶一郎氏がいらした。友達と浅尾氏が議論しているのが、聞こえてきた。浅尾氏は、質問に答える形で、ドイツと日本の違い、さらには、ヒトラーと東条英機の違いを説明していた。

過去の話は語りつくした感があったので、僕らは未来に関して、つまり今後の日中関係のあり方に関して、議論をすることとした。

「まずは相互のコミュニケーションが必要だ。次の時代をつくっていく、リーダーの会をつくろう。日中(中日)友好フォーラム(仮称)のようなものを作ろう」、ということになった。

その際の、プリンシパルは、以下3つとしようということになった。

1)議論を通して相手の考え方を理解するように努力をする。
2)ただし、双方の見解に合意をしなくてよい。お互いの考えを率直に表明することに意義がある。
3)最終的には、未来志向で考えて行こう。過去のことは戻ってこない。お互いに直視した上で、未来に向けてポジティブに捉えて行こう。

その後も、旅行を通して議論が続いた。この議論を通して学んだことは、相互理解は片方が遠慮していても生まれない。率直な意見交換をしてしか生まれないということだ。僕らは、靖国問題、東京裁判、南京大虐殺、台湾問題、反日テロなどを全て語りつくしていた。その結果、お互いは全てを合意をしていないが、相手の主張や考え方を理解することができた。

その結果、僕の意識の中では、中国に対して親近感を持つようになったし、友達にも、日本に対して同様の気持ちを持ってもらえたのではないかと思っている。

彼らと別れた翌朝、世界水泳をテレビで観戦した時のことである。日本選手の活躍は、目覚しいものがあった。だが、日本選手が残っていなくて、中国選手のみが決勝に残っていた種目では、中国選手に親しみをおぼえ、応援している自分を発見していた。今まで、中国選手を応援するということは、あまりなかったのに、自分の心境の変化にびっくりしていた。

友達も、同様に日本を好きになって帰ってくれたと思う。今回のような率直な意見交換は、相互の理解・友好のためには避けて通れないものだと、痛感した。
僕らは、日本人であるとともに、アジア人でもある。日本のよい点を率直に主張しながらも、同じアジア人として相互に理解しあえるものだということを確認できたことが、僕にとっては有意義であった。

2005年8月5日
二番町のオフィスにて
堀義人

 

京都大学工学部卒、ハーバード大学経営大学院修士課程修了(MBA)。住友商事株式会社を経て、1992年株式会社グロービス設立。1996年グロービス・キャピタル、1999年 エイパックス・グロービス・パートナーズ(現グロービス・キャピタル・パートナーズ)設立。2006年4月、グロービス経営大学院を開学。学長に就任する。若手起業家が集うYEO(Young Entrepreneur's Organization 現EO)日本初代会長、YEOアジア初代代表、世界経済フォーラム(WEF)が選んだNew Asian Leaders日本代表、米国ハーバード大学経営大学院アルムナイ・ボード(卒業生理事)等を歴任。現在、経済同友会幹事等を務める。2008年に日本版ダボス会議である「G1サミット」を創設。2011年3月大震災後に、復興支援プロジェクトKIBOWを立ち上げ、翌年一般財団法人KIBOWを組成し、理事長を務める。2013年6月より公益財団法人日本棋院理事。いばらき大使、水戸大使。著書に、『創造と変革の志士たちへ』(PHP研究所)、『吾人(ごじん)の任務』 (東洋経済新報社)、『人生の座標軸』(講談社)等がある。

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