サンフランシスコ空港に降り立つ。日本のジメジメした空気とは違うカラっとした空気が僕を迎えてくれた。タクシーを待ちながら、カリフォルニアの青い空を眺めていると、シリコンバレーに来たんだという実感が沸いてきた。
タクシーでパロアルトのホテルまで向かった。ルート101は、比較的すいている感 じがした。エンバカディロというスペイン語風の名前の通りで、ハイウェイを降りて、スタンフォード大学の入り口の前で右折してエルカミノ・リアルという同じくスペイン語風の名前の通りに入る。ベンチャーキャピタルのメッカと呼ばれているサン ドヒル・ロードの交差点を越えたところにあるホテルにタクシーは止まった。
今回の出張の目的は、米国の最近のハイテクベンチャーの潮流を学ぶことである。その一点を達成するためだけに来たのである。投資家にも会わないし、ビジネス・スクールでのスピーチもしないし 、投資先企業を訪問することもない予定だ。シンプルに徹底的に学ぼうと思っている。
日本で開催された「ニュー・インダストリアル・リーダーズ・サミット(NILS)」には、日本のベンチャーの潮流を学ぼうと、シリコンバレーから参加している人がいた。僕は、その逆の立場である。以前、アマゾン・ ドットコムのジェフ・ペゾス氏(CEO)が一参加者としてカンフ ァレンスに参加して、一番前の席に座ってひたすら学んでいた、という話を同僚のキャピタリストから目撃談として聞いたことがあった。僕は、その話を聞いて、謙虚に学び続けることの重要性を認識していた。
ホテルに着いた。チェックインして、まずは水着に着替えて、プールに向かった。ジャパンマスターズの翌日なので、ちょっと疲れが残っていた。その日はゆっくりと過ごし、翌日からの学びのために、力を温存させた。
翌朝、歩いてスタンフォード大学の中にある会場に向かった。改めて地図を広げながら歩いていると、スタンフォード大学の敷地の広大さを実感できた。来年4月の開講を目指している、グロービス経営大学院(申請中)の将来のキャンパスの姿をあれこれ思い描いているうちに、会場となるアルムナイセンターに着いた。
受付をして、パンフレットとバッグをもらった。さすがカリフォルニアである。バッグはショルダーバックではなくて、リュックサックである。中には、なぜだかビーチサンダルが入っていた。ふと窓の外を見ると、芝生の上で参加者が、思い思いの格好で、ブレックファーストを楽しんでいた。皆カジュアルである。僕も急いで、庭に出て、クロワッサンとアップルタイザーをピックアップし、テーブルに座った。すると二年ほど前に僕がスタンフォードでスピーチをした時にアレンジをしてくれた方が、現れた。彼は、スタンフォードでMBAを取得後、シリコンバレーのベンチャーキャピタルで働いていたのである。早速情報交換が始まった。
ボランティア・スタッフに促されるように会場の中に入った。映像と音楽を駆使したプレゼンテーションがあり、このカンファレンスの主催者である トニー・パーキンス氏が登場した。トニー・パーキンス氏は、いわゆるカリスマ編集者であろう。レッドへリング誌を創刊し、1999年に「インターネットバブル」という本を執筆した。 レッドへリング誌を売却後は、オンライン情報誌のAlwaysOnを主宰している。今回のカンファレンスは、そのAlwaysOn(以下AO)が主催しているのである。
最初のセッションが始まった。トニー・パーキンス氏のモデレーターによる、IP電話ソフトの「skype」を展開するスカイプ・テクノロジーズ創業社長のニクラス・センストローム氏とベンチャーキャピタリストのティム・ドレイパー氏とのディスカッションである。左右に大きく張り出されたスクリーンの左側に大きな映像で、ティム・ドレイパー氏とスカイプCEOが映し出された。ちょうどスカイプ社のボードミーティングがエストニアで開催されていたので、二人が一緒にいて、スカイプビデオを使って会場とつないでセッションが行われた。
右側のスクリーンには、オンラインチャットの内容が映し出されてた。この会場の模様は、 ウェブキャスト(インターネットを使い会場の様子をライブ中継)でリアルタイムに放映されていた。それを見ていたインダストリー・エキスパートが、パネル・ディスカッションの最中に意見交換し、質問できるようになっていた。それをモデレーターや聴衆が見ることができ、そこから質問を投げかけることもあった。
会場には、300人ほど入るほどの椅子が並べられていた。前に一列と後ろの方に3列は、ブロガーのための机が用意されていた。ブロガーはジャーナリストとして招待されていて、瞬時にオンラインでニュースが配信されるような仕組みになっていた。
スカイプCEOとのセッションが始まった。スカイプは、既に1億6千万人によりダウンロードされて、会員は4千万人を超えている。スカイプCEOが良く使っていた言葉は、 以下二つである。
・「EcoSystem(生態系)をつくる」。これは、グロービスのビジョンの英語版の中にも出てくる言葉であるが、スカイプ社は「skype」 を中心として、ポータル、ブログ、SNSやハードウェア会社と組み、その周りに生態系を作ることを意識しているのだという。
・「顧客を喜ばせる」。「skype」は、基本的に無料である。そこに広告を入れようと は思わない。それよりも顧客を喜ばせることができれば、周辺の有料サービスにも多 くのユーザーがつくであろう、とのことである。
ティム・ドレイパーはノリノリである。最近では、クライナー・パーキンスのジョン・ドーア氏よりも、ティム・ドレイパーが、あの陽気なノリも手伝ってか存在感が高まってきた気がする。セッションの最後には、彼がプロデュースしたCDをかけながら、スカイプのロゴ入りTシャツに身を包んだお嬢様を紹介し、スクリーンの中で、歌いながら踊っていた。会場は、その陽気さに皆が圧倒され、ちょっとシラケたムードが漂っている感じがした。その空気は、当然ながらスカイプビデオを通しては、向こう側には感じ取れない。
続いて行われた第二セッションは、「テックIPOは死んだのか?」と題されていた。 AOが毎年主催している「AO100」というトップ100のテクノロジー会社のリストがある。そのリストからは、一昨年は15社近くIPO(上場)したのに、昨年は4社しか上場しなかったのである。なぜIPOが少ないのかということが議論されていた。その理由は、以下の通り、パネラーより説明されていた。
・新しく施行された サーベンス・オクスリー法(通称:企業改革法)によっ て、IPOのコストと訴訟リスクが高まったから。
・投資信託ファンドが大きくなってきたので、彼らがフォローする最低ラインが時価総額500億円に達しているため、小さい会社がIPOしにくくなった。
・VCにとっては、そんなIPOの手間暇を考えたら、トレードセールス(会社の売却)の方が、短期間に現金化できるので、魅力的に映るからである。
・H&Q,アレックスブラウン、ロバートソン・スティーブンスなどのテックIPO専業のブティック型投資銀行が全て大手銀行に合併(マージ)されてしまったから。
・そして、テクノロジー会社そのものが成熟期に入っているのが多いから、であった。
その日の最後まで、セッションは続いた。詳細は、こちらのページをご確認ください。
友達にホテルまで送ってもらって一泳ぎした。背泳ぎをして空を見ると、水しぶきをかきわけてゴーグルごしに、カリフォルニアの青い空が見えてきた。そこに鳥のようなものが飛んできたので、立ち止まり、ゴーグルを外して見上げると、鳥のように羽を広げた飛行機が上空を横切っていった。
2005年7月20日
シリコンバレーのホテルにて
堀義人