少子化問題は男の責任では!? 

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「少子化問題を男性の問題として捉えてみてはどうか」とふと考えてみた。それは、経済同友会の幹事会で河野栄子委員長の説明を聞いているときに思いついた発想である。

日本では出生率が年々下がっており、来年からは、人口減が始まり、何と今世紀末には人口が半減すると言われている。新聞紙上でも少子化問題の話題が上らないことが少ない 。僕も日本が抱える最も大きな問題の一つが、この少子化問題だと感じている。

ただ、少子化問題を議論するとき、いつも女性の方々の感情が気になるのである。本来、産む産まないは女性の自由である。何らかの理由で子供を産まない選択をした女性の方々は、少子化問題の議論になると肩身が狭い思いをするのでは、と心配になる。

出生率とは、1人の女性が一生の間に産む子供の数として計算される。「出生率が2を越えないと民族の人口は減少する」、こう言われた女性の立場からすると、自分が平均を上げているのか下げているのかは、すぐに計算できてしまうし、当然まわりの人間もある程度はわかってしまうのである。

そこで、発想を変えてみてはどうかと思い始めた。「男性版出生率」とは、「一人の男性が一生の間に持つ子供の数」として計算する、と定義してはどうだろうか。つまり、出世率の計算根拠は女性1人当たりではなくて、男性1人あたりの子供の数とする。計算結果はほとんど変わらないのだろうが、意識が違ってくる。「男性版出生率」を上げるか下げるかは、女性の責任ではなくて男性にかかってくる。

そうなると出生率の議論をする時、男性は、「あなたは何人の子供を養っていますか?」と質問されているような感覚になるのである。男は競争社会に生きているから、こういう指標ができると負けず嫌いが出てくる割合も多いだろう。また、男性だったら男性版出生率が低くても、生理学的に言うと70歳近くまで挽回の可能性はある。

このように発想を変えてみようと思ったのは、経済同友会の提言書の中でいくつか面白い発見があったからだ。

「結婚したいと思うが、何らアクションをとらない未婚者が増えている」。
「いわゆる「できちゃった婚」が半数を超えてきた」。
「未婚者の今の生活への満足度が低い。子供の数が増えるにしたがって、生活への満足度が上がっていく」。

ということは、「男性陣が頑張ってアクションを取る必要がある。結婚をして、子供を多く産めば産むほど、男性も女性も皆が幸せになる」と、言えるのであろう。

アンケートの中で最も興味深かったのが、「次も子供を産むべきか迷い始めるのは何人目の子供を産んでから?」という質問である。その答えは、「男性は3人目からもう1人の子をつくるべきか迷い始めるが、女性は1人目を産んだ直後に壁にあたる」、であった。

ということは、「男はもっと子供を欲しがっているが、女性はそう思っていない」のだ。確かに思い当たる節がある。僕は、過去4回の出産に全て立ち合ってきた(1回でも立会い出産を逃すと一生言われそうな気がしているから、その時期は出張を含めて何も入れないようにしているからでもあるが)。

立ち合ってみるとわかるが、女性は出産の際、言葉で言い表せないほどの激痛が継続的に続いているのが理解できる。「女性は偉い」、と痛感させられる瞬間である。その瞬間から男は女性に頭が上がらなくなるのではとさえ思えてくる。

出産を終えて暫くしてから、妻に「もっと子供を欲しくないか?」、と聞いても、「子供は欲しいけど、産みたくないわよね。あの痛みは二度と感じたくないから」との答えが返って来る。つまり、その痛みを乗り越える何かがないと、子供が増えないことになる。この違いが、男女間の子供が欲しいと思う数に差が出てくるのではないかと思っている(本当かな?)。

僕は、「できることなら変わってあげたいよ」とできないと分かっていながら、優しげに言ってはみるものの、当然そんなことでは相手にされない。でも、子供は楽しいので、もっと欲しい。そこであの手この手で、多くの子供をつくる意義を説得し始めるのである。

「一人っ子じゃかわいそうじゃない」からで始まって、「やっぱり僕ら二人とも3人兄弟だったから、やっぱり3人は欲しいよね」。そして、「誰々ちゃんの家は4人も子供がいるらしいよ」と言って刺激してみながら、何とかここまで4人目まで来れたのである。

本音は、もっと欲しいので、「ランドクルーザーは8人乗りだからまだまだ子供がいても大丈夫だよね」と理由になっているのか、いないのかわからないようなことを言ってみる。いずれにせよ女性は、一人目の子供を産んだ時点で、次はいらない。との回答が 統計では明らかに出ていた。これは、あの手この手を使った男性陣による説得が必要だということではないだろうか。

その次、更に男性陣にとっては、衝撃的な統計が出ていた。それは、「育児期にある夫婦の育児、家事及び仕事時間の各国比較」というものである。それをみると、先進国の中で、日本男児が圧倒的に育児や家事をしていないかが理解できる。つまり、ダントツでビリなのである。他国でも、女性の方が家事や育児に使っている時間が多いのだが、男性の2倍以上もの時間を家事や育児に使っている国は無いのである。唯一日本の女性だけが 、家事や育児に男性の4,5倍の時間を投資しているのだ。

これは、女性からすると、「子供を産んでも、育児も家事も全部押し付けられている。こんな状況じゃ一人が精一杯よ」ということになるのではないか。これもやっぱり男の責任だ。。

更に、レポートは続く。1960年以前生まれた女性は、出生率が2近くで推移しているのだが問題は、1960年代以降に生まれた女性の出生率が急激に落ち込んいるのである。「1960年代ということは、僕らの世代だ。やはり、僕らの世代の男性が出生率低下の原因になっているのかも」、と思えてくる。

「子供をつくらない理由」には、「経済的な負担」があるという。となると、これも男性の甲斐性の問題と捉えることができるのであろうか。また、「女性の社会参画の度合いと出生率とは相関関係にある」らしい。つまり、「男性に理解があり、女性が働くことをサポートできれば子供の数が増える」と、言えないであろうか。

当然、言い訳や責任転嫁もできる。保育園が十分に機能していない、もっと政府がインセンティブをつけて欲しい。などいくらでも言える。でも言い訳をしているよりも、僕ら男性が、やるべきことをやるべきなのではないかとも思えてくる。こう言うと、男性陣の仲間からは、石が飛んできそうだが。。

僕は、基本的には、提言というのはあまり好きではないのである。昔からそうだった。理由は簡単で、提言すること自体が他人に依存している気がしているからだ。要は、何かをお願いする前に、自分達で出来ることをやることが先決であると思っているのである。例えば、「ベンチャーを支援しよう」という提言も、あまり好きではない。起業家は、今与えられている環境の中で、不服も言わずに最善の努力をするものだと思っているからだ。

この少子化問題も同様である。本当に少子化問題を改善しなければと思っているならば、議論をしている前に、自らの周りでできる範囲のことから取り組むべきだとも思えてくる。つまり、「男性陣よ頑張れ、俺も頑張るから」、といいたくなる。

だが少子化問題は、そんな単純なものでないことは、良く理解できる。欧米で出生率が向上してきている理由の一つが、婚外子(いわゆる未婚の母・子)への寛容な姿勢を上げる人が多い。同友会の提言では、残念ながら結局、婚外子に関しては、触れられないでいる。社会的要因が複雑に絡み合っていて、意見が分かれてしまうのだという。

男性陣に「あなたが養っている子供の数は何人ですか?」と問い掛けてみると、あたかも婚外子を増やすことを勧めているのではないかと、様々な議論や反論が出てくる可能性がある。また、「お前が4人も養っているからと言って、自分に都合が良い指標など作らないで欲しい」という意見も出てきそうである。

ま、片意地はらずに、発想の転換や頭の体操と捉え、このコラムを読んでもらえたら幸いだ。


2005年7月17日
家族旅行先で
堀義人

 

京都大学工学部卒、ハーバード大学経営大学院修士課程修了(MBA)。住友商事株式会社を経て、1992年株式会社グロービス設立。1996年グロービス・キャピタル、1999年 エイパックス・グロービス・パートナーズ(現グロービス・キャピタル・パートナーズ)設立。2006年4月、グロービス経営大学院を開学。学長に就任する。若手起業家が集うYEO(Young Entrepreneur's Organization 現EO)日本初代会長、YEOアジア初代代表、世界経済フォーラム(WEF)が選んだNew Asian Leaders日本代表、米国ハーバード大学経営大学院アルムナイ・ボード(卒業生理事)等を歴任。現在、経済同友会幹事等を務める。2008年に日本版ダボス会議である「G1サミット」を創設。2011年3月大震災後に、復興支援プロジェクトKIBOWを立ち上げ、翌年一般財団法人KIBOWを組成し、理事長を務める。2013年6月より公益財団法人日本棋院理事。いばらき大使、水戸大使。著書に、『創造と変革の志士たちへ』(PHP研究所)、『吾人(ごじん)の任務』 (東洋経済新報社)、『人生の座標軸』(講談社)等がある。

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