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起業家の選択

投稿日:2005/06/03更新日:2019/08/21

「楽天の三木谷さんやDeNAの南場智子さんのように同じハーバードの同窓生が株式を上場して華々しく活躍しているのに、堀さんは煽(あお)られたりしないですか?」という質問を先日、スピーチを終えた懇親会の場で投げかけられた。

確かに、三木谷さんの活躍は華々しい。三木谷さんは、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)の二つ下の後輩である。彼がまだHBSで学んでいたころ、僕は既にベンチャーを おこしていた。 彼は帰国後も、良くグロービスに遊びにきていた。天気がいい日には、一緒にスポーツクラブのカフェで、陽光が差し込むなかランチをしたりもした。その当時は、お互いに気楽な立場であったのだ。その後、三木谷さんは、楽天市場を始めて上場を果たし、インフォシーク、マイトリップ・ネット、DLJディレクトSFG証券(現楽天証券)などを矢継ぎ早に買収して、今やヴィッセル神戸と楽天イーグルズとを所有するまでになっている。その活躍は、コラム読者の皆様もご存知のとおりだと思う。

一方の南場さんは、HBSの僕より一つ上の先輩で、同じ時期にキャンパスで学んでいた。一緒に学んだといっても、ハーバードの場合には、一年生と二年生では地獄と天国の違いがある。過酷な一年生を経て、二年生は比較的ゆっくりと学んでおり、やたら大人に見えるのである。その二年生の中に南場さんはいた。僕は、一年生の時には、ひたすら勉強に専念するつもりでいたので、自家用車も持たずにいた。冬のある日に、余裕綽々の二年生の南場さん達に誘われて、一緒に日帰りスキーに行った記憶がある。なぜ誘われたのかわからないが、二年生の先輩女性二人が運転手と助手席に座り、後輩の男一人が後部座席に座っているこっけいな光景を良く覚えている。僕が一年生のくせに余裕があると思ったのか、あるいは南場さんの鋭い口調に断りきれずにいたのかは忘れてしまったが、二回以上行った記憶はがある。ニューハンプシャーのスキー場の寒さとともに、今となっては懐かしい思い出となっている。

その三木谷さんも南場さんも今や上場企業の社長である。個人資産も4000億円或いは2,300億円をそれぞれ超えていると思われる。一方、HBSのMBAホルダーとして一番早くベンチャーに挑戦した僕は、まだ上場していないので、当然お金も無いし、上場企業経営者という名声も無い。

「煽られないと言ったら嘘になる」と、僕は、その質問に対して、率直にそう答えた。「ただ、僕らは株式を上場しないと決めたし、個人資産を上げようということも考えていない。当然、野球チームなども所有したいとは思わない。それよりも、僕らにはもっとやりたいことがあるんだよ」、と答えた。

「僕らは、数多くの優秀な人材を育てていくことを使命として捉えている。企業の変革を促し、良い知恵を世に発信し、更には次の時代を背負っていく第二のソニーやホンダなどのベンチャー企業を輩出するんだ。そして、人材紹介を通じて、優秀な人々に活躍できる場を提供したいと、思っている。それを、決して規模を追求するのではなくて、質を高めながらやりたい。株主価値の最大化よりも、社会の創造と変革の最大化にコミットすると決めたので、ある意味方向性が明確なんだよね」。

そう自らを説得するかのように答えている自分がそこにいた。これは本心だ。悩んだ結果、起業家としてその道を選択したのである(参照コラム:2001/05/15 「会社の存在意義 vol.2」

グロービスの経営戦略の講師が僕に教えてくれた。「戦略とは、捨てることである」、と。僕は、「戦略とは選ぶこと」だと思っている。つまり、何かを選ぶためには、何かを捨てなければならないのである。上場して株主価値の増大化を選ぶか、あるいは上場しないで自分がやりたいと思うことを追求するかのどちらかしか選べないのである。

「経常利益1,000億円企業をつくり、時価総額を増大していく」ことは、それはそれで素晴らしいことだと思う。僕もベンチャーキャピタルとして、投資先企業の経営者には、「外部から投資を受けるということは、株主価値の増大化が経営者としての使命になるよ」ということは言いつづけている。外部の投資家の資本を受け入れるときに、経営者は、二者択一の意思決定を迫られるのである。

上場すれば、株式のキャピタルゲインが得られて、上場企業経営者として脚光を浴びる。その代わり、外部資本を調達するので、株主価値の最大化のために、やりたいことを必ずしも追求できないかもしれない。上場しないと決めると、資産家にもなれないし、名声も得られない。しかし、自分達がやりたいことを追求できる。その代わり自らの資本の範囲内でしか経営はできないのである。

グロービスでは、2,3年間かけて社内で議論した。その結果、僕らは上場しないで、やりたいことをやる道を選んだのだ。僕らの場合には、幸い株主の殆どが内部スタッフであったので、ある程度自由に意思決定できたのである。そして、僕らは時価総額の増大よりも、教育者として良い人材を育てて、企業のパートナーとして強い会社を実現し、ベンチャーキャピタリストとして次の世代を切り開いていく会社を作りたいなど、という願望をかなえるために、同じ考え方を共有している仲間とともに、日々ビジョンの実現に向けて邁進している。これは、とても楽しいプロセスである。

同時にその時、お金持ちになって華々しく活躍する道をも捨てたのである。その代わり、株主価値の最大化を気にする必要も無くなったのである。日々の株価に一喜一憂しなくて済むし、テレビ局の買収合戦に巻き込まれる必要も無いし、所有球団が弱くても坊主頭になる必要も無いのである。(^^)

その代わりに、「アジアNo,1のビジネススクールを目指す」とか、「第二のソニー、ホンダを産みつづける」という、明確なビジョンが確立して、それを日々実現することに邁進できるのである。

僕は自らに言い聞かせ続けていることがある。「お金持ちになりたいという金銭欲、有名になりたいという名誉欲、力を持ちたいという権力欲などを、全て捨て去るよう努力をしよう」と。なぜならば、それらの欲があると惑わされてしまい、本来自分がやりたいことを見失ってしまうからだ。お金があると何か(会社や球団)を買いたくなるかもしれない。名声があると、マスコミに出てそれを更に高めようとする。権力があるとそれを守ったり使ったりしたいと思うものである。その時に、本来やりたいことを見失いがちになって、経営の方向性がぶれていくとのではないかと思えてならない。だからこそ、球団を買おうとしたり、競馬場を買おうとしたり、テレビ局を買収しようとしたりしてしまうのではないかと思う。

金銭欲、名誉欲、権力欲などを可能な限り削ぎ落とした後に、何が残るのであろうか。恐らく削ぎ落とした後に、本当にやりたかったことが残るのではないかと思えている。ただ、「削ぎ落とす」と言うのは簡単だが、実践するのは簡単ではない。相当な精神の鍛錬が必要である。僕が、それらを捨てきれているとは、言ってはいない。ただ、そうありたいとは、強く思っている。

それらの欲望を捨て去った結果、僕の場合には、常に「吾人の任務」に書かれた原点に立ち帰ることができるのだ。つまり、僕らは、「ヒト、カネ、チエのビジネスインフラを創り、社会の創造と変革を行う」というビジョンを達成するためにグロービスを創ったのである、という原点に立ち戻り、それを使命としてやりつづけることができるようになるのである。

僕らは、日々受講生と接して、彼らが良きビジネスリーダーになってもらうべく努力をする。クライアント企業の経営者に会って、その企業が更に強くなって欲しいと思い、僕らにできることを最大限実践する。日本企業に新しい経営のチエを発信するために、リサーチをしてコンテンツを発信する。日本の将来を担っていくベンチャー起業家と日々接して、ベンチャーキャピタリストとして、一緒になって良い方向に導くべく考え、行動する。生き方やキャリアを模索している人々に、働き甲斐がある職場を提供していく。そういうことを毎日やっているのである。

そして僕は、その仕事が大好きなのである。また、集まってきている仲間も素晴らしいし、関わっている受講生、クライアント、ベンチャー起業家、投資家、キャンディデートの方々もいい人ばかりなのだ。そして、僕らは、ビジョンが明確なので、ひたすら社会の創造と変革を行うために、僕らがやるべきことを楽しみながら、日々やるだけである。

ただ、「上場しなければ、経営者としてまだまだだ」という考え方は、未だ世の中には広く受け入れられている。世の中的には、三木谷さんや南場さんの方が保守本流だし、わかりやすいのだと思う。僕は、変わり過ぎていて、なかなか理解されないので、苦労することも多々あるのは事実である。だからこそ 今回のような質問も多く受けることになるのである。

しょせんお金や名声は墓場には持っていけないのだ。それよりも一度しかない人生、他人の評価など気にせずに自らの信じるがままに生きていけたらと思う。
「金があれば何でも買える」と言われている時代に、こういう変わった起業家が中にはいてもいいのではないかと思っている。

2005年5月29日
三番町の自宅にて
堀義人

 

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