欧州視察団は、ジュネーブの夜をもって二手に分かれることになる。一組は、翌日パリに1泊してインシアード(INSEAD)の視察をする組、もう一組は、自由行動組である。
僕は当初、ジュネーブから、パリ経由でボストンに行き、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)のアルムナイ・ボードに参加する予定であった。そして視察団も一緒にボストンに出向き、HBSを視察するという、米国を含む 「欧米視察団」となる予定であった。
ところが、他の視察団の日程がどうしても合わない。また、僕もその週の土曜日に、子供の小学校の参観日があり、どうしてもそれに参加したかったので、予定を変更することにした。さすがに、世界一周を駆けずり回る出張は、もう避けたほうが良いのではという冷静な判断もあり、今回は米国視察は見送ることにして、「欧州視察団」で落ち着いた。
そこで、結局パリに出向き、パリにあるビジネススクールを訪問しながらも、 パリのApaxを訪問して、投資に関して意見交換することにした。ただ、その間に一日、時間が空いたので、いろいろと考えを廻らした。チューリッヒに向かい投資家を訪問するオプションがあったが、その投資家とは、日本で会ったばかりである。ロンドンに行くことも考えたが、2月に訪問したばかりである。また、一日早く帰るオプションもあったが、せっかく欧州で一日過ごせるチャンスがあるなら、どこかに行ってみたい、と思うのも自然な考えであろう。
地図を見ているうちに、気になる地名が飛び込んできた。ジュネーブとパリを 一直線に結んだ線の上に、ブルゴーニュ地方があるのだ。
ふと考えたのが、「パリに行く途中で、休みをとってブルゴーニュのワイナリーを訪問してみよう」、ということである。パリで一日フラフラするよりも、途中でブルゴーニュに行くほうが楽しそうである。
実を言うと、僕は昨年までワインには、全く興味が無かったのである。理由は簡単で、白ワインであれば、シャンパンの方が美味しいと思うし、赤ワインだと、美味しいのとマズいのがあって、よくわからないからである。シャンパンであれば、どのシャンパンでもそれほど差がなく、美味しく楽しめる。ところがワインの場合には、美味しさにバラツキがあるし、フランス語でよくわからないし、高いのはすごく高いから手を出さないことにしていたのだ。(とい うか、「良くわからなかった」、というのが正直なところであろう)。
ところが昨年、ソニー前会長の出井さんの軽井沢のご自宅を訪問してから、僕のワインに対する見方がガラット変わってしまったのだ。
出井さんとは、その時に初めてお会いしたのだが、その時に出してくれたワインを一口飲んでから、美味しいワインの味を知ってしまい、ワインという深淵な世界に身を投じることになったのである。
出井さんが出してくれたそのワインとは、スクリーミング・イーグル(Screaming Eagle)というナパ・バレー産のワインで、出井さん曰く、「エノテカで買うと、150万円ぐらいするようだよ。でも僕は、そんなに払っていないけどね」、という代物である。
僕は、おそるおそるその高級ワインを口にした。実にまろやかで香ばしく、美味しいのである。僕は、そのワインを一口飲んだときの美味しさ、まろやかさ、香りを今でもよく覚えている。そして、その瞬間からワインとのお付き合いが始まったのである。その後、出井さんのワインセラーを見せてもらい、彼から、シャトーやワイナリーを訪問した時の話を伺った。僕は、フランスの丘陵地に広がる葡萄畑を想像しながら、聞いていた。
僕も、自分なりにワインの本を読んで、勉強した。ラッキーなことに、美味しいワインに出会う機会もあった(※参照コラム:フォーブスのCEOコンファレンス )
僕は、いつかはワイナリーやシャトーに行ってみたい、という気持ちがムクムクと芽生えてきた。そして運命のいたずらか、ジュネーブからパリに移動するときに、たまたま日程が一日空いたのである。そして、その中間地点にブルゴーニュの葡萄畑が広がっているのである。
「これは、ブルゴーニュに立ち寄るしかない」、と思い始めた。
そう考え始めると、さまざまな偶然があるものである。5月中旬にご招待を受 けた西本智美さん指揮のクラシックコンサートの終了後の楽屋でお会いしたのが、俳優の辰巳琢郎氏である。彼は、僕と同じ京大出身で、囲碁が好きなので、自然と話が盛り上がり、そのまま囲碁サロンに行き、その後ワインを一緒に飲むこととなったのである。
彼は、たまたま前の週にブルゴーニュから帰ってきたばかりだったそうで、そこで泊まるべきホテルから、行くべきシャトー、やるべきことを全部教えてくれたのである。
これはブルゴーニュに行くしかないと決心して、辰巳さんに紹介頂いたブルゴーニュの中心にあるボーヌ市の古いホテルを予約した。そして、レンタカーの手配をして、ブルゴーニュへの旅が実現することになった。
僕は、その日(29日火曜日)の朝、インデックス・ベンチャーを訪問して、 ニールのお父様と1時間半ほどお話をして、事務所を案内してもらった。
そして、ホテルの部屋に戻り、メールチェックをして、ジーンズとポロシャツに着替えて、ちょっとした小旅行に出かけることにした。ジュネーブ空港までタクシーで向かい、空港の中で歩いてフランス国への通関を済ませ、レンタカーを借りて、一路ブルゴーニュのボーヌに向かうことにした。
電車で行くオプションもあったが、5時間もかかるので、車で行くことにし た。地図で見ると近いのだが、行ってみたら山道であった。山を登り始めると、何とそこには雪が積もっていたのである。もう6月になるというのに、雪が降っているのである。結局、車でも4時間強かかったが、無事ボーヌに着くことができた。
ボーヌの街中を散策して、ワイン市場で、カーブ(ワイン倉庫)を見学し、ホスピスを訪問したり、ショッピングを楽しんだ。僕は、お土産としてワイン・オープナーと、ブルゴーニュとワインに関する簡単な説明書を一冊ずつ購入した。明日のワイナリー訪問の前に勉強しようと思ったのである。
翌日水曜日に、パリのApaxのパートナーとのアポが午後二時にあったので、ディジョン発のTGVに11時半までに乗らなければならない。あまり時間がない。でも、日本人のガイドさんにお願いして、コートドール(黄金の丘)のシャトー(ワイナリー)を訪問することにした。葡萄畑を運転しながら、ペルナン・ベルジュレスというシャトーに向かった。葡萄の木は、思ったよりもずっと小さかった。
シャトーで、ワイン・テイスティング(デギュスタシオン)をさせてもらえた。 このあとの運転は、ガイドさんがやってくれることになっていたので、ワインを堪能することができた。本当は、吐き出すのが筋なのだが、勿体無くて吐き出せない。結局、一杯一杯全部飲み干していった。
そのシャトーで、日本への配送も手配できるというので、そこで3ケース分ワインを購入した。ボーヌからニュイへと車は進んでいった。コートドール (黄金の丘)には、勉強したようなワインの地名がどんどん出てくる。ニュイサンジェルジェ、クロードブージョ 、ジュブレー・シャンベルタンなど。そし て、ロマネコンティの畑も伺うことができる。もう一件、コールトンの町で、デギュスタシオンさせてもらい、6本ほどバラで購入して、箱詰めして、パリのホテルから郵送してもらうことにした。
レンタカーを返却し、チケットを購入し、ガイドさんにお別れをして、パリに向かった。そして、Apaxの方とホテルで会った。久しぶりの再会であ る。世界中に友達がいるのは、嬉しいことだ。
結局、パリではほとんど出歩かずに、旅の疲れをとることにした。帰国後のスケジュールを見ると、ぞっとするほど忙しいのである。やはり、体調を整えるのが一番と思い、ひたすらのんびりすることにした。パリのビジネススクールとは、残念ながら結局アポがとれずであった。
翌日の便で、パリを発つことになった。結局、モスクワ4泊のあとは、サンクト・ペテルブルグ、ローザンヌ、ジュネーブ、ボーヌ、パリと全て一泊であった。
今回の収穫は、アライアンスの強化であった。モスクワのトップスクールとなる学長との関係強化は今後につながるであろう。また、IMDやインデックスとの関係強化も収穫が多い。
僕の出張も、ひたすら多くの人に会うフェーズから、重要な人間との関係を強化していくフェーズに移ったのであろう。昔であれば、一時間でも時間が空いたら、アポを入れたがっていたが、今はそれよりも、明確な戦略を考え、重要な布石を確実に打っていく方向に変わりつつある。量から質への転換であろう。
今年は、9月に大連、シンガポール、香港のコンファレンスでスピーチをする予定である。11月にもVC関係のスピーチがある。明確な目的意識を持ちな がらも、プロセスを楽しみたいと思う。
2007年6月1日
成田行きの飛行機にて執筆
(7月17日に加筆・修正)
堀義人