今年のダボスで、もう一つやってみたいと思っていたのが、スキーである。ダボスは、そもそもはスキーリゾートなのだ。「楽しむことの天才」(?)としては、せっかくスキーリゾートに来ているのに、それを堪能しない手はないのである。
実は、今年の冬から家族スキーを始めていたのだ。冬休みに海外旅行をしようかと計画していたのだが、結局その旅行がキャンセルになったので、その分、浅間山の麓の山小屋を拠点に、思う存分スキーをすることにしたのだ。スキーをするのは、12年ぶりであった。個人的にはスノーボードの方が好きなのだが、子供達には先ずスキーをしっかりと教えようと思い、スキー用具一式を新調した。年末・年始、そして成人の日とスキー三昧であった。
今回、どうせダボスに行くならば、スイス・アルプスでスキーをしたいと思い、事前にスキーウェアを送っておいた。だが、いざダボスに来てみると、なかなか時間が空かない。初日からトニー・ブレア英国首相など、要職の来訪があったり、税制改革の訴えもしなければならなかったりで忙しい。セレブ達も来ていたし、一方で帰国を一日早めることにしていたので、時間がタイトであった。
しかしダボス会議が始まって三日目にチャンスが来た。お昼のプライベート・エクイティ(未上場投資)に関するランチセッションが、僕が滞在しているホテルに近い場所で行われた。その場で税制改正に関する訴えをした後、「やるべきこをやった」という達成感と、ホテルから近いという利便性もあり、二時間だけでも滑ろうと思い立ったのである。
14:40にランチセッションが終わり、足早にホテルに戻り、スキーウェアに着替えてホテルを出たのは15:00であった。そして、スキー場まで歩いて10分程度でレンタルスキー屋に着いた。スキー靴や板をレンタルして、ロープウェイのチケットを買ったのが15:30頃だ。ロープウェイを二つ乗り継いで、ヤコブスホーン(Jakobshorn)山の頂上に着いた。時計を見ると、15:45頃であった。
ヤコブスホーン山の頂上には、数字で2590と書かれていた。ダボス駅の標高が1540mであるから一挙に1000mも登ったことになる。そこは絶景である。ヤコブスホーンは、片側が絶壁で、もう一方の片側は、なだらかな斜面になっている。ダボスの街からヤコブスホーン山を見上げても、スキー場が見えなかったが、上に登ると一面銀世界であった。
「なぜ下からはスキー場が見えないか」、を考えてみた。ちょうど、頭の上の方だけ禿げている「ハゲ頭」を想像してもらえるとわかりやすいかもしれない。上の方がハゲていて(木が生えていない)そこがスキー場になっている。そして、下の方には毛(モミの木)が生えているのである。
つまり、下から見るとモミの木がうっそうとしていてスキー場があるようには見えないのだが、登ってみると、そこは木の生えていないスキー場があったのだ。ヤコブスホーンは、そういう山であった。一本目のロープウェイが、スキーヤーを毛の生え際まで連れていき、その次のロープエイでハゲ頭のテッペンまで連れて行ってくれるのである。
そして、そのテッペンからは、四方八方が見渡せた。北側に3000m級の山々があり、今いる南側にも同様に3000m級の山々がある。その山の谷間にダボスの街が位置している。その位置関係は、会議に参加しているだけでは実感がわかない。会議の参加者は、谷間にあるホテルとコングレス・センターと呼ばれるメイン会場とを行き来するだけで終始してしまうからである。僕も、スキーをするまでは、その往復を続けていたから、あまり山を意識することが無かった。
ヤコブスホーン山に登ると、全く違う景色が見えてくる。まん前には大きな山の壁があるのだ。それが北側の3000m級の山々だ。スイスの山は荒々しい。岩が剥き出ていたりする。そして、下の谷間は全く見えない。目の前は荒々しい山なのだ。見えない下の方のダボスの街では、世界のリーダーが集い世界の問題を討議しているのだ。ちょっと不思議な感じだ。見上げると、遠く青空の中に白っぽいお月さまがみえてきた。おっと、あまり自然を楽しんでいる時間は無いようだ。
テッペンから一気に滑り始めた。空気はやはり冷たい。氷点下20-30度ぐらいだと言われてきた。痛みをも感じる。ヤコブスホーンのスキー場は、主にスノーボード用のようだ。横に広く、斜面はコブも無く滑りやすい。禿山のテッペンから生え際まで一挙に滑って、リフトに乗ってみた。リフトは5人乗りで非常に長く・スピードも早い。3本滑っただけで、足がガクガクになってきた。16時40分過ぎには、リフトが止まったので、そこから山を降りることにした。
標高差1000mを一挙に滑り降りるのである。ハゲ頭のテッペンから毛(もみの木)が生えているところまで一挙に滑り降りた。そこから先はモミの木の中を細い白い道が右へ左へと曲がりくねっていた。そこを薄暗くなりかけた中、一人で滑るのだ。しかも、始めての滑降なので、この道がダボスに繋がっているかもわからない。ちょっと心細い。
途中で疲れたので横になった。あたりは少し暗くなってきたが、空は濃い青色であった。空気が美味しい。生きている感じがする。大げさだが生きてきて良かったと思える瞬間でもあった。暫くして起き上がり、そのまま麓まで滑り降りた。ロープウェイの下にあるレンタルスキーショップまで、スキーを履いたまま直行した。ショップの前で、スキー板からブーツを外して、用具一式を返却した。
次に来ることがあれば、今度はスノーボードに挑戦してみたいと思った。来た道を歩いてホテルに戻った。時間は17時過ぎであった。約二時間で十分気持ちの良いスポーツと気分転換ができたことになる。部屋に戻り着替えた後、メールチェックした。そして18時からのブラジル大統領、トルコ首相、ウクライナのユーシェンコフ大統領の一連のスピーチに間に合わせるべく、17時45分にはホテルをあとにしていた。
その夜、先のコラムに書いたとおり、セレブとの食事をし、その後昨年と同じクラブで、夜中までシャンパンを飲んで踊りつづけた。酔払ったまま夜中の3時過ぎにホテルへの帰路についた。いくら酔っていても外に出るとダボスの寒さで目が醒めてしまう。
翌朝8時の汽車でダボスを旅発った。やりたいことをほぼやり尽くしたという実感があった。車窓からはアルプスの山々を見上げることができた。やはり窓から見える景色は、モミの木ばかりで、スキー場を見つけることはできなかった。
2005年1月30日
帰国する飛行機の中で
堀義人