「日本の存在感の低下に、誰も疑問を持たなくなってしまった」、というのが、今年のダボス会議に参加しての印象である。参加者の認識として、「日本は中国の周辺国の一つでしかない」、というように思われているような印象すら受けている。国会開催中ということで、竹中平蔵大臣も結局参加できなかった。日本からの大臣クラスの出席は、結局ゼロである。ソニーの出井会長も直前になって出張をキャンセルされた。
昨年まで開催されていたジャパン・ディナーは、今年は開かれなかった。昨年は参加されていた石原慎太郎東京都知事も、今年は出席を見合わせたので、威勢のいいTOKYO Receptionも開催されなかった。日本人としては、とても寂しい気持ちであった。
中国に関するセッションはいくつかあるのに、ジャパンに関するセッションは、たった一つだけ。それも途中退席する人が多く、最後は会場も閑散とした感じであった。やはり、大物の政治家が来ないと盛り上がらないのだ。
では、他国はどうかというと、今年は、初日から豪勢なスピーカーの連続であった。先ずトップバッターは、フランスのシラク大統領である。天候の関係で会場には来られなかったが、パリのエリーゼ宮殿からの中継で、貧困に闘うための新しい施策を提案していた。とても上手な演説で、会場は大いに盛り上がった。その後、スイス大統領からの歓迎のスピーチの後に、いよいよ英国のトニーブレア首相の登場である。ジョークを交えながら、聴衆の気持ちを掴んでいく姿は圧巻であった。貧困問題と環境問題に対して戦う姿勢を強調していて関心させられた。
やはり、英仏ともにこのダボス会議を重要視しているのがよくわかる。国内問題には殆どふれずに、フランスや英国が、グローバルなリーダーとして国際社会をどう変革していこうか、という論点で語られる。両国ともG8の主要国、且つ国連の常任理事国でもある。EUやNATOでのリーダーシップもあるので、聴衆の姿勢も真剣そのものである。お二人とも、スマトラ沖地震のTSUNAMI(もう完全に英語になっていました)の話題から始まった。「国際社会が一致団結してサポートしたことは画期的である。今後は、貧困問題や環境問題に主眼を置いて、解決していこう」、と皆が共鳴しやすい話題で得点を稼いでいる感じであった。一方、異論が出やすいイラク問題に関してはあまり語られなかった。
こういった場で国際社会の世論が形成されていくのが実感できた。BBC、CNNを含めて国際的な主要テレビ局も入っている。ファイナンシャルタイムズやウォールストリートジャーナルなどの主要新聞媒体、さらにはタイムズやニューズウイークなどの雑誌媒体、そして、各国のローカルな媒体(Washington Post、NYタイムズ)なども参加しているのである。そして、主要国のトップクラスの政府要職の方々、マイクロソフト社のビル・ゲイツなどに代表される大企業CEO、さらにはジョージ・ソロスなどの投資家も来ている。そこにハーバード大学やイェール大学の学長クラスを筆頭に、各分野のトップクラスの教授も参加している。
この場は格好の政治ショーである。この有効な場を活用しない手は無い。ドイツのシュレーダー首相は三日目に登場し、中国の国家副主席は最終日に登場である。米国からは、クリントン前大統領が昨年に続き参加してきた。ブラジルの大統領は、国連の常任理事国就任を訴えかけ、トルコの首相は、EU加盟の妥当性を熱く語っていた。このダボスの場が格好の舞台なのである。
その格好の舞台が一番盛り上がったのは、ウクライナのユーシェンコ新大統領が登場したときである。オレンジ色のネクタイに、オレンジ色のバインダーを片手に登場してきたときは、会場全体が拍手の渦となり、最後には立って歓迎するにまで至った。毒を盛られてボツボツになった顔が大画面に映し出された。彼も歓迎に喜んだようであったが、緊張からか表情は、多少固かった。
ビデオが放映された。10分程度の短いものだったが、感動的であった。ビデオの冒頭に、一回目の選挙で、体制側の大統領の当選が決まり、落胆した市民の表情が映し出された。不正な選挙に怒り、一人一人の市民が立ち上がり、オレンジ色のものをまとって市街を埋め尽くし始めた。雨の中、雪の中での一人一人の真剣な顔が映し出された。普通の市民である。武器も何も持っていない。ただ単に、自由を勝ち取りたい、民主的な正義を貫きたい、という願望で立ち上がったのである。
そして、市民の真摯な訴えに、警官が職務を放棄し取り締まりをやめ始めた。最高裁の判決で、一回目の選挙の無効が認められ、歓喜する市民。2回目の選挙遊説の際に、市民に自由と民主主義を訴えるユーシェンコ氏。そして再選挙、当選へ。ビデオでは、一貫して市民の表情を映し出していた。市民が勝ち取った自由と民主主義であるかのように。
その主人公であるユーシェンコ氏が今、ダボスの舞台に立ち、語り始めた。ウクライナの大統領として数日前に就任したばかりなのにである。なぜ、ユーシェンコ大統領は、ロシア国訪問の次にダボス会議出席を選んだのか。それは、ユーシェンコ大統領のスピーチを聞けば理解できた。
まず語ったのが、「ウクライナの一人当たりの対内直接投資(FDI)の数値が、周辺国に比べて明らかに低い。これを何とか高くしたい」、という点だ。そして、ウクライナがいかに市場として魅力的かをダボスにいるCEO達に訴えかけているのである。ダボス会議を主催する世界経済フォーラム(WEF)は、「会員企業とともに、ウクライナ訪問を企画してみたい」、とも言っていた。国際社会が全面的に新生ウクライナを応援しようという姿勢で溢れていた。ダボスが沸いた瞬間であった。
スピーチをした各国の要人以外にも、パネルディスカッションの一参加者として、カナダの首相や豪州の首相が来られていた。主要国で首脳が来ていないのは、日本だけであった。他にも、参加者を確認しただけでも、ポーランド大統領、パキスタン首相、南アフリカ、ナイジェリアの各大統領も来ていた。僕が知らないだけで、他にも各国から主席クラスが数十人と来ていたのであろう。
しかし、その格好の舞台に、残念ながら、日本の首脳の姿は無かった。理由は、国会開催中だからである。こういった見えないところで、徐々に日本のプレゼンスが下がっているのに、どれだけの人がその点に気がついているであろうか。先のコラムの外国人投資家に対する課税も、同様である。もしもそのまま通過してしまったら、海外投資家は日本から去っていくことになる。こうやって、見えないところで、じわじわと日本というものの存在感が世界の中で下がっていくのだと思う。
そして、日本は、国際社会からは、このまま「中国の周辺国」としてしか扱われなくなってしまうのであろうか。
その流れを何としてでも止めなければならない。
2005年1月29日
帰国のフライトの中で
堀義人