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ダボス会議での憂鬱 -外国投資家のキャピタルゲインに対して-

投稿日:2005/02/01更新日:2019/08/21

今、ダボス会議から日本に戻る飛行機の中である。昨年のダボス会議参加時は、あれだけ毎日精力的にコラムを書いていたのに、結局、今回はダボス滞在中に一本もコラムを書くことができなかった。同じホテルに滞在し、活動量も殆ど変わらないのにである。その理由を考えてみた。

思い当たるふしはある。憂鬱なことが頭の片隅にありつづけていたからである。昨年末から始まったことだが、年を明けてから更にその憂鬱度が増していった。何に対してそれだけ憂鬱なのかというと、今政府が検討している「税制改正」の中身に憂鬱なものが入っているのである。「税制改正」に憂鬱とは、考えにくいかもしれないが、その「税制改正」の大綱の中に、海外投資家のキャピタルゲインの課税を強化するという内容が盛り込まれており、それが自民党の税調でも閣議でも殆ど議論されることもなく通過してしまったのである。

従い、その「税制改正」が本年4月1日から施行されてしまう可能性が高い。後で説明するがこれが施行されると、ベンチャーキャピタル業界に多大な影響を与えるのである。

僕は、この「税制改正」の中身を昨年11月26日に知った。僕が理事を務めている日本ベンチャーキャピタル協会に、経済産業省から連絡が入ったのである。すぐにその税制に反対を表明し、同様に大きな影響を受けるであろうバイアウト(プライベートエクイティ)ファンド関係者に連絡を入れた。一大事である。

後で詳しく述べるが、外国投資家のキャピタルゲインに関しては、ある一定の条件を満たせば、基本的には居住国で納税すれば良いことになっている。つまり、日本の投資家が海外に投資をした場合には、海外ではなくて日本でのみ税金を納めればよいのだ。
同様に外国人投資家が日本に投資をした場合には、日本ではなく外国で納税をすればよいのである。

決して、納税義務を放棄しているわけではない。居住国納税が原則なのである。これが、米国、英国、ドイツなどの主要国で一般的に行われているグローバルなスタンダードである。このスタンダードによって、海外の資金が自由に国境を越え、行き来できている。これはこれで、相互主義の観点から言っても妥当な商慣習なのである。

ところが今回、日本の税務当局は、これに課税強化に乗り出したのである。新生銀行で海外投資家に課税できなかったことが一つのきっかけになっていると思われる。確か国会で議論になっていたのが、「あれだけの税金を新生銀行に投入しておきながら、なぜ海外投資家が利益を上げたときに課税できないのだ」、という論調である。

僕はその時、「あれだけの税金を投入しなければならなくした日本の金融当局の施策に問題があるのに、しかも旧長銀の再生が成功して日本国全体が潤ったのに、なぜ問題視するのだろうか?」と思い、議論を聞いていたのだ。確かに、日本人としては気持ちがいいものではない。しかし、新生銀行の場合には、あまりにも安い値段で、しかも‘瑕疵担保条約‘という特約までつけた日本の金融監督庁に批判が集まるべきだったのであろう。税制に関しては、相互主義で成立しているのであれば、グローバルなスタンダードに照らし合わせてみても妥当であったと思われる。

いずれにせよ、今回税務当局は、このスタンダードを逸脱して、新しく税務ルールを導入することを提案したのだ。つまり、『日本へ投資をした海外投資家は、日本で税金を納めなさい。そして租税条約に従い、本国で還付してもらえばいい』という事である。こうなると、租税条約を締結していない国であれば、日本で税金を納め、さらに自国内でも税金を納めることになるのだ。二重課税となる。更に、そもそも投資家の半分程度を占める年金基金とか大学の基金(Endowment)は、キャピタルゲイン課税を免除されているのである。彼らからすると、還付を受けられないので、日本で税金の取られっぱなしになってしまうのである。

取られっぱなしになると、日本での課税分(約20%〜30%)をコストとして考える必要がある。今、ファンド投資で一生懸命のリターンを生み出すべく日夜努力をしている立場としては、この課税分のコストアップは、手痛い打撃となる。海外投資家からすれば、そんなことであれば無理に日本に投資をしなくても、他の国、つまり欧米や日本以外のアジア(中国、インドなど)に投資をすればいいのである。彼らは、困らないのである。ただ単に日本への投資をやめればよいのだ。どうせ彼らの日本への投資は、せいぜい多くても全体の2,3%である。残念ながら、日本への投資をやめるのは簡単なことなのである。

税務当局は、この施策によって税収を増やそうとしているのであろうが、現実は全く逆である。この施策が導入されると、当然のことながら日本への投資が減り、日本の産業再生と創造に必要な海外資金の流れが止まり、結果として税収が減ることが予想される。

ちなみに、僕らのグロービスのファンドは、現在200億円の規模であるが、その9割が海外からの資金である。なぜこれだけ海外資金が多いかというと、単純な話、1999年のファンド設立当時、日本からは全体の10%にも満たない20億円弱しか資金が集まらなかったのだ。一生懸命に国内の機関投資家に何度も説明に伺ったが、その当時は日本のベンチャー・キャピタルには興味が無かったようで、一部の投資家を除き、けんもほろろに断られ続けたのである。

だからこそ、海外に出張し、長いロードを重ねて(コラム「長いロードを終えて」を参照)、やっと資金を集めてきたのである。その結果、200億円のファンドが組成でき、多くの会社に投資をし、日本の産業創生に貢献できているのである(コラム:「ワークスアプリケーションズのIPO」など参照)

今回の施策は、そのような海外からの資金の流れを止めるものである。何のために一生懸命に、海外投資家に日本市場の魅力を説明してきたのか。と非常に口惜しい思いでいっぱいである。僕らのファンドが影響受けることは、正直言ってたいした問題ではない。それ以上に、日本への信頼が損なわれることが心配なのだ。「やっぱり日本は、異常で非常識だった」、と思われたくないのだ。

何とかその「税制改正」の項目から海外投資家向けキャピタルゲイン課税を撤廃させなければならない、という気持ちで、昨年末から今年にかけ、自民党の政治家にお会いしたり、財務省に足しげく通ったりしたが、残念ながら結果は芳しくない。だからこそ憂鬱なのである。「このまま、この法案が通ってしまうと、海外投資家から見放され、日本への資金流入が止まってしまう。何とかしなければならない」、という気持ちで一杯なのである。

ダボス会議への出張前日に財務省の担当課長に何とかアポがとれ、主要プライベート・エクイティ企業のトップと共に先方に伺った。ご多忙な中お会い頂いたことには、感謝している。ただ、納得はしていない。その面談へのお礼メールを、ご参考までにこのコラムにも掲載することにする。これが、僕の今の気持ちを代弁することになる。

(注)文章の中にPass Throughという言葉があるが、今回の税務措置では、投資先企業の株式を25%以上取得したファンドに税金を支払う義務を課せているのである。ファンドは、国内の事業投資組合と同じで、ファンド(組合)レベルでは税金を払わずに、組合参加者レベルで課税をするというPass Throuth(導管性があるもの)なのである。このPass Throughに納税させることは、国際金融的には「異常かつ非常識」な行為なのである。ちょっと専門的になって恐縮です。

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Subject:面談ありがとうございます。

ご多忙の中、早速お時間をとっていただき深く感謝しています。電話後一日でお会い頂けましたことを嬉しく思っております。アポ取得後一日も足たないにも関わらず、ユニゾン、カーライル、MKS、JPモルガンパートナーズの社長が全てのアポイントをキャンセルして参上したということにより、この問題の重要性をご理解いただけると思います。

当日ご説明いただき、課長のお考えはよく理解できました。
ただ、納得はできていないです。特に以下の諸点に関しては、相当の開きがあると思っております。

1)Pass Throughへの課税問題:
Pass ThroughのLPファンドにキャピタルゲインの課税をするという発想は、国際金融の商慣習から言っても、異常且つ非常識な措置だと思います。このような措置がとられるとなると、日本の政策に対する疑念が生まれ、海外の資金が流れ込まなくなる可能性があります。事実、米国大手の年金基金などは、日本への投資を止めようかとの議論をはじめていると聞いています。ぜひご再考をお願いします。

2)相互主義の観点:
日本の投資家は、居住地課税の原則により、米国、英国などの海外市場では、税金を払わないで良いという恩恵を受けています。これが、日本だけ一方的にキャピタルゲインに課税をすることが、如何なるものか。米国政府&欧州政府はどのような反応を示すのでしょうか。

3)Invest Japanとの関係:
この措置により、明らかに海外からの資金の流入は大幅に減退します。僕は、投資家と日々接していますので、その状況はよく理解できます。ちなみに、グロービスの場合には、200億円のベンチャーキャピタルファンドのうち、180億円が海外の資金です。恐らく、この措置により次回のファンドでは、これが限りなくゼロになると思います。「米国は、租税条約で守られているから大丈夫」と思われるかもしれないですが、これは、「大丈夫」という問題ではなく、「姿勢」の問題です。このような「異常且つ非常識」な措置をとる日本市場に、投資家が投資する意欲は減退するでしょう。
これは、小泉内閣のInvest Japanの政策とは全く逆行しているように感じます。

4)税収減の問題:
投資資金の流入が止まるとなると、税収増など当然期待できません。ただ単に資金の流入が止まり、産業創生・再生による活性化が停滞するだけです。となるとトータルで見ると税収は減ることが予想されます。

僕は、海外に飛び回り、「いかに日本が魅力的か」を海外投資家に過去数年にわたって説明してきています。この措置により、その努力が無に帰し、「やはり日本は異常で非常識だだった」と思われるのは、日本人としてとても口惜しい限りです。今まで、政府の批判など一切したくなかったですが、このような施策が通ってしまうようであれば、日本のためにも、最大限の努力をして、その施策を阻止する必要性を強く感じています。

今、このメールを欧州に出張する飛行機の中で書いています。来週よりダボス会議が開催されます。その場で、プライベートエクイティ業界に携わる人々、海外の政府高官、日本の財界の方々、日本の政策担当の方々、マスコミの方々にも状況を説明し、何としてても、この施策を止めるように働きかける所存です。それが、日本にとって良いことだと信じているからです。微力ではありますが、日本にとって良いことをしたいと思っております。

課長のお立場はよく理解できますが、ぜひともご再考いただき、適切な措置をとって頂きたくよろしくお願いします。

2005年1月20日
堀義人
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ダボス会議参加中も精力的に多くの方々に、反対意見書を携えて説明した。川口順子元外務大臣、古川元久民主党代議士、北城格太郎経済同友会代表幹事、JETROの副理事長、日本経済新聞社や朝日新聞社、さらには海外の投資家などにも問題を訴えた。そしてその問題の重要性を認識してもらおうと思い、ダボス会議の日本に関するセッションでは、「Invest Japanの動きと逆行しているが、どうなのだ」、と日本政府高官にも質問させてもらった。また、プライベートエクイティに関するランチセッションでも同様に手を上げて、問題提議させてもらった。

ダボス会議参加中も日本から報告が入ってきているが、既に法案レベルにまとまろうとしている。国会に提出されたらもう止める方法が無い。何とかしなければならないと思い立ち、ダボス会議参加を一日繰り上げて、帰国することにした。ダボス会議の最終日には、楽しみにしていたボリショイ・バレエ団によるバレエの公演が開催されるのに、である。

日本の凋落への道を止める必要を強く感じつつ、機内でこのコラムを書いている。

2005年1月29日
飛行機の中で
堀義人

 

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