シカゴの朝は快青だった。寒いと思って覚悟してきたが、半袖でも外を歩けるような陽気であった。いつものように朝サウナを浴び、ひと泳ぎしてから1日が始まった。
午前中に1社投資家と面談した。出発時刻の15時まで多少時間があったので、シカ ゴ美術館を訪問することにした。シカゴ美術館には1989年に1度行ったことがあったが、その時はこれほど充実しているとは感じられなかった。絵に対する関心がまだま だ低かったのであろう。
岡野博さんの絵のコレクションを始めてから、絵の見方が変わってきた気がしている(※参照コラム:画家 岡野博)。株式投資やベンチャー投資でもそうだが、自らがリスクをとりお金を投資し始めると、真剣みが違ってくるものであろう。今では東京で美術展が開催されるたびに観に行くようになったし、海外出張でも時間を見つけては、各都市にある美術館を訪問するようになった。
今は、徹底的に多くの‘名画‘と呼ばれる絵を観ることにしている。名画を観続ける ことによって、自らの絵の見方というのができてくるのでないかと思ってのことだ。 今回の長期出張のテーマの1つが、『各都市にある美術館訪問をすること』、であった。いつも出張の際には、仕事の予定ばかりではなく、それ以外に何らかのテーマをつくるようにしている。今回は、3週間もの長期出張で、しかも欧米の有力都市を訪問する。そこで、『各都市にある美術館訪問をすること』をテーマにした。つまり、時間が許す限り各地の美術館を訪問し、絵を観ようとしていたのであった (結果的には、思いもよらずスポーツ観戦ができたのだが)。
美術館を訪問する時間帯は、その都市での業務が終わり、空港に行くまでの時間となることが多かった。カンヌでは最終日、ニース・コートダジュール空港へ行く前に、シャガール美術館とマティス美術館、ピカソ美術館を駆け足で訪問した。オスロ では、ナショナルギャラリー国立美術館でムンクを観た。ロンドンでは、ナショナルギャラリー(ロンドン)とコートールド・ギャラリーを訪問。NYでは、グッゲンハイム美術館とフリック・コレクション(鉄鋼王H.C.フリックのコレクションが展示してある)を観た。そして、ボストンとシカゴでは、それぞれボストン美術館、シカゴ美術館を訪問した。中でもシカゴ美術館の圧倒的な収蔵品の量と、コートールド・ギャ ラリーの質の高さが印象的であった。
その中でも特に印象に残ったのが、ロンドンにあるコートールド・ギャラリーであっ た。マネ、セザンヌ、ルノワール、モネ、ゴッホの名作が、ひとつひとつ大切に展示されていた。ここでは、内装、額縁、絵の配置、調度品、照明、そして美術館内の静かな雰囲気が、全て調和を保っており、絵を格段と引き立たせている気がした。上品な訪問客までもが、美術館の雰囲気を醸し出している気さえしてくる。コートールド・ギャラリーも空港に行く前に立ち寄ったので時間がおしていたのだが、絵の前から離れがたく、そのままずっと観ていたいと思うほどの素晴らしさであった。
ナショナルギャラリー(ロンドン)では、名画が所狭しと寿司詰め状態で並んでおり、入場料も無料ということもあって訪問客もとても多く雑然としていた。一方、このコートールド・ギャラリーでは、ひとつひとつの絵が生き生きと輝いており、静かな雰囲気の中で、他の客を気にすることな く、長い時間眺めることができた。
このコートールド・ギャラリーのコレクションは、サミュエル・コートールド氏が繊 維事業で財をなした資金を、1920年代当時イギリスではさほど脚光を浴びていなかった印象派の作品購入にあてたことによって始まったと言う。コートールド氏は、徹底的に絵を観続けたらしい。彼の絵の見方は、主観的且つ感覚的であったという。つ まり、彼が絵と対峙し、自分が絵から何を感じるかによって、絵の良さを判断しての だという。他人がなんと言おうが関係なく、自分が良いと感じれば良い。という姿勢であったという。当然、プロの画廊がアドバイスをしていた、と解説されていたが、最終的にはあくまでも自らの主観的判断で集めたものであったようだ。
だからこそ、コレクションに一貫した主張性があり、波長が合う人を惹きつけるので あろう。逆に合わない人には、全く受け入れられないものなのかもしれない。こういった点が、個人が収拾したコレクションの特徴だと思う。公共の美術館では、幅広く多くのタイプの作品を観れるが、あまり主張が見えてこない。名画が多く飾られているので、嬉しくなってしまうのは事実であるが、総花的な感があるのは、否めない。
今回の長い出張では、美術館訪問、プロスポーツ観戦、車での移動時やホテルでのクラシック音楽鑑賞、そして美味しい食事が気晴らしになってくれていた。当然、毎朝浴びているサウナと水泳も体力維持に貢献していた。あと少しで、長かった出張も終わろうとしていた。
美術館訪問後、空港に直行して、シカゴ空港からサンフランシスコに向かった。飛行時間は4時間程度。機内では熟睡してしまった。飛行機から降りると、車の迎えが来ていた。外に出て一息すると、思わず目が醒めた。カリフォルニアの空気は違う。今まで何都市も回ったが、やはりカリフォルニアの空気は軽く、爽快である。
車の中でカバンの中からCDフォルダーを取り出して、気分に合うCDを選び、運転手に差し出した。クラシック音楽を聴きながら、静かな気持ちで目的地のスタンフ ォード大学があるパロアルトに向かった。車窓から見える外の景色は、少しづつ暗くなりつつあった。
2004年10月28日
サンフランシスコのホテルにて
堀義人