週間の世界一周出張(その3 オスロ編) 

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南仏のニース・コートダジュール空港から、ノルウェーのオスロに向けて飛行機は飛び立った。SASグループのブローテン航空という飛行機に乗った。主にノルウェー国内 を飛んでいるとのことだが、ビジネスクラスも無い小さなジェット機だ。乗客は殆どノルウェーからの観光客のようであった。商用でニースからオスロに飛ぶことは考え にくいので、当然と言えば当然のことである。

オリーブの木が茂る丘、真っ青な地中海に別れを告げて、ヨーロッパ大陸を縦断し、北海・バルト海の北欧に向かった。飛行機が着陸態勢をとり、高度を下げてきた。窓から外を眺めると、赤や黄色の木々が見えた。なんと、オスロでは既に紅葉しているのだ。昨日まで海で泳いでいたのに。

エアポートエクスプレスに乗り、オスロ中央駅に着いた。そこでは皆、ダウンジャケットに手袋をしていた。吐く息も白いく肌寒い。防寒着を持ってきていないことが悔やまれた。空はどんよりとしていて、薄暗い。その日は、ゆっくりとホテルで過ごした。外は氷点下になっていた。

翌朝、サウナを浴び、プールでひと泳ぎしてから、投資家の事務所に向かった。会社は、オスロ・フィヨルドに面した美しい場所にあった。ヨットハーバーが見え、対岸の丘には、美しく紅葉した木々が見えた。投資家と受付けで会った。久し振りの再会だ。「寒いですね」と言うと、「全然。1月、2月になれば、それこそ寒いと言えるけれど、こんなのは暖かい方だ。まだ秋が始まったばかりだよ」と。東京の真冬の感覚の寒さなのだが、さすがノルウェー人だ、と妙に感心した。

ファンドビジネスでは、投資家をリミティッド・パートナー(LP)と呼ぶ。有限責任 パートナー、つまり出資者のことだ。僕らのようなファンド・マネジャーをジェネラル・パートナー(GP)と呼ぶ。運用責任パートナーのことである。つまり、LPがGPにお金を預け、GPがベンチャー企業に投資をして運用する。GPがベンチャー企業とともに汗水垂らして価値を高め、最終的に上場や売却をし、儲かったお金をLPに返す。その一部のリターンをGPが成功報酬としてもらうという仕組みになっている。

基本的に、LPはクライアントであり、GPが一生懸命に働くという構図になっている。お金を持っている人は強い。グロービスの場合には、200億円ものお金を投資家から集めてきた。そのうち9割が海外からの資金だ。1996年に設立されたグロービスの1号ファンドは、100%国内資金であった。1999年の2号ファンドでは、エイパックス社と提携したので、海外投資家へのアクセスができるようになった。当時日本は、金融危機の真っ最中で国内の資金はあまり期待できなかったので、海外投資家を中心に訪問した。(※参照コラム:「長いロードを終えて」

エイパックス社には、海外投資家との接し方を徹底的に鍛えられた。スーツや靴などの身だしなみまで注意されたこともあった。幸い2号ファンドは、順調に集まった。エイパックス社には感謝している。次の3号ファンドでは、エイパックス社との提携関係を解消し、独立するので、グロービス独自で資金を集めることになる。自らの力で、海外投資家との関係を維持しなければならない。今まで以上に、海外のクライアント(投資家)への説明が重要になる。これをインベスター・リレーションズ(IR)と呼び、基本的には、トップが中心となって行う。なぜならば、投資家はトップの考えを聞くことを一番重要視するからだ。だからこそ、僕が海外を飛び回ることになり、今回はオスロまで来ているのだ。

僕らは、投資家が信用して出資してくれた資金を最大化することが責務となる。今までのコラムでは、ベンチャーキャピタル(VC)のことはあまり触れていない。それは、ただ単に守秘義務の関係で書けないことが多いからだ(このコラムでもギリギリの範囲までしか書けない)。

実は、僕の時間のマジョリティーは、VC事業に投下されている。当然、運用責任や善管注意義務なるものがあり、キチンとしたプロセスで最善の努力をしなければ、投資家に対する背任行為とみなされ、訴訟問題にも発展しかねないからだ。コンプライアンスにも注意を払っている。200億円ものお金を預かるのは、それだけ細心の注意が必要になる。

従い、常に投資家のために最善の努力をすることが義務付けられる。最新のテクノロジーや世界の産業の動向を頭の中に叩き込み、株式市場の流れや、経営の最新トレン ドなども読み漁ることになる。投資先企業にも足繁く通い、感性や頭脳を総動員して経営状況を認識し、適切な質問や意見交換をし、投資家に対して価値を最大化することに努めなければならない。数多くの投資先候補企業とも会い、その中のごく一部の企業に投資の意思決定をする。それでも、うまくいかないことがある。

投資をするか否か、更に追加投資をすべきか否かで、社内のプロフェッショナルと意見がぶつかることがある。投資家の信認に応えるためには、たとえ嫌われ者になってでも、妥協を許さない姿勢を貫き通さなければならない。意見の食い違いも多いが、最後は投資家にとって何がベストかという観点で意思決定される。常に、投資家のこ とが頭にあるのだ。

オスロでの投資家とのミーティングは、10時に始まり12時過ぎまでかかった。 ゆっ たりとした雰囲気の中で、ファンド全体の概況、投資先企業の情報などを説明する。鋭い突っ込みが入るので、全ての投資先企業の状況と僕らのスタンスを十分に理解しておく必要がある。途中、ランチが運ばれた。ノルウェーらしくサーモンのマリネなどがあった。でも味わう時間も無く、ずっと説明を続ける。そして、時間となり部屋を出た。ビルの外まで送ってくれた。再会を約束してガッチリと握手をし、僕はホテルに向かい歩き始めた。空はどんよりとしたままで、正午過ぎなのにどことなく暗い感じがした。

ホテルに戻り、チェックアウトしてから、楽しみにしていた場所に向かうことにし た。30分位しか時間が無かったが、ホテル近くの美術館、ナショナルギャラリー国立美術館の‘ムンクの部屋‘にはどうしても行きたかったのだ。本当は、ムンク美術館に行きたかったのだが、『ムンクの叫び』『「マドンナ』が1ヶ月ほど前に盗難に遭ったこともあり、今月中は閉館したままだという。残念だ。でも、ナショナルギャラリーにも、同様のムンクの叫びとマドンナが置かれている。盗難を予想していたわけではないだろうが、同じような題材で2、3点描いていたということらしい。

ムンクの部屋に入った。『ムンクの叫び』、『人生の踊り』、『マドンナ』、『病室 の死者』、『その翌日』など実に興味深い題材が多くあった。15分程そのムンクの部屋に閉じこもり、絵の前を行ったり来たりした。オスロは、夏は白夜で冬は暗い日が続く。そこで生まれ育ったムンクが感じたものは何だったのだろうか。ノルウェーの美術館でムンクの絵を感じると、何となくその答えがわかった気持ちになってくる。ムンクの絵を観ながら共感すら覚えるようになってくるから不思議なものだ。

どんよりとした天気の中、飛行機がオスロ空港を飛び立った。スカンジナビア航空が向かう目的地は、ロンドン。ロンドンには3泊の予定だ。土曜日には、現地の友達が、プレミアリーグのサッカーに連れて行ってくれると言ってくれている。

もうそろそろロンドンに到着する。
ふと窓の外を眺めると、白い雲が一面に敷き詰められていた。

2004年10月14日
オスロからロンドンに向かう機中にて
堀義人

名言

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