BoA 型ビジネスモデル 

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本日、ソウルで歌手のBoA(ボア)と会った。

BoAと言えば、若者に人気の韓国人女性シンガーである。BoAは、ダンサブルな音楽をリズム良く歌い、日本で人気が急上昇したが、何とまだ17歳である。場所は、ソウルの新羅(シーラ)ホテル。世界経済フォーラム(WEF)主催のニューアジアンリーダー(NAL)のレセプションパーティの会場だ。僕らエグゼクティブ・コミッティーが主催したレセプションパーティに、韓国人政治家とともに、スペシャルゲストとしてBoAを招聘したのである。

なぜ、BoAが来てくれたかというと、彼女のプロデューサーである、リー・スーモン氏が、NALの仲間だからだ。彼は、昨年のソウル、シンガポール、北京、ランカウイ島と過去4回も参加している。そのスーモン氏が、BoAを連れて来てくれたのである。

ホテルの中庭で開催されたカクテルパーティの最中に、BoAが登場した。白いジャケットをブカブカに着こなし、茶色くストレートの長い髪が印象的だ。彼女は、少し照れくさそうにしていた。思ったよりも小さく、可愛らしい少女、という感じだ。当然、参加者は記念撮影をすることになる。韓国人の政治家も大喜びだ。僕も何枚か一緒に写真を撮ってもらった。

その後、会場を屋内に移動し、着席形式のディナーが始まった。僕はすかさずBoAの横に座り、彼女に日本語で喋りかけた。笑顔が可愛く、チャーミングだ。人気があるのもよくわかる。ディナー冒頭に行われたスピーチの合間に、彼女はスーモン氏に連れられ退席した。

興味があったので、戻ってきたスーモン氏に、例によって続けざまに質問をさせてもらった。「そもそもどこで見つけたの?なぜBoAと名前を付けたの?どうやって日本に進出させたの?そして今後のビジョンは?」などである。
彼は、嫌な顔もせずに、隠すこともなく、教えてくれた。

「あるダンスコンテストで、小学校5年生だったBoAを、我が社のスカウトが見つけた。そのコンテストに参加していた兄の踊りに合わせ、会場の下で踊っていたのが妹のBoAで、その姿がスカウトの目に留まったのだ」と。
そして、事務所に連れてきた際にスーモン氏が偶然通りがかり、歌を歌わせたら、いい声をしていたし、踊りも抜群であった。そこで、BoAをプロデュースすることにしたそうだ。

先ずは、長期的計画に従い育成を始めた。彼女を国際的なスターに育て上げるべく、インターナショナルスクールに通わせて、英語を学ばせた。そして日本に2年間行かせ、日本語も学ばせた。日本的踊り方・歌い方と、欧米的踊り方・歌い方をマスターさせた。名前は、本名であるクオン・ボアの名前だけ使い、BoAと表記した。「Bank of Americaっぽくていいでしょう?」と問い掛けられた。

そして続けた。「日本でデビューさせるには、ダンスミュージックで定評があるエイベックスへのアプローチが必要だ。さまざまなツテを使い、会長にアプローチしたが、なかなか会う事が出来なかった。最終的には、なんとか会っていただける事になったが、30分しか時間をもらえなかった。しかも当日は、嫌々会ってもらっている感じで、20分経過しても、時計をチラチラ見ていて、反応が鈍い。そこで、破れかぶれになり、思い切って、今後のアジアにおけるミュージックシーンのビジョンを語った。そうしたら、会長が身を乗り出して聞いてくれた。どの言葉が良かったのかわからなかったが、最後には、『明日、再度会おう』と言ってくれた。翌日、帰国する予定を変更し、ディナーを共にした。その後、会長を韓国にお連れして、とんとん拍子に話が進んだ」。

「BoAは、日本で大成功した。そして、今後、先ずは韓国デビューさせる。本日が韓国デビューの日で、韓国語の曲を用意した。日本で成功したら韓国では簡単である。そして、次は中国に行く。日本と韓国でNo.1になり、中国でも人気が出れば、アジアNo.1になる。そうなると、ハリウッドを含め、世界への道が開けてくる。」

スーモン氏は、国立ソウル大学出身のエリートでありながらも、歌手になった異色の人物だ。年齢は僕と同じ位で、韓国では有名なトップスターだ。英語も流暢だ、さすがに戦略的にものごとを考えている。帰り際に、BoAのサイン入りCDとポスターをプレゼントしてもらった。(^^)

会場からの帰り、ふと、昨日訪問した、Zionex社の取締役会の様子を思い出した。Zionex社は、2000年に韓国の若者3人によって創られたサプライチェーンマネジメント(SCM)ソフトウェアのベンチャー企業だ。創業者3人共、MIT(マサチューセッツ工科大学)の博士課程で学んでおり、そこで出会い、ベンチャーを起こすことにした。Zionex社を創業してまもない頃、僕は彼らに出会った。何度か話をしているうちに可能性を感じたので、投資を検討し始めた。当初はファンドから投資しようと思っていたが、アラン・パトリコフ氏に、「当面は日本にフォーカスするように」と言われたので、仕方なく個人のポケットマネーで出資することにした。2000年末のことである。

僕はその後、年に2-3回必ず韓国に行き、Zionex社の取締役会に参加した。方向性を示したり、時には叱咤激励した。僕の投資後、Zionex社は、順調に業績を伸ばした。毎年、売上を倍倍に伸ばし、昨年は利益も計上した。顧客もサムスン電子やLGなど、韓国の大手企業にも食い込んできた。今年も更に売上を倍増する勢いの会社だ。まさに、ワークスアプリケーションズ社の成長と同様の軌跡を歩んでいる。(※参照コラム「ワークスアプリケーションズのIPO」)
ただ、韓国の場合、マーケット規模も限られている。しかも、クライアントは、自国のソフトウェアベンチャーのことをあまり信用してない。どちらかというと米国系メーカーのことを信用しがちである。善戦してはいるが、どうしても発想を変える必要があった。僕は昨日、彼らに強い口調で述べた。

「韓国内だけにとどまっているような会社に投資をした気はない。せっかくグローバルな発想ができる経営陣がいるのだから、頭を切替え、日本に進出してはどうか。今までの創業ステージは成功裏に終わった。これからはギアチェンジして、アジアの次元で物事を考える必要がある。先ずは、経営陣の株式所有比率など気にせず、思い切って資金を調達し、人も採用し、日本に出てこないか。その際には、僕もお手伝いできる。また、公開する市場も韓国のコスダックではなく、日本のジャスダックやマザーズを狙ってはどうか。そして、日本、中国、韓国の3国にマーケットを広げる努力をするべきではないか」。

「次回の取締役会は、日本でやろう。先ずは、経営陣がじっくりと座って3-5年後のビジョンを描いてみてくれ。そのビジョンと計画をもとに、日本で意見交換しよう」、と締めくくった。

本日のBoAの話を聞き、まさに『BoA型ビジネスモデル』とも言えると思った。韓国の一番の問題点は、自国の市場が小さいことである。日本の1/3以下の人口で、1/3以下の1人当りGDPである。従い、市場規模は、約1/10になる。これでは、いくら技術やコンテンツが良くても、大きな会社は作れない。従い、海外に進出する必要がある。だが、なかなか成功しない。どうしてもグローバルに成りきれないのである。そこで、日本の強いパートナーと韓国の良いコンテンツ(人材)とプロデューサーが必要となる。つまり、avex、BoA、スーモン氏の組み合わせが必要なのである。

Zionex社は、いい会社である。従い、コンテンツはいい。僕がスーモン氏の役割を果たすとなると、残るは日本側のパートナーである。どこが良いだろうか、と考えてみた。果たしてBoA型ビジネスモデルは、成功するのだろうか。また、韓国の歌手や企業ばかりでなく、日本の歌手やベンチャー企業もグローバルに展開するビジョンを持ちえるのだろうか。今は、日本、韓国、中国の大競争時代に入った。もう国境など無くなりつつある。その時代に合った戦略やビジネスモデルが必要になるのであろう。

CDプレイヤーからは、BoAのダンサブルな音楽が聞こえてくる。このCDで、BoAは日本語でも韓国語でもなく、英語で歌っている。
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音楽をBoAからモーツァルトに切替え、寝る準備をすることにした。
ソウルの中心に位置する南山(ナムサン)に聳え立つホテルの部屋からは、漢江(ハンガン)にかけての町並みの夜景を見下すことができた。明日から、会議のメインプログラムがスタートする。様々な会合で積極的に発言しよう。韓国の大統領にも再会できるだろうし、多くの方々とネットワークを広げたい。そう思いながら、フカフカのベッドの中に体を滑り込ませることとした。

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