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日本の男女賃金格差は「時間のコントロール」の可否で変わる――ゴールディン氏のノーベル賞に考える

投稿日:2023/12/11

ゴールディン教授が語る日本の女性労働参加とその実態

2023年10月、ノーベル経済学賞がハーバード大学のクラウディア・ゴールディン教授に授与されることが発表された。米国の過去200年間の統計など科学的根拠をベースに、女性の就業率の変化や男女の賃金格差が生じるメカニズムを丹念に追い続けた功績が称えられたのだ。

教授は受賞決定後の記者会見の中で、日本の女性の労働参加状況についても言及している※1。

「10〜15年前は本当に低かったが、今や米国より高い」「驚くべきことをやってのけた」。

しかし一方で、「(日本は)女性を労働力にするだけでは十分ではない」と、解決すべき課題があることも述べている。一体どういうことだろうか。

女性就業率は高水準、男女賃金格差は低水準

実際に、日本の女性労働の現状はどうなのだろうか。内閣府の男女共同参画白書 令和4年版※2で確認してみよう。白書によれば、2020年時点のOECD諸国の女性(15~64歳)の就業率平均は、59.0%。日本は70.6%と、確かに38か国中13位の高い水準にある。

更に、日本における女性の就業率の経年での変化を確認すると、2005年時点で58.1%だったものが、2021年には71.3%と16年間で13.2%上昇している。ここまでは、前述のゴールディン教授のコメント通りだ(因みに日本の男性の就業率は2021年時点で83.9%、16年間で約2%増とほぼ横ばいである)。

一方で、日本の男女賃金格差はどうだろうか?2022年のOECDの調査が公開されている。男性のフルタイム労働者の賃金の中央値を100とした場合の、女性フルタイム労働者の賃金の中央値を調査したものである。

これによると、OECD諸国平均の男女差は、11.9%。対して日本はというと、21.3%と差は倍近くに広がる。順位にすると38か国中35位という、非常に残念な水準である。

日本の女性労働の現状をつくる「雇用形態」

働く女性の率は世界標準より増えても、男女賃金格差はかなり大きい―、それが日本の実態だ。ここには様々な理由が考えられるが、ひとつわかりやすいデータを示そう。それは、雇用の形態だ。
前述の白書中の正規雇用労働者と非正規雇用労働者数の推移データ※3によると、例えば2004年から2021年の17年間で、正規の女性労働者は15.7%増加したが、非正規労働者も28.6%と倍近い増加率を示している。そして2021年時点の働く女性に占める割合では、非正規が53.6%と、半分以上を占めているのだ。女性の就業者率は確かに年々上がってはきたが、その内実は非正規雇用労働者の増加の影響が大きいと言えよう。因みに同年の男性では、正規雇用が78.17%と大多数を占めている。

ただし、非正規やパートタイマーの比率だけでいえば、日本女性は他国に比較し特別に比率が高い訳ではない。問題はその待遇にある。厚生労働省による日本の雇用形態別の時給の比較調査※4によれば、2019年時点で、フルタイムで働く正社員が1,976円なのに対し、時短正社員は1,602円と81.1%に、非正規社員はたとえフルタイムであっても1,307円と66.1%に下がる。更に非正規で短時間勤務の場合には、1,103円と55.8%にまで下がるのだ。これだけ見ても、日本の男女賃金格差の開きの理由の一つがわかるだろう。

見出された男女賃金格差を解消するカギ

しかし世界に目を向ければ、雇用形態、そして賃金格差の背後には大きな要因がある。それは、ゴールディン教授が長年の分析の上で見出した「時間」という問題だ。ゴールディン教授の著書『なぜ男女の賃金に格差があるのか:女性の生き方の経済学』(慶應義塾大学出版会)に興味深い例が示されている。

弁護士の例から見る「長時間労働プレミアム」と「チャイルドペナルティ」

例えば、同じように高学歴で、同じような弁護士の仕事に就いた男女のカップルがいたとする。当然、当初の給与に男女差はない。しかし、弁護士全体で統計をとると、女性弁護士の賃金は男性弁護士の78%でしかない。何が起こっているのか。
そこには「仕事に時間を無尽蔵に注ぎ込むことが出来るか否か」の問題が横たわっている。

子供を持つことになった場合、性別に限らず、親なら当然、子育てのために時間を投入することになる。しかし一方、職場に存在する仕事の中に、「大口顧客の仕事を獲得するためには、個別の関係性を深める必要があり、夜遅くまで会食しなければならない」というオールドボーイズクラブ的な慣習とか、「顧客や上司の急な要望にもいつでも応えられるよう、職場で待機する必要がある」といったものがあり、そうした勤務には「長時間労働プレミアム」とも呼ぶべき賃金プレミアムが付き、上司の評価も厚くなるといった場合、どうするだろう?

両親とも、子育てに使う時間を削減し、それに応えるか?しかし、ベビーシッターなど外部の力を借りるにしても、子育ての全てを他者に任せるわけにはいかないし、子供に関する急な事案に対応しなければならないこともある。

こうしたことを論理的に考えると、結果的に片方が長時間労働も厭わない形で働き、稼ぎ、昇進昇給し、片方が柔軟で短時間働く形へと変わることが、最も合理的で家庭の収入も増えるという結論になる。そして働き方を変える選択をするのは、圧倒的に女性の方が多いのだ

なぜ母親の方が働き方を変えやすいかと言えば、根底に「男性、女性はこうあるべき」というジェンダー規範があるからである。弁護士の例で記したが、医師や、コンサルタント、投資銀行勤務者、建築家など、高学歴の夫婦には同じことが起こるという。結果、女性の賃金は上がりにくくなる。こうした、子供を持つことに伴う労働所得の減少を「チャイルドペナルティ」という。子育てが一段落してから女性が働く時間や負荷を戻したとしても、既に大きく開いた男性との賃金格差を埋めることは難しい。

薬剤師の男女賃金格差を減らした、情報と仕事の属人化解消

では、この根深い「長時間労働プレミアム」や「チャイルドペナルティ」を乗り越えることはできないのだろうか?実はゴールディン教授は著書の中で、解決へのヒントを示してくれている。それは、薬剤師の事例から得ることができる。

薬剤師も、専門力が求められ、かつ給与も高い職業だ。1965年当時は、女性薬剤師の収入は、男性薬剤師の67%でしかなかった。その理由として、男性が経営する薬局に女性が雇用される形だったことが大きいという。
しかし現在、女性薬剤師の賃金は男性の94%までに迫り、その差はほぼ解消されている。パートタイム勤務による時給のペナルティもない、数少ない専門職だという。一体なぜ、ここまで回復できたのだろう。

その背景には、薬局に対する企業の台頭、医薬品の標準化、高度情報化、という3つの変化がある。ドラッグストアがビッグビジネスになり、通信販売の薬局も増加した。薬剤師が個人で薬局を切り盛りし、顧客と個別に関係を深め特別な対応をしたり、深夜に緊急処方したりするなどの必要はなくなったのだ。

また、医薬品の標準化とITの進化によって、どの薬剤師も、顧客や薬に対して必要などんな情報でもすぐアクセスできるため、仕事が属人化せず、誰もがプロとして同じ価値を発揮できるので、同じ賃金を得られるようになった。こうなると、チームで互いに仕事の代替ができるようになり、働き方に柔軟性も増す。

このように、情報の標準化、共有化が進み、仕事の属人化が減り労働の代替がしやすくなると、先ほどの弁護士の例のような、他者(顧客や取引先など)との個人的な人間関係維持の重要性、時間を問わない拘束を伴う対応の必要性が下がり、そうした長時間労働の不相応な高い時給も下がるのだという。

男女の賃金格差は、男女の能力の差ではない。是正の大きなカギは、こうした「時間のコントロール」ができるか否かにあるのだ。

(つづく)


※1 ノーベル賞ゴールディン氏「日本女性の労働参加増驚き」|日経新聞 

※2 男女共同参画白書 令和4年版|内閣府 男女共同参画局
   2-3図 OECD諸国の女性(15~64歳)の就業率(令和2(2020)年)
   2-2図 女性就業率の推移

※3 2-7図 正規雇用労働者と非正規雇用労働者数の推移(男女別)

※4 令和2年版 厚生労働白書-令和時代の社会保障と働き方を考える-|厚生労働省

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