今年9月発売の『MBA 2030年の基礎知識100』から「第1章08 新しい資本主義」を紹介します。
かつて20世紀には資本主義vs.社会主義(あるいは共産主義)という構図がありました。結果としては資本主義側に軍配が上がり、西側先進国が富んで行ったのは周知の事実です。共産党政権の中国ですら、資本主義的なやり方を大きく取り入れることでGDP大国として躍り出ました。一方で、かねてより指摘されていた資本主義の弊害が、世界的規模でこの10年ほどますます加速したともいわれます(詳細は本文)。何も手立てを講じなければ、ますますその弊害は大きくなるでしょう。ただ、だから資本主義はダメということにはなりません。競争や金利(時間との闘い)、成功したときの大きなリターンがあるからこそ創意工夫や懸命な努力、イノベーションなどが生まれ、人々の生活が豊かになるといったプラスの面はやはり大きいものです。こうしたメリットを引き出しつつデメリットを最小化する、「新しい資本主義」に向けた人類の英知がますます問われるのが2030年という時代なのです。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、PHP研究所のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
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新しい資本主義――社会の歪みをどう是正するか
「新しい資本主義」は岸田文雄政権が打ち出したスローガンでもありますが、ここではより一般的な新しい資本主義について触れます。
2022年現在、これまでの資本主義への典型的な批判として、以下のようなものがあります。
- 行き過ぎた市場主義、株主重視主義、金融中心主義により、企業は利益重視に走り、貧富の差が拡大した。日本においては、正社員と非正規社員で待遇が違いすぎることも問題となっている。
- 貧富の差が教育機会などを通じて拡大再生産されるようになった。先進国においても貧困層が増えるようになった。
- お金やモノにばかり目が行く人々が増えた。
- 金融工学の発達などにより、金融市場は実体経済を反映しないマネーゲームの場となった。
- SDGsが謳われる一方で、相変わらず環境破壊などが進んでいる。
これらにメスを入れ、「より人に優しい資本主義」の形を模索することが議論されています。それこそが、新しい資本主義です。
それが具体的にどのようなものになるのかはまだ意見が分かれますが、そのエッセンスは概ね以下のようなものです。
- 株主重視は意識しつつも、株主偏重にならないようにする:
すべてのステークホルダーがWin-Winとなることが期待されます。機関投資家や個人投資家は、単に儲けている企業、成長しそうな企業だけに目を奪われるのではなく、世の中に貢献している企業にも注目することが望まれます。
- お金やモノ以上に「心」を大切にする:
幸福感は最終的には心理的な部分で決まります。もちろん、最低限のお金やモノは必要ですが、別の部分で幸福を感じられる社会にする必要があります。貧困層に対する支援もより手厚いものが必要となります。完全なベーシックインカム制度は実現しないでしょうが、最低限の心の豊かさを持てる再分配は必要となるでしょう。
- 機会の付与:
貧困層にはスタートラインにすら立てない若者もいます。彼らの能力を活用できないのは国家的な損失でもあります。特に優秀な人材については、教育の機会や就業の機会をしっかりと与える必要があります。
- ボランティア経済の拡大:
経済は金銭的な取引だけで回っているわけではありません。ボランティアや寄付などによって成り立つ人間の営みも多々あります。ITの進化には、これを助ける側面もあります。助けを必要としている人と、助けたい人を効率的にマッチングできるからです。これらをうまくつなぐビジネスなども期待されます。
- 金銭から無形の資産の時代へ:
これまでの資本主義では金銭が主役でした。しかし、新しい資本主義では、信頼、評判、文化、知識といった無形の資産がより価値を持つ可能性が高まります。もちろん企業は利益を追求するわけですが、一方でこうした無形の資産を蓄積するとともに、それを社会課題の解決にも振り向ける必要があります。
- 企業の生産性を高める:
企業はいたずらに利益を追い内部留保を蓄積するだけではなく、利益を社会に還元する姿勢がますます必要となるでしょう。だからこそ、マネジメントの力を高め、効率的にビジネスを回す必要性が高まるのです。日本企業は先進国の中でも生産性が低いことが問題視されてきました。ITなどを徹底的に活用することで、高い価値を生み出し、顧客を満足させながら、多くの社会貢献をすることが期待されます。
『MBA 2030年の基礎知識100』
著者:グロービス 著・編集:嶋田毅 発行日:2022/9/22 価格:2,145円 発行元:PHP研究所