「貧富の格差が拡大している」と聞いて、どれだけ実感を持てるだろうか。
「世界で最も裕福な388人が、下位半分より多くの富を所有する」。2010年、国際的なNGO、オックスファムが世界に衝撃を与える数字を報告した。2017年には、超特権者8人で世界人口の下位半分(推定36億人)の富を上回るまでとなった。最新の報告によると、上位2,100人の資産が、世界の総人口の60%(推定46憶人)の資産を上回る、と2020年に発表されている。
にわかには信じられないことかもしれないが、世界は持つ者と持たざる者との間で分断されつつある。コロナで格差はさらに深刻になっている。
本書は、2006年ノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス博士が、資本主義の歪みがもたらした貧富の格差の拡大から生じる社会問題への具体的な解決策を提案する1冊である。バングラデシュで貧困層に無担保で小口融資を行うグラミン銀行を創設し、マイクロファイナンスの手法を世界に普及させた著者は、ビジネスを通して社会課題を解決する新たな経済システム「ソーシャル・ビジネス」の提唱者であり、国連SDGs (持続可能な開発目標)の制定に深く関わった人物の1人でもある。
問われるソーシャル・ビジネスの視点
著者は、資本主義の歪みに起因する様々な問題の解決に向けては、経済のエンジンを設計し直して新たなモデルをつくる必要性を説く。新たな経済モデルの構築を目指すうえでキーワードとなるのが、以下の3つだ。
- 「ソーシャル・ビジネス」:資本主義が前提とする、個人の利益だけに動かされるのではなく、個人と集団の利益が認められ、促進されるシステムの構築を目指すために、ソーシャル・ビジネスの考え方を受け入れる必要がある。
- 「起業家精神」:人間は仕事を探す者だという考え方を捨て、人間はみな生まれながらの起業家であり、無限の創造力を内に秘めているという前提に立つ必要がある。
- 「金融システムの再設計」:経済の底辺にいる人たちに効果的に機能するよう、金融システム全体を設計し直す必要がある。
これらの3つを追求することが、結果として貧困・失業・二酸化炭素排出ゼロの「3つのゼロの世界」を実現させるのだと具体例を交えながら主張している。
例えば、本書のタイトルにある「貧困ゼロ」で言えば、世界で最も起業家精神に溢れる国、ウガンダでのソーシャル・ビジネス、「ゴールデン・ビーズ(黄金の蜂)」社を題材に、小規模農家が貧困から抜け出す取り組みが紹介されている。ゴールデン・ビーズは多くの小規模農家が、収益性の高い養蜂ビジネスに取り組めることを使命に、道具やサービスの販売、養蜂技術の研修などを手掛けている。
「失業ゼロ」はどうか。バングラデシュの農村から始まった“ノビーン”(新しい起業家)プログラムに触れる。これは、若者にビジネス・チャンスの扉を開く失業問題解決の実践的手法で、米国でも実践され、成果が上がっている。
集団の利益を考えるソーシャル・ビジネスは「二酸化炭素排出ゼロ」の実現にもかかわってくる。従来、経済成長と環境保護はトレードオフの関係にあると考えられていたが、著者は持続的な社会を維持するために環境に配慮したエネルギーシステムを構築しながら、コミュニティや社会全体から貧困をなくすことは十分可能だと説く。
こうした考えは、発展途上国のみならず、先進国でも活用できるものだ。日本においても、著者が目指す利他心に基づき、貧困、教育、環境等の社会問題を解決するソーシャル・ビジネスが少しずつ広がりをみせている。社会や経済を安定させ、持続可能な社会をつくるうえでも、ビジネスにおいて取り入れる視点があるのではないだろうか。
サステナビリティ推進に関わる方だけでなく、これからどのような未来を築くべきかを考えている方に、ぜひ読んでほしい1冊である。
『3つのゼロの世界――貧困0・失業0・CO2排出0の新たな経済』
著者:ムハマド・ユヌス 訳:山田 文 発行日:2018年2月20日 価格:2,090円 発行元:早川書房