「後輩起業家に何をメッセージとして贈ろうか」と考えた。時期は7月下旬、場所は世界的な起業家組織であるアントレプレナーズ・オーガニゼーション(EO)の東京支部の年次総会だった。僕は創設者として約250人の起業家を前にスピーチすることになっていた。
年齢層は20代から50代と広く、社歴も創業間近から創業30年まで様々で、企業規模も未上場から時価総額1000億円超とバラバラだ。この多様な参加者が「起業家」という一点で結ばれている。僕は思案した結果、「起業家が果たすべき5つの役割」を話そうと決めた。偉そうにならないためにも、自らの体験や決意を交えて話をすることにした。
1つ目が、イノベーションを通した価値創造だ。起業家はイノベーションを起こし続けることで、社会の現状を変革し、世の中に新たな価値を創造する役割を担っている。
米国のイノベーションを引っ張る5社(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト)の時価総額の合計が約300兆円と、日本の東証1部の時価総額約600兆円の半分程度に達していることを先日知った。
この5社は、検索やソーシャルメディア、ソフトウエアなど限界費用がゼロに近い事業を中心に、世界に向けて大規模に事業を展開している。グロービスも負けてはいられない。オンラインMBAプログラムや動画学習サービス「グロ放題」などを展開して、従来の教育の理念を打ち壊すイノベーションをしていきたい。
2つ目が、規模の拡大を通じた雇用や富の創出だ。規模が大きいほど社会に対するインパクトは大きくなる。事業を起こすならば最低でも日本ナンバーワン、願わくはアジア・世界ナンバーワンを目指さないと面白くない。そういう気概を持ってほしい。
グロービス経営大学院は日本のビジネススクールでナンバーワンの学生数を誇る。今は、アジアナンバーワンを目指して挑戦している。
3つ目がオピニオンリーダーとしての役割だ。起業家は社会を変革するリーダーの一員として積極的に発言する必要がある。世の中に対して自分が正しいと思うことを述べ、世論を変え、必要に応じてNPOや財団を創設して、社会変革を率先していくことが求められる。
僕は2011年8月、ソフトバンクグループの孫正義さんとエネルギー政策について3時間25分にわたって議論したことがある。僕のツイッターなどのソーシャルメディアのフォロワー数は合計60万人を超えている。炎上を恐れずにオピニオンリーダーとして発信していきたい。
4つ目は蓄積した富と能力を社会へ還元することだ。僕はベンチャーキャピタル事業を通して得た資産をすべて、ふるさとの水戸・茨城に還元すると公言している。
最近では地元プロバスケットボールチームの茨城ロボッツのオーナーとなり、水戸の中心市街地の空き地にカフェやアリーナを建設している。他にも街中の活性化の構想をいくつか温めている。僕が得たものをどんどん故郷に還元していきたい。
5つ目がロールモデルとしての役割だ。内村鑑三はかつて後世への遺産となるものを4つあげた。富、事業、思想、そして4つ目が「勇ましい高尚なる生涯」だ。
確かに僕らは吉田松陰や藤田東湖、坂本龍馬などの生涯に感動し、学び、そして触発されている。僕らも100年後200年後を生きる後世の人々に対して、「勇ましい高尚なる生涯」を遺す役割がある。そう考えると、僕はまだまだ彼らの足元にも及ばない。
イノベーション、富と雇用の創出、オピニオンリーダー、社会還元、そしてロールモデルとしての起業家の5つの役割。僕なりに一つ一つをしっかりと果たしていきたいと思う。
※この記事は日経産業新聞で2017年8月25日に掲載されたものです。
日本経済新聞社の許諾の元、転載しています。