【日経コラム】「徳」は小善の積み重ね 

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「徳」って何だろうか。僕は、分からない言葉に出会うと、考えてしまう。徳とは何か、徳がある人とはどのような人なのか、それはなぜ必要なのか、どうやったら身に付くのか――。

こんなことを考え始めたきっかけは、ヤマト運輸で宅急便事業を始めた小倉昌男さんの著書「経営学」を読んだことだ。「社員全員の倫理観が高くてこそ、社徳の高い会社」とあった。徳や社徳とは何かと、考えるようになった。

1つの答えをくれたのが、江戸時代の学者で日本陽明学の祖とも言われる中江藤樹だ。内村鑑三の著書「代表的日本人」で紹介されている中江藤樹の言葉に「大善は名声をもたらすが、小善は徳をもたらす」との一節があった。日々小さくても善い行いを重ねることで徳がもたらされるという考え方だ。

世の中では、明らかに名声を得ることを目的にして大善を行う例が目につく。大々的な社会貢献や多額の寄付をアピールする企業・資産家などだ。しかし、大善は名声をもたらすが、徳は残念ながらもたらされないのだ。徳は、小善の積み重ねの結果として長い年月を経てのみ醸し出されるものだからだ。

企業の場合、素晴らしい社会貢献事業に取り組んでいても、本業や日々の社員の振る舞い、トップの言動に問題があれば、名声は得るかもしれないが、偽善的に映ってしまうだろう。派手で目立つ言動よりも、日々の身の回りの小さな「陰徳を積む」行いの方が重要なのだろう。

日々の行いに加えて、日々の気持ちや思いがもっと重要になる。慢心やおごり、ねたみが出てきたら、心の中でそれを取り去り、心の陶冶に励まないといけない。それを何年も何十年も続けて習慣化すると、心の中が善い気持ちで満たされ、その気持ちに突き動かされて日々小善を積み重ねることになる。徳はこうして長い年月を経てやっともたらされるものなのだろう。

中江藤樹を知り、初めて「徳」が何たるかがわかった気がした。僕自身は徳があるとは到底思えないが、そういう意識を持つよう努めていきたいと思っている。

さて、徳はどうしたら周囲に広められるのだろうか。どうやったら「社徳」にまで昇華できるのだろうか。日々の小善を積み重ねる社員をどうやって育てることができるのだろうか。

たとえ企業でトップを務めていても、社員や組織にはなかなか強制できないものである。昔は上長が「これをやれ、あれをやれ」と厳しく言う時代があったかもしれないが、今は時代が違う。組織にまで広げることは、至難の業だと思われる。

トップにできることは、感化することだと思う。理念を掲げ、良き企業文化を醸成し、同じ体験やストーリーを共有し、良い思いに触れてもらい、自らが気づき、徐々に影響を受ける。そういう感化によってのみ、「小善を積み重ねる」ことの重要性に気付き、周囲の行いが変わっていくのだろう。

グロービス経営大学院では、「企業家リーダーシップ」コースで必読書に「代表的日本人」を挙げて、MBA生全員が読み合わせをしている。西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮という徳の高い人物の生き方や哲学、高い倫理性に触れることで、感化されて、よきリーダーに育ってほしいと考えている。

ただ現実はそう簡単ではない。世の中には様々な欲望の誘惑が待っている。だからこそ小善を行った場合には積極的に褒めるようにしている。褒められることが目的化すると逆効果だが、しっかりと承認してあげることが重要なのだと思う。

徳が高い人物となり、社徳の高い会社・社会をつくるのは容易ではない。僕自身も全く自信がない。ただ1日1日、小善を積み重ねる。それだけを心がけて生きていきたいと思う。


※この記事は日経産業新聞で2017年7月21日に掲載されたものです。
日本経済新聞社の許諾の元、転載しています。

京都大学工学部卒、ハーバード大学経営大学院修士課程修了(MBA)。住友商事株式会社を経て、1992年株式会社グロービス設立。1996年グロービス・キャピタル、1999年 エイパックス・グロービス・パートナーズ(現グロービス・キャピタル・パートナーズ)設立。2006年4月、グロービス経営大学院を開学。学長に就任する。若手起業家が集うYEO(Young Entrepreneur's Organization 現EO)日本初代会長、YEOアジア初代代表、世界経済フォーラム(WEF)が選んだNew Asian Leaders日本代表、米国ハーバード大学経営大学院アルムナイ・ボード(卒業生理事)等を歴任。現在、経済同友会幹事等を務める。2008年に日本版ダボス会議である「G1サミット」を創設。2011年3月大震災後に、復興支援プロジェクトKIBOWを立ち上げ、翌年一般財団法人KIBOWを組成し、理事長を務める。2013年6月より公益財団法人日本棋院理事。いばらき大使、水戸大使。著書に、『創造と変革の志士たちへ』(PHP研究所)、『吾人(ごじん)の任務』 (東洋経済新報社)、『人生の座標軸』(講談社)等がある。

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