世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)に参加した。今年で10回目の参加となるが、今回ほど衝撃を受けたことはなかった。英国の欧州連合(EU)離脱やトランプ政権誕生を巡る各界リーダーの話を聞き、戦後70年かけて築いてきた国際秩序がガタガタと音を立てて崩壊していくのを実感したからだ。
英国の参加者は後戻りできない現状を嘆き、欧州の参加者は悩み迷走し、米国の参加者は先行きを憂いていた。中国の習近平国家主席のスピーチはきれい事として受け入れられていた。世界を引っ張るリーダーがいないのだ。世界に横たわる大きな問題は棚ざらしにされ、悪化へと向かっていくだろう。
米国はトランプ大統領の就任で、自国第一主義、保護主義、孤立主義に傾斜することがはっきりした。環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉を明言し、北大西洋条約機構(NATO)や日米間・米韓間などの同盟関係についても見直すことを考え始めている。トランプ氏は温暖化対策の国際的枠組みであるパリ協定からの離脱を示唆している。米国の利益にならない国際問題には一切関与しないとみられる。
英国はEUや他の国々との自由貿易協定の締結に忙殺されることになる。国際問題に関与する余裕はほとんどないのではないか。独仏などを主要国とするEU各国は英国との再交渉と国内の選挙に翻弄され、さらに域内の社会的分裂、難民問題、南北問題、ユーロ問題などに注力せざるを得ないだろう。
中国は習国家主席が国際化の旗印を掲げて「貿易戦争はどの国にも利益をもたらさない」と演説してみたものの、主要経済国の中でも最も保護主義的で、国際化・自由化が遅れているのは明白だ。また、国内の経済問題や格差問題、民衆の不満や国内政治に対応する必要があり、国際問題解決にリーダーシップを発揮する意思はないとみるのが自然だ。ロシアはトランプ米大統領の誕生で経済制裁が解かれる可能性はある。だが、欧州からの不信は根深い。こうしてみると、世界を引っ張る国が見当たらない。
今、世界の主要国は7カ国だと思う。国連安全保障理事会の常任理事国である米国、中国、英国、フランス、ロシアの5カ国に加えてドイツ、日本だ。そのなかで唯一安定しているのが、実は日本なのだ。
ダボスで日本からの参加者が面白い説明をしていた。「日本はなぜ安定しているのか」との質問に対し「悪いことは全て経験済みだからだ」と答えていた。
1980年代に資産価格が急騰し、90年にバブルが崩壊した。90年代後半には金融危機に陥り大規模な銀行や証券会社が破綻し、2000年代後半には政治不信に陥りポピュリスト的な民主党政権が誕生、リーマン・ショックも体験した。
一方、欧米は、資産バブル崩壊や金融危機、経済停滞、社会の分裂とポピュリスト台頭などが、リーマン・ショック後の短期間に一挙に集中してやってきている。
日本はすべてをすでに経験し、それらを乗り越えた上で安定を勝ち得ている。だが、欧米は今、まさにすべてと戦っているのだ。だから、日本は他国に比べると盤石な状態にあると言うのだ。なるほどだ。
戦後70年を経てつくってきた世界秩序は崩壊しつつある。次に生まれてくる秩序は自国第一主義的な集合体で、多極的で弱い秩序になるであろう。そんな世界の中で、日本は自立し、経済的にも外交・軍事的にも社会・政治的にも強くなる必要がある。主要国で最も安定している日本が、世界で果たす役割は大きい。「日本が世界の希望だ」と言われるためにも、微力ながらも全力を尽くしたい。ダボス会議の場で、こぶしを握り締めながら強くそう思った。
※この記事は日経産業新聞で2017年1月27日に掲載されたものです。
日本経済新聞社の許諾の元、転載しています。