電車の中でもスラスラ読める、「失敗」関連の文庫本を紹介する。鉄道事故や飛行機事故などの原因究明から浮かび上がる失敗の本質とは何か。ビジネスパーソンは、事故の研究から何を学べるのか――。グロービス経営大学院講師の嶋田毅が創造と変革の志士たちに送る読書ガイド。
「失敗」から逃れられる人間は、世界中を探しても1人もいない、と断言できます。それゆえ、このテーマは多くの人の関心を呼ぶらしく、ときどきベストセラーが生まれます。畑村洋太郎氏の『失敗学のすすめ』 (講談社)や、戸部良一氏らによる『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』 (中央公論社) 、中尾政之氏の『失敗百選 41の原因から未来の失敗を予測する』(森北出版)などがその代表でしょう。
本書は、これらの書籍に比べると、もともと、様々な媒体に書かれていたエッセイなどを集めて一般向けにコンパクトに加筆修正したということもあり、専門家にはちょっと物足りないかもしれません。また、紹介されている事例も、鉄道事故や飛行機事故などの事故事例が多く、やや片寄ったところもあります。しかし、場面や対象が異なっていても、失敗の本質がそれほど大きく異なるわけではありませんので、ビジネスパーソンが「失敗とその原因」とについて短時間で勘所を得るには程よい入門書と言えるでしょう。
さて、失敗には様々なものがあります。個人的な失敗もあれば、組織的な失敗もある。許容しうるものもあれば、許容できない失敗もある。これらをすべて同列に語ることは難しく、ある程度の分類が必要です。著者は、本書において、「ヒューマンエラー」を中心に失敗について解説していきます。
「ヒューマンエラー」とは、著者の定義を借りれば「人間の決定または行動のうち、本人の意図に反して、人、動物、システム、環境の、機能、安全、効率、快適性、利益、意図、感情を傷つけたり壊したり妨げたものであり、かつ、本人には通常はその能力があるにもかかわらず、システム・組織・社会などが期待するパフォーマンス水準を満たさなかったもの」(あとがきより)となります。
本書は、必ずしも体形的にまとめられているわけではないのですが、時々、「なるほど」「ああ、そうだ」と思わされるフレームワークやフレーズ、研究結果があって楽しめます。いくつかをランダムに挙げると、
・ヒューマンエラーの原因は、「認知・確認」「判断・決定」「操作・動作」過程のそれぞれに存在する
・人は考えずに行動することが多い。「無意識的・自動的な推論プロセス」「無意識のスキーマ」が錯覚を招き、失敗を誘発することが多い
・人の性格や態度などによって、「やり忘れ」をするタイプと、「やりすぎ、やり間違い」をするタイプにわかれる
・組織のリーダーシップがヒューマンエラーの起こりやすさに大きく影響する。 PM理論のPM型とPm型ではエラーは少ない
・エラーに厳しいリーダーと、エラーに甘いリーダーのどちらがいいかは状況次第
・「不注意」には「distraction」と「careless」の意味があり、これは同じではない
・失敗は、リスクテイキング行動(リスクの知覚、評価、意思決定、行動)と強く連関している
・リスクテイキング行動は、個人の資質だけではなく、年齢や性差などにも関連している
・安全性が向上すると、それを前提に危険な行動をとるため、結果として、それほど事故率は変わらないという状況がしばしば見られる
・リラックスしすぎても、緊張しすぎても失敗は増える
・「指差確認」にはさまざまなメリットがある
・「安全文化」の前提として、「報告する文化」「正義の文化」「柔軟な文化」「学習する文化」が必要
一読して感じたのは、「結局、人間を知ること、特に人間に興味を持ち、多様性を意識することこそ、失敗とうまく付き合う肝だ」ということです。人間である以上、失敗はつきもので、ゼロになどはできません。しかし、ゼロにならないまでも、低減させたり、失敗が起こったとしても、その影響を下げるよう努力することはできます。組織としてそれを推進するには、みながこうしたことに関心を持つとともに、それを組織文化として根付かせなくてはならない。
文字にするとやや陳腐な感もありますが、コンプライアンスが話題となり、経営の品質に注目される昨今だからこそ、あらためて意識したいものです。特に、メーカーや交通機関などとは異なり、「クリティカルな事故」にやや縁遠いサービス業などにおいてこそ、その重要性は高いのかもしれません。