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生きるための経済学―〈選択の自由〉からの脱却

投稿日:2008/05/27更新日:2019/04/09

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「選択の自由」という希望は、必然的に「自由の牢獄」という、住みにくい社会へと人々を追い込む――。経済学のモデルや近代社会が思想的背景とする「選択の自由」概念のルーツと限界を探り、哲学、中華思想などを取り入れながら、新しい経済学のあり方を提言する意欲的な一冊を紹介する。グロービス経営大学院講師の嶋田毅が創造と変革の志士たちに送る読書ガイド。

経済学は様々な点で非常にユニークな学問領域だ。最たる点は、社会科学でありながら、数式やモデルを根本的なツールとして用いていることだろう。物理学や化学と同様にノーベル賞まである。ファイナンスなどと並び、社会科学の中でもっとも「科学的な」領域であることは間違いない。そして経済学についてしばしば議論となるのは、さまざまなモデルのベースとなっている「前提」の妥当性だ。特に、多くのモデルが前提としている「市場の完全性」は従来から議論を呼んで来た。本書もそこに着眼している。

この本を手に取ったのにはいくつか理由がある。

第一に、最近個人的に、行動経済学や行動ファイナンスに興味を持ったと言うことがある。これらは、与えられた選択肢の中で自分の効用を最大化できる「合理的な経済人」を前提とするのではなく、様々なバイアスから無縁ではいられない、生身の人間の感情や認知、行動をモデルに取り込もうとするアプローチであり、近年、脚光を浴びつつあるものだ。(今回の書籍は、直接はこの分野を扱ってはいないのだが、既存の体系への挑戦と言う意味では共通する部分がある)

第二に、様々な学問領域の知見を取り入れた書籍であるということ。具体的には、通常の経済学の知見に加え、物理学、心理学、哲学、中国思想などを取り込んでおり、これらを統合しながら新しい考えを紹介しようとする意欲作となっている。こうした挑戦は、著者の力量が不足するとしばしば無残な失敗に終わることも多いのだが、やはり知的興奮を強く掻き立てるものがある。

第三に、「<選択の自由>からの脱却」というサブタイトル。「自由は、実は極めて不自由なものである」ということは古くから言われているわけだが、それを筆者はどのように料理するのだろうか。純粋に興味がある。

筆者の主張でまず面白かったのは、現在の市場の前提が広く受け入れられているのは、その実証性よりも、「選択の自由が保障されている」というプロテスタント的世界観によるものだと言う点である。こうした発想は、少なくとも私は今まで考えたこともなかっただけに新鮮であった。(ただし、その議論に至るまでの一部の論考はちょっと冗長に感じる部分もある。例えば第一章では、現代経済学の「市場」の前提は、相対性理論や熱力学の第二法則に反していると論じ、また、特にフリードマンの道具主義を激しく攻撃している。このへんはちょっと才気走りすぎと言うか、肩に力が入りすぎのように感じられ、やや逆効果に思える)

筆者はさらに、E・フロムの『自由からの逃走』などを引きながら、「選択の自由」という希望は、現在の貨幣経済などと相まって、必然的に「自由の牢獄」という、住みにくい社会へと人々を追い込むと考える。この着眼も面白い。実際、さまざまな調査が、選択の自由度の高さがかえって人々に不都合を感じさせていることを示唆している。では、どうすればそこから脱出できるのだろうか。

いよいよここからが筆者の本領発揮である。孔子なども引きながら、生命のダイナミクスを活かした、「ビオエコノミー」という新しい経済の捉え方を提唱している。その軸となるのは「創発」であり、論語的な「和」や「仁」である。残念ながら、筆者の主張をコンパクトに説明することは、浅学非才の小職には至難の業であるので、詳細は割愛させていただきたい。

書籍紹介のフレーズによれば、「市場(イチバ)で飛び交う創発的コミュニケーションを出発点に、生を希求する人間の無意識下の情動を最大限に生かすことで、時代閉鎖を乗り越える」となるのだが……。本書は、新しいモデルを提示したと言うよりは、既存のモデルに問題提起をし、新しいモデルの可能性を提示した書と言えるだろう。

いずれにせよ、孔子の思想なども駆使しながら展開される主張は、その実証性や完成度はまだまだ途上にあるにせよ、直感に訴えてくる部分が大きく、荒削りだが挑戦的でエキサイティングだ。サッカーの試合ではないが、「スペクタクル」という言葉が強くフィットする。物事を、それまでの既成観念にとらわれず、新しい視点で見ることの重要性、あるいは、ある前提が受け入れられている背景をしっかり考えることの重要性を改めて感じさせられた一冊だ。明日からすぐに役に立つスキル本や、人格形成にダイレクトに効く自己啓発本ではないが、たまにはこうした知的好奇心を満たす教養書を読んでみるのもいいのではないだろうか。

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