※この記事は日経産業新聞で2016年9月9日に掲載されたものです。
日本経済新聞社の許諾の元、転載しています。
「日本の大学生は遊んでばかりいるが、大丈夫なのか」。海外の人と教育に関して議論するとよくこんな質問をされる。
僕ははっきり言う。「日本は小中高の教育が優れている。社会人になると企業内教育をみっちり受ける。逆に大学時代しか遊ぶ時間はないのだ。この時期に思い切り遊んでおかないと、健全な人格形成ができないと思う」
心配も分からなくはない。だが教育は一時期のみ切り出し比較議論するのではなくて、トータルで考える必要性がある。日本の教育をみると、中学校受験に向けて小学校高学年から勉強を始める子が多い。大学受験では高校2年生頃から受験勉強を始める。高校受験があればさらに勉強時間が増える。大学時代に遊んだとしても、トータルで考えると日本人の勉強量は米国人より圧倒的に多いだろう。
「勉強の量よりも質が問題だ」、と言う意見もあるだろう。だが、日本の強みは、小中高の教育と企業教育の質の高さによって、維持されていると思っている。そしてMBA(経営学修士)などの大学院の質も向上してきた。そう考えると「人間の器を作る時期として最も適しているのは大学時代だ」との結論に達する。自らの経験をもとに、貴重な人格形成期である大学時代にすべきこと5つを考えてみた。
1つ目が、思いっきり遊び、自分は何が好きかを見極めることだ。高校までは「やらされる」ことが多い。大学では遊びを通じて自分が熱中できることを探すことだ。
2つ目が、思いっきり恋愛して異性を理解することだ。社会の半分は異性が占めている。異性を理解することが社会とうまく付き合う鍵になる。人生を支え合う将来の伴侶と出会うことができるかもしれない。
3つ目が、アルバイトやインターンシップ(就業体験)を行って自分の適性を理解することだ。仕事を体験すると、就職活動では見えない世界を知ることができる。好きか嫌いか、楽しいかつまらないか、得意か不得意かを理解して、社会でどう貢献できるかを見極めたい。
4つ目は世界を知ることだ。1年くらいは留学したり、長期休みの間にバックパッカーになって世界を放浪したりして、国際感覚を身につけてほしい。
5つ目が、違う世界に飛び込みなるべく多くの人に出会うことだ。大学のクラスやサークルに閉じこもらないでほしい。違う世界に触れることで人間の幅をぐんと広げることができる。
これら5つを大学時代にこなすのはかなり大変なことだ。1、2年くらい留年してもいいと思う。僕の大学時代では、まさにこれら5つのことをやり続けていた。京都大学に通っていたが1年間休学して東京・千駄ケ谷にアパートを借り、広告系のバイトに明け暮れた。ナンパして大いに恋愛もした。研究するよりも人と接する方に適性があると気付き、工学部だったが商社マンとして生きることを決めた。迷いもなく就職活動を終えた。就活に入る前にいかに多くの経験をするかで自分の生き方が見えてくる。
人生を変えたMBA取得も、大学休学時に出会った人からのアドバイスがきっかけだった。毎晩のように六本木のディスコに繰り出していた頃に知り合ったのが、米スタンフォード大学でMBAを取得した30代のビジネスマンだった。「君も取ったらいいよ」と言われた。何気ない一言が僕の運命を変えた。就職後に社内留学制度を使い米ハーバード大学経営大学院に留学した。これが僕の起業の契機となった。
「大学時代に勉強するな」とは言わない。でも「大学の勉強ばかりするな」とは強く言いたい。外に出て、多くの人に出会って、多くの世界を見てほしい。そして、自分の人格を形成する機会として、大学時代をおおいに活用してほしいと思う。