※この記事は日経産業新聞で2016年8月19日に掲載されたものです。
日本経済新聞社の許諾の元、転載しています。
リオデジャネイロ五輪の熱戦に沸く日本。肉体のスポーツばかりでなく、知力のスポーツにも注目したい。「知のトライアスロン誕生!」。こんなコピーを付けて昨年8月に始まったのが、ボードゲームの3種競技「トライボーディアン」だ。競技名は、体力の限界に挑むきつさから「鉄人レース」とも呼ばれるトライアスロンをもじって僕が名付けたものだ。
米国海軍の軍人たちが「水泳・サイクリング・マラソンの3種目のなかで、どの種目が最も過酷か」と議論したが、結論が出ず、「この際まとめてやろう」ということで、トライアスロンが始まったと聞く。同じように、「どのボードゲームが最も過酷で難解か」という議論を起点に、「全部やって頭脳の限界に挑戦しよう」となり、トライボーディアンが始まった。
知のトライアスロンの3種目とは、囲碁、将棋、オセロだ。囲碁は東アジア諸国を中心に世界で広く打たれている。米マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏も愛好家だと聞く。将棋はチェスに類似しながらも複雑性が高い。オセロは僕の母校の水戸一高の先輩が発明した。
対局が行われるのは実際の盤上ではなく、スマートフォンやタブレット端末の画面上だ。アプリを立ち上げて向かい合い、同じ相手と3種類のゲームを続けて対戦する。ゲーム1種類につき持ち時間は3~5分。ほぼ10分以内に全ての勝敗が決することになる。3種類の競技で2勝以上した人が勝つ。選手権では対戦相手を変えて4試合行う。さらに勝者同士が戦い、参加者間で勝ち点数を競い合う。
1回目の選手権はグロービスがスポンサーに入り、僕自身も一参加者として参戦した。囲碁のプロ棋士、将棋のプロ棋士、オセロのトーナメント出場者もそれぞれ2人ずつ参戦し、全体の参加者は約60人だった。会場は熱気にあふれていた。囲碁は強くても将棋がダメだったり、その逆だったりするなど得意不得意があるのが通常だ。ちょうど水泳、サイクリング、マラソンに得意不得意があるのと同じだ。まんべんなく強くないと勝てない。知のトライアスロンであるトライボーディアンも同様だ。
僕は十数年前から囲碁に入れ込んでいるし、将棋も高校時代に指していたので実力はそこそこだと思っていた。ただ実際に対戦してみると負けが続き、順位は下から数えた方が断然早かった。とても悔しかった。一緒に参加した当時高校1年生の次男は高校の部で優勝していた。
僕は散々な結果に終わったが、とても面白かった。新鮮な頭の使い方ができたし、それまで知らなかった将棋のプロ棋士やオセロのトーナメント選手と出会い、非常にわくわくした。
1回目の優勝者はプロではなく、将棋の奨励会経験者で、大学時代に囲碁部でならした人だった。まんべんなく実力を持っていたことが優勝につながったのだ。選手権の終了後、集まった人で食事に行ったら、全員が数学オリンピック経験者だと聞いて驚いた。頭脳自慢が競う場となっていたのだ。
今年開催される2回目では名人の部と一般の部に分かれて競われることが決まった。僕は昨年の実績を踏まえると、名人ではなく、一般の部での参加となるだろう。選手権当日の10月1日の朝に、僕は海外出張から帰国する予定だ。時差ボケの中で戦う過酷な試合になりそうだ。気力と棋力を振り絞って、上位を狙いたい。
僕はマスターズ水泳選手なので体力には多少の自信があるが、トライアスロンの経験はない。自転車は腰を、マラソンは膝を痛めやすいからだ。でも頭脳は酷使しても、けがをしない。トライボーディアンは年齢層を問わない競技だ。2020年の東京五輪は年齢的にも肉体的にも困難かもしれないが、頭脳の限界に挑むことは可能である。「知のトライアスロン」の「トライボーディアン選手権」でお会いしましょう。