※この記事は日経産業新聞で2016年4月15日に掲載されたものです。
日本経済新聞社の許諾の元、転載しています。
桜の花が咲き誇る中、入学式が行われた。今年4月に、僕は長男の大学と四男の中学の入学式に親として参列した。グロービス経営大学院の入学式では、新入生を迎え入れる学長の立場で式辞を述べた。
3月下旬から4月上旬、桜の花からツツジへと移り変わる時期に、グロービス経営大学院は全国5キャンパスで入学式を開いている。東京では日本語、英語、オンラインの計3回を同じ日に開催した。大阪校と名古屋校は同じ日に行った。僕は新幹線で移動して両方に参加した。仙台と福岡は、それぞれ別の週に訪問する。僕は黒紋付き羽織はかまを着たまま日本を慌ただしく移動し続けることになる。
「リーダーは常に意思決定を迫られます。その意思決定に際しては、損得勘定を超えた哲学、つまり『自らの軸』が必要となります」。入学式の学長式辞で新入生に伝えるのはいつもこの言葉だ。いわば「志を持った侍としての生き方をしてほしい」ということだ。その際に重要なのが「志士の五カン」と呼んでいる5つの要素だ。
1つ目のカンは「世界観」だ。自分はなぜ日本のこの地にいるのか。自分がいる場所が世界の中でどういう意味を持つのか。2つ目は「歴史観」。過去、現在、未来と続いていく歴史において、自分はなぜ2016年に生きているのか。世界観は座標のXY軸で、歴史観がZ軸とイメージできる。自分が存在するポジションをこの3つの軸の中で考えると、あるべき生き方を見つける手掛かりになる。
3つ目のカンは「倫理観」だ。倫理観は物事の善悪を正しく判断することを意味する。法律に抵触せずとも、道徳観念的に問題だと判断されることには、手を染めないでほしい。
4つ目は「人生観」、すなわち哲学だ。古代ギリシャの哲学者、ソクラテスは「哲学とは生まれてきた魂が善く生きる方法を考えること」と述べたという。倫理観は物事の善悪を決める指針であるが、人生観は自分にとって何が重要なのかを決める基盤となる。
最後の5つ目が「使命感」だ。使命とは「命を使う」と書く。「自分がなぜ生まれてきたのか。どういう仕事をして社会に貢献すべきなのか」。一生かけて実現したい志を打ち立ててほしいと思っている。
志が定まると、内面から燃えあがる無限大のエネルギーを得て、どんな試練があっても乗り越えて実現したいという強い願望が生まれるものだ。僕は、体験的にそう実感している。
志が起爆剤となり、そこに必要な能力と人的ネットワークが加わると、多くのことが可能になる。だが、志がないと、能力も人的ネットワークも宝の持ち腐れになってしまう。志は生きる指針を示してくれるものなのだ。志の醸成に重きを置くのはグロービスの教育の特徴だ。陽明学や武士道、内村鑑三の「代表的日本人」などを通じて志が何たるものかを考える。
グロービス経営大学院の16年春の入学生は769人だ。大学院を立ち上げた06年からの10年間で約10倍の成長を遂げたことになる。今や日本だけでなく、世界20カ国以上からグロービスに学びに来ている。入学式での僕の式辞は続く。
「裸一貫のスタートであっても、20年強でこれだけのことができます。それが、『教育の持つパワー』だと思っています。『教育の持つパワー』によって、ほぼ全てのことが可能になります。皆さんも、僕と同様のこと、あるいはそれ以上のことができると信じています」
「教育の持つパワー」により数多くの志士たちが、日本の創造と変革を大胆に成し遂げてくれることでしょう。その志士達の根幹になるのが、志士の5カン。つまり、人間の軸だと思う。息子たちも新入生も、確かな人間の軸を持ち、志高く生きてほしい。入学おめでとう。