世界経済フォーラム(WEF)のジャパンミーティング2015において、ゴールドマンサックスでチーフ日本株ストラテジストを務めるキャシー・松井氏が、極めて印象的な発言をした。
「日本人は決定に時間がかかると言われます。でも、それは間違いです。ただ時間がかかるのではなく、永遠に時間がかかるのです!」
この発言には、続きがある。
「でも、ひとたび決定したら、信じられないほど迅速に行動します」と、彼女は付け加えたのだ。
松井氏は正しい、と僕は思う。
「ウーマノミクス」というコンセプト――あまり活用が進んでいない女性というリソースによって、日本の劇的な成長が可能になるというアイデアだ――を例にとってみよう。
松井氏とゴールドマンサックスの同僚がこのコンセプトを考案したのは、1999年のことだ。その後、2013年になるまでは、何も起こらなかった。
2013年、安倍晋三首相が女性の活躍推進を決めた。女性の収益力を高め、企業の取締役会における女性比率を高めることを、成長戦略の中核に据えたのだ。
首相は2014年と2015年のWAW!(女性が輝く社会に向けた国際シンポジウム)でも、このアイデアを繰り返し主張している。
長い間何も起こらなかったのに、動き出すと一気に全てが変わる――。このモデルは、極めて日本的だ。
これは、意思決定前に合意を形成するという伝統によるものだ。新しい方針に全員の合意を取り付けるまでは、時間がかかる(実に永遠の時間が!)。しかし、ひとたび合意が得られれば、全員がすでに意気投合しているので、実行は驚くほど速い。
グロービスでは、このような合意に基づくアプローチをとっている。
CEO(僕のことだ)は、1人では決定できない。CEOと9人のマネジング・ディレクターからなるエグゼクティブ・コミッティーでの合意(最低でも過半数プラスCEOの賛成)が必要だ。
僕自身のアイデアも、エグゼクティブ・コミッティーで認めてもらうためには、やりたいことの理由を時間をかけて説明し、ビジョンの概略を述べ、事実関係を整理し、僕なりの分析を披露して反対意見を退けなければならない。
理論的には、エグゼクティブ・コミッティーに納得できないメンバーが何人かいて、計画の実行には関与しないということも起こりえる。しかし、僕は自分自身のアイデアの正当性を証明するためにも、いつも全力で全メンバーの説得に当たっている。
オンラインMBAを始めようとした時のやりとりが、僕たちの合意に基づく意思決定システムの実態をよく表している。
エグゼクティブ・コミッティーは、構想に対して5つの反対意見を示した。
1. 技術的に可能なのか。大規模な遠隔授業に最適なビデオ会議ソフトウェアは存在するのか?
2. マーケティングに勝機はあるか。オンラインMBAで学生を魅了することができるのか?
3. 社内で競合しないか。オンラインMBAは既存の通学プログラムから学生を奪うだけではないか?
4. 従来の高い品質をオンラインでも保てるか。遠距離学習という分散環境で、品質保証を継続できるのか?
5. そんなに急ぐ必要はあるのか。静観し、ファーストムーバーの失敗を待ち、競合から学べばいいのではないか。
これらの反対意見は十分に合理的だったが、わりと御しやすいものだった。
技術はあった。事前にマーケティングを行い、需要があることを証明した。ターゲットは、キャンパスから遠くて通常コースに通えない全く新しいセグメントだ。MOOC(大規模公開オンライン講座)の台頭、競合のオンラインへの移行など、当時の競争の様子はあまりにも変化が速く、「静観する」ほうが、「先に失敗する」ことよりもずっとリスクが高いと考えられた。
僕は、エグゼクティブ・コミッティーからの反対意見すべてを、一つひとつ、根気強く潰していった。その結果、3カ月後には満場一致の賛成を取り付けることができた。僕は新システムの試験運用を兼ねてオンラインクラスの講師を務めることになった。
もし僕に1人で決定する自由があったなら、3秒でできたことかもしれない。
3カ月もかけて仲間を説得するのは、もどかしい作業だった。しかし、合意形成までに費やした時間のおかげで、いざオンラインMBAを始める段階では全員がそれに没頭し、迅速かつ円滑に進んだ。
エグゼクティブ・コミッティーで過半数の賛成が得られなければ、僕は議題を取締役会に上げる。本校の取締役会は、それぞれに専門領域を持つ社外取締役と僕とで構成されている。CEOは、取締役会の多数決を覆すことはできない。
この23年間で、取締役会が僕の提案を否決したのは、2回か3回だけだ。例えば、ベンチャーキャピタル部門が投資しているベンチャーの取締役に就任することは一切認められなかった。僕はやりたいように動けないので不満だったが、取締役会は投資したスタートアップが1社でも倒産したら、CEOである僕の評判が落ち、会社全体の評判にも傷がつくことを恐れたのだ。
今思えば、あれは正しい判断だったと思う。
CEOは「孤高であり、孤独である」と人は言う。だが、当社では、僕はマネジング・ディレクターや取締役たちと真剣に話し合う必要があるので、孤独とは無縁である。
この典型的な日本的アプローチは、スピードこそ遅いものの、明確な利点が2つある。1つは、病的に自己中心的なリーダーの暴走を止められること。もう1つは、組織のあらゆるレベルで、強力な賛同者を得られること。それが最終的に、よりよい結果につながるのだ。
あなたは、どのような意志決定をしているだろうか?
力強い独裁型か、合意に基づくアプローチか。それとも両者のハイブリッドか。
言い換えると、「私」「私たち」「Wii」(We+i:私たちと私)のどれを信じているだろうか?
ぜひ、意見を聞かせてほしい。
(訳:堀込泰三)