『グロービスMBAリーダーシップ』の第1章から「サーバント・リーダーシップ」を紹介します。
いわゆるエンロン、ワールドコムの粉飾事件によって、MBA取得者による経営に大きな疑義が呈されたのが21世紀初頭のことでした。ビジネスリーダーには、ビジネススキル以上に、高い倫理観や精神性が必要という議論がなされるようになったのです。そこで注目を浴びたリーダーシップ論の1つがサーバント・リーダーシップです。サーバント・リーダーシップの理論では、リーダーの大きな役割は、フォロワーに「奉仕すること」と考えます。そしてそのためには、リーダーは私利私欲から離れて奉仕の精神を持っている必要があります。21世紀になって再び、リーダーは、行動もさることながら、「どんな人なのか」ということが重視されるようになってきたと言えるでしょう。時代は巡り、リーダーシップ研究は新しいステージに入って行ったのです。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
サーバント・リーダーシップ
倫理観や精神性に軸足を置くリーダーシップの代表は、サーバント・リーダーシップである。その意味するところはこうだ。
リーダーはサーバント(奉仕する人)であり、その時代や局面において、人々が最も求めているものを与えるために尽力する。そのためには、時に方向を指し示して導き、どうすればメンバーが持てる力を十分に発揮できるか考え、そのための環境を整えることが必要となる。まずは、「奉仕する」気持ちが先に立ち、「そのために導く」という順番で考えるのである。
初めてサーバント・リーダーシップという言葉を聞いた人の中には、意味がしっくりこない人もいるだろう。リーダーシップには、ぐいぐいと力強くメンバーを引っ張っていくイメージが強いせいかもしれない。しかし、リーダーシップの真髄を考えたとき、そこにさまざまなスタイルがあることを、この概念は我々に教えてくれる。
この考えは、実は1970年代にロバート・グリーンリーフによって提唱されたものだ。グリーンリーフは. AT&Tマネジメント研究センターに籍を置き、MITやハーバード大学などでも講師を務めた人物である。当時のアメリカはベトナム戦争が泥沼化し、ウォーターゲート事件の勃発、ニクソン大統領の辞任など、混迷の時代が続いていた。国家や社会を導くリーダーに対する不信感が募り、特に若い世代が、リーダーというものについての幻滅をあらわにしていた。そんな時代背景の中でグリーンリーフは、ヘルマン・ヘッセの短編小説『東方巡礼』から着想を得た。小説には、巡礼の一団に加わった旅客が快適に過ごせるよう、細やかに心を尽くす召使いが登場するが、実はその召使いこそが、東方巡礼を導く結社のリーダーであったという話である。
権力や物欲への執着から動くのでなく、人々が望む素晴らしい目標や社会を実現するために立ち上がるこうしたリーダーは、その高い倫理観や精神性によって人々から信頼を得るのだとグリーンリーフは考えた。
サーバント・リーダーシップ論は、その後80年にアメリカン・リーダーシップ・フォーラムを創立したジョセフ・ジャウォースキーなど、多くのリーダーや研究者に影響を与え続けてきた。そしてこのリーダーシップ論が再度大きく注目を集めたのは、エンロン事件が起き、リーダーの倫理観や姿勢が強く問われるようになった2000年代初頭である。サーバント・リーダーシップのアイデアを紹介した小冊子が初めて世に出てから25周年に当たる2002年に、再編集され出版されたのだった。
サーバント・リーダーの特性
サーバント・リーダーシップが時代を超えて今日再び注目されているのには、社会的な不安や腐敗から、リ-ダーに倫理的な信頼感を求めたいという社会的風潮が強まったことに加え、ITの発達や、急激に広がるグローバリゼーションも影響していると考えられる。
世界中で動くビジネスにスピード感を持って対応することが必要とされる現代においては、当然、1人のリーダーがすべてを把握し、決断し、メンバーに指示を与えるプロセスを踏んでいては間に合わない。そこで重要になるのが、効果的なエンパワーメントをどれだけ行えるかということである。それぞれの現場において、メンバーが持てる力を十二分に発揮し、成果を上げながら成長し、さらに業務の精度とパフォーマンスを上げていくためには、リーダーがメンバー個々の資質を正しく理解し、存分に活躍できる環境を整え、教え導いて動機づけできることがカギとなる。
また、世界中の多様な社員が心を1つにして同じ方向へ力を発揮するには、全員が共有できるビジョンや価値観が必要となる。つまり、企業理念はもとより、現場でみんなを束ねるリーダーにも、確固とした信念、価値観があることが求められるのである。そこに私利私欲や反倫理的な思惑が感じられるようでは、メンバーの心の結集はとてもできない。権力欲や支配欲、物欲や保身から動くのではなく、社員、顧客、社会に奉仕するために立ち上がるサーバント・リーダーでなければ、多様な社員の信頼を集めることが難しくなっているとも考えられよう。
ケースの新沼(※)も、自分で何事も判断して指示するスタイルの限界と、部下の判断を尊重しつつ望ましい成果を出していくことの必要性を痛感している。これに付け加えるならば、メンバーの信頼を集めて組織の結束力を高めるには、「会社の上層部で決まったことだから」とか「ビジネス上メリットがあると判断されたから」という理由でメンバーを説得しようとするのではなく、より共感を得られる価値観の提示が求められていることを理解する必要がある。
では、世の中の多くの組織にまだまだ見られる、組織を支配するタイプのリーダー(支配的リーダー)と、サーバント・リーダーは何か違うのかをあらためて見てみよう。グリーンリーフの意志を継ぎ、世の中にサーバント・リーダーシップの概念を伝える活動をしているNPO法人、サーバント・リーダーシップ協会では、支配的リーダーに従う際のメンバーの行動と、サーバント・リーダーに従うときのそれがどう違うのかを、図表のように整理している。
サーバント・リーダーに従うメンバー行動
出典:NPO法人サーバント・リーダーシップ協会 ホームページより
※本論に先立つケースの主人公
(本項担当執筆者: グロービス経営大学院 林恭子)
次回は、『新版グロービスMBAリーダーシップ』から「パワーとは何か」を紹介します。