朝6時にモーニングコールが鳴る。朝6時半から7時15分まで朝食をとり、朝7時30分に集合する。そして、自分の仕事がアサインされる。このルーチンが、4日間続くことになる。
今回のプロジェクトでは、参加者は7つのチームに分かれる。トイレチーム、教室チーム、幼稚園チーム、テニスコートチーム、孤児チーム等に10人ずつ分かれるのである。僕は、長男から3男までと同じ教室チームにアサインされた。妻と4男・5男は、幼稚園チームだ。
水や菓子が入っている茶色の紙包みを受け取り、チーム単位でバスに搭乗する。10分ほどバスに揺られて、小学校に到着した。青い制服を着た生徒たちが僕らを迎えてくれた。「制服だけは皆が着ることを要求されるので着てくるが、各家庭の経済環境は良くない」とのオリエンテーションでの説明が、頭をよぎる。
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僕らへの歓迎の意を込めて、この字状に立っていた合唱団が歌い始める。途中から踊りも入った。美しい歌声と、リズム感が良い踊りに僕らもついついつられて、体が揺れる。歌い終わり、僕らは、小学校の中を巡回し、説明を受けた。小学校は、まだ復興の途中という感じだ。建物は、ほぼ出来上がっていたが、トイレはまだ壊れたまま、机も椅子もない。壁はコンクリートのままあるいは、荒廃したままだった。現地の小学生がクラスの中にいた。この日から、冬休みに入るらしい。青い制服から露出された美しい黒い肌。快活な顔に輝く白い歯と、真っ白の目の中で光る黒い眼球が印象的だ。
「この学校を復興させるのだ。この子供達に、良い教育機会を与えよう」、という強い気持ちが内面から湧き上がってくる。僕らは、チームリーダーに率いられて、持ち場に着いた。僕らの担当は、教室の復興だ。僕らは、教室の壁に紙やすりをかけて拭き、そしてペンキ塗りに勤しむこととした。
途中、妻と4男・5男を見に行った。子供達も一心不乱に、幼稚園の遊具を塗り続けている姿が目に入った。午前中2時間働いたのちに、朝10時に休憩時間に入った。僕は、子供達とともに、トイレに行き手を洗い、木陰を見つけて座り込んだ。茶色の紙袋を開けて、水を飲み、リンゴとお菓子を体の中に取り込む。
あたりを見渡すと、3種類のTシャツがあることに気がつく。僕らボランティアは、オレンジ色だ。黄色が、現地の労働者。そして水色が、バオバブ小学校の生徒達だ。高学年の生徒たちも数人手伝ってくれている。
僕ら、オレンジ色の労働者は、黄色のTシャツを着た現地の労働者の下、水色のお手伝いと一緒に働くことになる。ここジンバブエは、昔ローデシアと呼ばれ、英国の植民地だったため、公用語は英語である。現地の小学校でも英語で教えていたから、英語でのコミュニケーションには、まったく問題は無い。
アフリカのこの地では、毎日が青空だ。雲ひとつない。10月から11月に雨季がある以外は、毎日快晴だと言う。空気が乾燥しているので、朝晩が寒いが、昼間は暑くなる。休憩が終わり、また職場に戻る。だんだん暑くなってくる現場で、僕らはひたすら単純労働を繰り返した。
不思議な巡り合わせである。僕は、基本的に単純労働が嫌いなのだ。東京では、自らが指示を受けて働くことは殆どない。基本的にビジョンを提示し、組織をつくり、気持ちよく働いてもらうのが、経営者としての僕の役割である。この奉仕の場では、まったく逆である。僕は末端の末端で指示を受けて、初めて行う単純労働を行うのだ。
多くの経営者が、旅費と参加費を払い、世界各地から集結して、このプロジェクトに参加しているのだ。普段は、いわゆる知識労働者として指示を出す立場だが、ここでは建築現場の労働者から支持を受けて、単純作業を繰り返すのだ。「どうしてこのプロジェクトに参加することにしたの?」と質問をすると、「社会に何らかの形で、還元したいと思っているからだ」と答えが返ってきた。今は、純粋にあの子供達に良い教育環境を与えたい、という気持ちから、皆が頑張っているようだった。
そして、13時となり、僕らの「仕事」を終えた。約5時間みっちりと働いた。顔と手には、ペンキがびっしりとこびり付き、ズボンとTシャツは、白いペンキで使いものにならかった。
オレンジ色の奉仕労働者は、バスに乗りホテルに戻った。慣れない肉体労働で体は疲れていた。このプログラムでは、基本的に午前中4時間から5時間労働し、午後は自由時間となっていた。家族が楽しみ、社会見分を広められるようにという配慮であった。この日は、全員でビクトリアの滝を訪問することになっていた。
世界の7不思議の一つに選ばれているビクトリアの滝は、僕の想像を超えるスケールであった。ナイアガラの滝と比べても、倍の1.7kmも滝が広がり、滝の高低差も倍近くの100M前後である。水量も倍以上だという。しかも、滝は、滝底の渓谷に陥落している形状になっているので、滝の上部と同じ目線で対岸から水が落ちていく様を見ることができるのだ。場所によっては、滝までの距離が数メートルの近さまで迫っていける。滝の水しぶきで、服がびしょびしょになる。水しぶきのおかげで、その地域だけは、熱帯雨林の植生となっていた。
この滝は、現地用語では、Mosi-Oa-Tayun、つまり「Storm Of Thunder」という意味が付けられている。その意味が良く伝わってくる。まさに、雷のような轟音と、嵐のような水しぶきなのだ。
夜は、屋外の大自然のもと食事だ。その晩は、新月なのか、月が出ていない。当然、地上から発される光も無い。こんなに美しい星空は見たことが無い。天の川がくっきりと見える。天の川にかかるように、南十字星が輝いていた。
現地の言葉では、天の川(Milky Way)は「象の道(Elephant Track)」と呼ばれているらしい。僕は、満点の星に抱かれるように天を仰ぎ、草むらに胡坐をかき、目をつぶった。大宇宙・大自然の中では、小さい存在ながらも、鼓動を打ちながら明らかに生きている感覚を得られた。目を開けた時に、たまたま後ろから懐中電灯で照らされた。光が照らしだしたところに、ジャッカルの群れがいた。ジャッカルの目の光と耳の形が印象的であった。
2010年8月8日
ジンバブエのホテルにて執筆
堀義人