(Photo: Rawpixel/shutterstock)
スイスのダボスで開催される世界経済フォーラム(通称ダボス会議)に毎年、参加させてもらっている。まさに今、世界が直面している大きな問題について知識を得て、考えを深めるのに最高の場所だ。
今年参加してみて、僕は3つの新たな変化を実感した。テクノロジー業界、世界秩序に対する脅威の質の変化、そして、体制への信頼全般の失墜がそのテーマである。
1. 守勢に回るテクノロジー業界
大手テクノロジー企業のリーダーがダボス会議でヒーロー扱いを受けた時期もあった。しかし、それは過去の話だ。彼らはもはや、明るい未来を代表する顔とはみなされていない。今年、フェイスブックのシェリル・サンドバーグ氏やセールスフォース・ドットコムのマーク・ベニオフ氏、ヤフーのマリッサ・メイヤー氏、マイクロソフトのサトヤ・ナデラ氏といったシリコンバレーのスターたちは、テクノロジー業界に対する世間の印象が悪化する中で軒並み厳しい質問を浴びせられ、自己弁護することを余儀なくされた。
つい最近まで盤石だと思われてきた企業が、突然、迷走を始めている。大きなパワーシフトが起こっている。テクノロジー企業は、誰もが反感を覚えるビッグブラザー(世界規模の監視機関の意)と見なされるようになりつつある。
なぜ、このような急激な変化が起こったのだろうか。
原因は山ほどある。小さなところでは、アプリベースのタクシー配車サービスを手がけるウーバーのトラビス・カラニックCEOの横暴さ。あるいは、ユーザーの娘の死を、友人とシェアすべき良い思い出として取り上げたフェイスブックの「今年のまとめ」機能の無神経ぶり。大きなところでは、アップルなどによる極端な節税行為や、プライバシーの問題(データの収集・利用、忘れられる権利など)。極めつけは、ソニー・ピクチャーズへのサイバー攻撃のような不正行為や、テロリストのプロパガンダやリクルーティングを目的としたインターネットの利用がある。
ダボス会議では、インターネットのIPアドレスやドメイン名の割り当てを管理する非営利法人ICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers:アイキャン)のファディ・チェハデ社長兼CEOが、2015年9月に始まる国連総会ではインターネットと社会の関係が主要な議題になると指摘した。「業界が自主規制に乗り出さなければ、世界中の政府が規制や制限を始める可能性が高い」と警鐘を鳴らす。
テクノロジー企業は、莫大な利益、肥大した政治的影響力、特定ニッチ市場の世界的な支配により、パワーを蓄積し続けている。例えば、ジェフ・ベゾスがワシントン・ポスト紙を個人で買収した。これは、テクノロジー企業がその膨大な財源に物を言わせて公共の領域に侵入してきているかを示す分かりやすい例だ。
テクノロジー企業の傲慢さが、世論を「奴らを制限せよ」という方向に向かわせたのである。だが、テクノロジー企業を規制することは容易ではない。サーバーはどこにでも移動できる。アイルランドのような規制の緩い国にペーパーカンパニーを設立して課税を回避することもできる。ロビー活動によって政治を牛耳ることも可能だ(オンライン上の著作権侵害行為を防止する法案の可決に向けたハリウッドの取り組みを、シリコンバレーがどうやって潰したかを見ればそれが分かる)。
これらの問題が今後どのように展開するかは神のみぞ知るところだが、ダボス会議で分かったのは、テクノロジー企業が「スター」としてもてはやされる時代は完全に終わったということだ。テクノロジー企業は、新たなエスタブリッシュメントとなった。今後は自らの利益だけでなく、他のステークホルダーの利益にも配慮し、「適切に」振る舞うことを期待されるようになるだろう。テクノロジー企業は、政府、個人ユーザー、その他の企業のニーズや要求と、自らの利益とのバランスを取る必要が出てくる。ただし、それは容易なことではない。
2. 形のない「得体の知れない」脅威
かつて、世界秩序に対する脅威は、はっきりと定義することのできる特定の主体――リビアやイラン、イラクのような国家――によってもたらされた。それが今や、僕たちが直面している大きな脅威はいずれも非国家主体、すなわち「得体の知れない」存在によってもたらされている。
これらの脅威は、あいまいで定義しにくい。絶えず進化し、形を変える。特定したり理解したりするのが困難で、倫理観や国境といった従来の制約が通用しない。
得体の知れない存在は、さまざまな形を取る。例えば、中東のイスラム国(ISIL)やアフリカのボコ・ハラムのような場当たり的な多国籍集団。国境を自由に越えるエボラウイルスのような病気や、気候変動のような環境問題。さらには、攻撃の起点を秘匿しながら莫大な損害を与えることのできるサイバーテロのようなステルス手法。
このような複雑で得体の知れない脅威に対処するのは、厄介で煩わしい。だが、関わろうとしないのはもっと危険だ。僕はダボス会議で、イスラム国(ISIL)への取り組みをテーマにしたウィルソン・センター主催のセッションに参加した。そこでは、欧州とアラブによる連合軍を米国が指揮する形で協調体制を構築することが、ISILの脅威に対処する唯一の方法であるというコンセンサスが生まれた。そのような同盟ベースの柔軟なアプローチは、現代のあらゆる「得体の知れない」脅威に取り組むのに適したアプローチだと僕は考えている。国境を越える複雑な脅威に対しては、国境をものともしない精緻な解決策が必要なのだ。
3. 消失した信頼
3つ目のトレンドは、最初の2つに比べて抽象的だが、より深刻である。それは、社会の様々なところで「信頼消失」という現象が起きていることである。
政府は、問題を解決する能力がないために信頼を失った。民間部門、とりわけ銀行業界は、相次ぐ不祥事のせいで信頼を失った。市場は、不平等を拡大させている責任を問われて信頼を失った。メディアは、真実を伝えていないと断じられて信頼を失った。米NBCの著名キャスター、ブライアン・ ウィリアムズ氏が、イラク取材中に乗っていた米軍ヘリコプターが砲撃され被弾したという嘘がバレたことや、朝日新聞が従軍慰安婦の強制連行に関する自らの報道を撤回したことを思い出してほしい。テクノロジー部門は、租税回避やプライバシー侵害問題が原因で信頼を失った。
では、これからは何を信頼すればいいのだろうか。
世界最大の独立系PR企業であるエデルマンがダボス会議で企画したセッションでは、様々な代案が提起された。NGOも候補の1つとして挙がったが、問題解決能力と規模拡張力の点で限界がある。元オーストラリア首相のケビン・ラッド氏は、「政府はいずれ信頼を取り戻して再起するはずだ」と述べたが、この意見に賛成する声は少なかった。
最終的なコンセンサスはこうだ。多数の「得体の知れない」脅威に対峙しなければならない複雑で「フラット」な世界では、誰も単独では問題を解決することができない。世間一般が誰も信頼できなくなるのは当然である。
今後、グローバルな問題に取り組む最善の――おそらくは唯一の――方法は、マルチステークホルダー・アプローチを採用することだろう。全員が団結して問題について話し合い、解決策を考案し、それを共同で実施するのである。
政府を含めて、そのような取り組みに関与するステークホルダーの各リーダーが肝に命ずべきことは、極めて透明性が高くて、積極的なコミュニケーションである。どうしようとしているのか、なぜそうしようとしているのかをしっかりと説明することを積み重ねることでしか、人々の信頼を取り戻すことはできない。
これは、まさに世界経済フォーラムのダボス会議で実践されていることである。
2015年のダボス会議で僕が得た収穫を要約するには、ハリウッド映画に例えるのが最も分かりやすい。たいていの物語では、スーパーヒーローは1人では太刀打ちできないような、強大で邪悪な敵との戦いに直面する。そういう時は、何人かのスーパーヒーローが力を合わせて戦うのだ。「アベンジャーズ」や「ジャスティスリーグ」のように。
僕たちの場合も同じだ。今僕たちが直面している重大な問題――力を持ちすぎたテクノロジー業界、国境を超えた「得体の知れない」安全保障上の脅威、信頼の崩壊――に対処するためには、世界中の「正義の味方」が力を合わせ、世界のために戦わなければならない。皆でスーパーヒーローを応援しようではないか。