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『個を活かす企業』――日本企業経営に見られるソフト面での変化とは?

投稿日:2007/12/19更新日:2019/04/09

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失われた10年と呼ばれる期間には、多くの日本企業が、組織構造、システムといったハード面での変革に取り組んできた。この期間を経て近年、企業の関心はソフト面に移行し、「個を活かす」自律型組織の構築が強くうたわれるようになってきた。この「個を活かす経営」とはどのようなものなのだろうか。そして、日本企業はこの課題にどのように取り組むべきなのだろうか。そのヒントとなるのが、2007年8月に復刻版として発売された『新装版・個を活かす企業』(クリストファー・バートレット、スマントラ・ゴシャール著、グロービス経営大学院訳)だ。ここでは、同書に「訳者あとがき」として掲載した解説を、ダイヤモンド社のご厚意を得て再掲載する。 21世紀の企業経営のあり方を考えるヒントとしていただきたい。(『新装版・個を活かす企業』については、2007年8月30日に掲載したグロービス経営大学院・嶋田毅の書評も併せてご覧ください。)

「上意下達の指揮命令系統が整った、統制のとれたピラミッド型の組織なら80点は取れる。さらに、エンパワーメントされた自律型の組織がうまく機能するようになれば、120点取れるかもしれない。だが、失敗すると50点になってしまうリスクもある」

新たなマネジメントのあり方についてのセミナーを開催するにあたり、事前の打ち合わせをしているなかで、ある東証一部上場の部品メーカーのトップから聞いた言葉だ。先代から続いている歴史ある会社の経営を受け継いだこのトップは、そのリスクを承知のうえで120点を目指しているという。先代の管理統制型のマネジメントからの脱却には、組織の混乱も社員の戸惑いもある。しかし、製品そのものの差別化が難しいなか、80点ねらいではもう勝てない。製品面のみならずサービス面も含め、社員一人ひとりの主体的な創意工夫が活かされるような組織運営が必要という信念から、「個を活かす」マネジメントへの転換に粘り強く取り組んでいる。

一般論として「自律型の組織を目指すのは時代の流れ」と理解するのは容易だ。だが実際にその転換を、どれほど高い優先順位で取り組んでいるか。その本気度には、企業によりかなりの温度差があるのが現実ではないだろうか。

本書『個を活かす企業』(原題 The Individualized Corporation)が最初に刊行されたのは1997年、いまから10年前のことである。当時の日本経済は、「山一ショック」に代表されるように、「まさかあそこが潰れるわけがない」と考えられた大企業でも倒産が他人事ではないほどの危機的状況に直面していた。本書が提示した「個を活かす企業」のコンセプトは、21世紀のマネジメントのあり方を占う示唆深いものであったが、そのような状況にあった多くの日本企業にとっては、緊急避難的な危機回避が精一杯で、その先の理想の姿を描く余裕はなかった。

その後、日本企業が進めてきた変革の具体的中身は、バブル期に肥大化してしまった組織のムダを切除する外科手術だったといえる。「選択と集中」の名の下に事業分野を絞り込み、不採算事業からは撤退した。組織の中間階層の削減をはじめ、採用凍結、早期退職等、人員をぎりぎりまでスリム化し、他方、カンパニー制で事業単位の経営責任を明確化した。ERP(基幹業務総合システム)の導入等、情報インフラを整備し、業務の効率化を推進した。

初版の訳者まえがきで、我々は「日本企業の変革は周回遅れだ」と指摘した。この遅れを取り戻すべく、「失われた10年」と言われる期間に日本企業の多くが取り組んでいたのは、戦略、組織構造、システムといったハード面での変革だった。そして近年、ようやく本書の主題であるソフト面へと関心が移りつつある。目に見えるハード面では差がつかない、ソフト面、すなわち組織が価値を生み出す協働のプロセス、組織を構成する社員の能力と意識、社員を束ねる理念や企業目的を革新していく取り組みこそが、競争優位構築の早道だという認識が高まってきているのだ。その意味で本書のメッセージは、時間がたったからといって時代遅れになってしまうものというより、むしろ時代を先取りした普遍的な内容であり、いまの日本企業にこそ参考になるものだと考えられる。

ソフト面の変化の潮流

では、近年の日本の企業経営のソフト面には、どのような変化が見られるのか。「オープン化」「プロフェッショナル化」「コミュニティ化」という三つのキーワードから考えてみたい。

オープン化──社会全体に大きな変化をもたらしているインターネット。その急速な進化の中で最近「Web2.0」と呼ばれる概念が注目されるなど、協働のあり方が変化しているという観点から「オープン化」というキーワードがあげられる。たとえば、社内の担当者という限られた人だけの閉じた世界の中で知恵を出し合い、新たな製品・サービスを開発し、そのリターンを独占的に享受するというのではなく、社内外を問わず広くオープンに知恵を集めることで、スピーディにイノベーションを生み出し、その成果もオープンにシェアする、という知的創造活動のあり方が生まれてきている。

「オープン化」という用語は、通常IT業界のソフトウエア開発の場面を中心に使われるが、ここではそれ以外の場面も含め、広く散らばっている知を縦横無尽に組み合わせることが自然発生的に誘発されるような協働のあり方を、概念的に意味する言葉として取り上げている。

こうした視点を組織変革の中に織り込んでいたのが、松下電器の改革である。松下は2001年度に2000億円超の連結営業赤字を計上、当時就任2年目だった中村邦夫社長は、まさに背水の陣で変革に取り組んだ。松下が歴史的につくりあげてきた事業部制の下、類似の事業が組織内に重複しながら散在し、貴重な知がばらばらになってしまっていた。そこに中村社長は、「フラット&ウェブ」を組織のコンセプトとして導入し、タテの階層を減らして意思決定の迅速化を図ると同時に、ヨコの意思疎通も強く意識し、組織横断のコラボレーションを促した。

顧客と向き合っている現場第一線のリーダーたちが、主体的にヨコの連携を模索し、知恵を出し合って問題解決を図っていこうという試みは、「オープン化」の下で縦横無尽に知の組み合わせが起こり、新たな価値を創造していくプロセスを、企業組織内に組み込もうとする試みと見ることもできよう。

プロフェッショナル化──社員の変化を示唆するキーワードとして「プロフェッショナル化」が挙げられる。高度成長期には「気楽なサラリーマン」というイメージで語られていた大企業の従業員だが、最近は「社員のプロ化」という掛け声の下で、高度な専門能力を有した自立した個であることが求められてきている。特に、組織のスリム化を迫られていた時期には、「組織にぶら下がっている会社人間はもういらない」というニュアンスも含め、個の自立と自己責任が声高に語られていたが、その後、スキル面のみならずマインド面、つまり高い職業倫理を兼ね備え、指示や管理がなくても安易に妥協することなく、自己規律に基づいて仕事の質を追求する姿勢を重要視するようになってきた。

たとえば、急成長を遂げているネットビジネスの代表的企業である楽天の三木谷浩史社長は、自社の組織を支えるコンセプトの一つとして、「プロフェッショナリズムの徹底」を掲げている。楽天では、新しい市場を切り拓いていくベンチャー精神とともに、ビジネスパースンとしてのプロ意識が重視されているのだ。ビジネスにおけるプロフェッショナルとして、企業間競争に勝つために人の100倍考え、自己管理の下に成長していこうという姿勢を持つことが求められている。組織に従属するのではなく、自らの仕事そのものに誇りを持ち、内発的動機をベースに高いコミットメントを示す自立した個人が、楽天において求められる社員像なのである。

コミュニティ化──プロフェッショナルには、相互に認め合い切磋琢磨しあう仲間の存在が不可欠だ。プロにとっては仲間からの称賛が最高のご褒美であり、そうした価値基準を共有した仲間により形成される「コミュニティ」に所属していることが、個のアイデンティティを支えるのである。

かつて日本的経営が礼賛されていた1980年代、その特徴の一つとして日本の会社の共同体的性格が語られていた。そしてバブル崩壊以降、日本企業の業績は低迷し、アメリカ流市場主義が勢いを増すなかで、年功賃金や終身雇用といった人事制度は見直しを迫られ、会社共同体的な側面が失われる傾向にあった。

だが、近年あらためて企業の「コミュニティ化」の重要性が再認識されている。ここで言う「コミュニティ」とは、人事制度の如何にかかわらず、組織構成員の間で協働のベースとなる価値基準が共有され、相互信頼と自己規律が存在する集団を意味している。

本書で取り上げられているキヤノンは、行動指針の一つに「新家族主義」を挙げ、社員間の連帯を説いている。また別の行動指針として「三自の精神」を掲げ、自発、自治、自覚の三つを仕事の基本姿勢としている。雇用面での安定を堅持しつつも信賞必罰の評価を徹底し、個人が自由闊達に能力を発揮することを促す「実力終身雇用」を標榜、社員同士の協働と高いコミットメントを引き出す「コミュニティ」経営の強みを維持し続けているといえよう。

日本企業の代名詞ともいえるトヨタ自動車も、また企業の「コミュニティ化」に注力している。特に、近年事業のグローバル展開が急速に進む文脈の中で、この「コミュニティ」を世界規模で拡大できるかどうかというチャレンジに挑んでいる。トヨタの全世界での年間生産台数はグループ全体で約800万台(2005年度)。毎年50万台ずつ生産が増加しており、増分のほとんどが海外マーケットでの販売になっていることからも、その重要性は明らかだ。その取り組みの基本となっているのが「トヨタウェイ」の策定と浸透である。

高品質と低コストを追求し、あくなき「改善」を続けるトヨタのものづくりの考え方は、これまで暗黙知として社員の中に脈々と受け継がれており、それが分業と協働を支える高密度でスピーディな社内のコミュニケーションを可能にしてきた。思考プロセスと判断基準がそろっているがゆえに、仕事の質とスピードを高いレベルで両立してこられたのである。日本人の「コミュニティ」でできたことを、グローバル展開においても同じレベルで実現するために最も大事なのは、このものづくりの考え方、トヨタが大事にしている価値基準を、グローバルに共有していくことである。

そういう認識から、これまで日本人社員の中の暗黙知だったものを2年間の議論を経て言語化し、国境、言語、文化の壁を越えて多様な人種、国籍の人々にも伝えられるグローバルベースの行動原則として、英語で明文化したのが「Toyota Way 2001」である。

具体的には、「知恵と改善」と「人間性尊重」を二つの柱とし、「Challenge」「Kaizen」「Genchi Genbutsu」「Respect」「Teamwork」の五つを、キーワードとして挙げている。

「改善」「現地現物」といったトヨタ特有の表現は、単純に翻訳するとそのニュアンスが伝わらないということから、そのままローマ字化されているのが特徴的だ。言葉にこめた思想を、丁寧に、世界中で誤解なく共有していこうとしているのである。

多様な人材を束ねる価値基準の必要性は、実は海外に限った話ではなく、昨今は国内であっても当てはまる。正社員以外の派遣社員、契約社員、関連会社の人、アルバイト等々、立場や考え方の異なる人々との協働を余儀なくされる環境では、拠り所になるものがはっきりしているかどうかが組織の生産性を大きく左右するのだ。そうした認識があるからこそ、トヨタは国内外を問わず、この取り組みに多大なエネルギーを投じている。またライバルの日産においても、「すべては一人ひとりの意欲から始まる」というフレーズをはじめとした「日産ウェイ」を定め、そのグローバルでの浸透に取り組んでいる。このように、自分たちの拠り所として、自らの行動を律する「ウェイ」の策定と浸透を通じ、企業組織の「コミュニティ化」に本気で取り組む企業が、近年増えてきている。

縦横無尽に知が創出される「オープン化」に象徴されるように、仕事の手順、協働のあり方、それを促進、調整するマネジメント・プロセスが変わりつつある。その中で社員は、自立した個として「プロフェッショナル化」し、高度な専門能力と高い職業倫理を求められるようになっている。そしてプロ化した個が最大限に力を発揮できる舞台とするべく、企業組織では理念や価値基準を共有した「コミュニティ化」が進められていると見ることができよう。そこに戦略・組織構造・システムを超えた、企業目的・プロセス・社員の視点があるのは、本書が指摘するとおりである。

マネジメント育成に不可欠な『個を活かす企業』の発想

旧版の翻訳を行ったグロービス・オーガニゼーション・ラーニング(GOL)は、トヨタをはじめ、業界大手企業を中心に、年間250社以上のクライアント企業で人材育成や組織変革のお手伝いをしている。この本の提示する「個を活かす」マネジメントが、これからの方向性を示唆するものであることは、クライアント企業での実践で実感している。

社員一人ひとりの意欲と能力を最大限に引き出し、それらを組織の壁を越えて縦横無尽に結び付け、新たな知を生み出すとともに、出てきたアイデアを徹底してやり抜くことにより、3Mのように「普通の人が並外れた成果」を出せるようになる。ここで、個の意欲と能力を引き出すのも、それらを有機的に結び付けるのも、実行徹底を促すのも、マネジメントの役割である。成否のカギは、各階層で要となるリーダー人材にその役割を自覚させ、それを完遂するだけの力量を持ったリーダーに育成できるかにかかっている。

そうしたマネジメント革新、リーダー育成を行うには、個別プログラムをうんぬんする以前に、目指すべき組織文化とそれを支える価値観を明らかにし、その体現者としてのリーダーの育成思想を確立しなくてはならない。言い換えれば、人と組織のあり方を、企業の将来のグランドデザインの中に正しく描き込む構想力が求められるのである。GOLが本書を強く推奨するのも、その構想力に刺激を与えてくれるからだ。

なお、新装日本語版では、文中の事例の組織名称、肩書き等は旧版のままとしている。個々の事例のその後の変遷をたどることは、本書の内容を理解するうえで必須ではない。むしろ事例の背後にある潮流を読み取っていただきたい。

かつて「周回遅れ」だった日本企業が、ようやくその遅れを挽回し、いま新たな成長へ向けたシフト・チェンジを試みている。この局面で次のゴール・イメージを描くヒントを得るためにも、時代の大きな流れの中でマネジメント・パラダイムの転換を俯瞰的に理解することが必要だ。そのガイド役として本書が一人でも多くのビジネスパーソンの参考になれば幸いである。(2007年8月 グロービス・オーガニゼーション・ラーニング、グロービス経営大学院)

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