初稿執筆日:2011年9月26日
第二稿執筆日:2015年6月9日
2009年にグロービスが実施した世界の主要国を対象としたクリエイティビティに関する調査では、フランス、イタリア等の国々を差し置いて、日本は世界からアメリカと並ぶクリエイティブな国と見なされていることが分かった。
日本には、アニメ・マンガ・ゲーム・音楽・映画・ドラマなどのコンテンツ、渋谷・原宿を中心とした若者の「カワイイ系」ファッション、安全安心な食材、健康的な日本食文化、秋葉原に象徴される高機能家電製品など、独自の文化、サービス、製品などがあり、これらは「Cool Japan」として世界で高く評価されている。
海外に行くと「スタジオ・ジブリ」の映画が好きな人によく出会う。2010年に来日したテニスのナダル選手は、小さい頃、学校から帰るなり毎日「ドラゴンボール」を観ていた、と取材に応じていた。海外のセレブは、ハローキティに夢中だし、北京でのSMAPのコンサートの大成功も記憶に新しいところである。
しかしながら、日本は今までこれらが有する国際競争力への潜在的な影響力を、十分に活用してこなかったのが実情である。
Cool Japanを戦略的に推し進めることを提唱しているA.T.カーニー日本法人会長の梅澤高明氏は、「日本はクリエイティブの力は総じて強いが、弱いのが(1)海外市場に向けた目利き、(2)海外展開をリードできる事業家、(3)それらの活動を支えるリスクマネーである。これらを重点的に強化することがカギである」と指摘する。
今日のグローバル経済において、国家ブランドや無形資産の魅力などが、国際競争力に影響を及ぼすようになっている。日本が国家戦略として主体的にそれらのソフトパワーの価値を再認識して、海外市場や内需を拡大することが、強く求められる。
既に一部の海外諸国では、ソフトパワーが経済活動に与える効果に着目して、国を挙げてコンテンツやブランド振興戦略を中核に据えた経済成長戦略を実施している。
例えば、隣国の韓国ではアジア通貨危機を契機として、1998年金大中大統領(当時)が「文化大統領宣言」を行い、以後、高付加価値コンテンツ産業を「21世紀型国家戦略事業」として国家予算を重点配分するなど、官民一体となったCool Korea戦略を推進してきた。その一環として、デザイン振興院・コンテンツ振興院を設立するとともに、大韓貿易投資振興公社(KOTRA)を中核とした、アジアマーケットでの官民一体の戦略的販路拡大を図ってきた。
その結果、2003年頃には韓流ブームが始まった。この波及効果は、同国内のソフトパワー産業のみならず、自動車、家電製品などの海外市場でのシェア拡大、国際競争力の強化、外国人観光客の増加にも貢献してきたとも言われている。李明博大統領も就任後に国家ブランド委員会を設置して、引き続き国家戦略として文化産業の育成・強化を行った。このような韓国での官民一体となったソフトパワー産業の振興政策を日本は謙虚に学ぶ必要があると考える。
日本は、2010年6月の「新成長戦略」(閣議決定)に、知的財産・標準化戦略とCool Japanの海外展開を位置づけ、ソフトパワー産業を経済成長の原動力にすることが記された。
日本のCool Japanの源泉であるソフトパワー産業を、官民一体となって、産業振興、海外展開、人材育成、海外発信に戦略的に推進することが不可欠であることから、今後の取り組むべき政策について、以下の通り、提案をしたい。
1. Cool Japanを国家戦略として取り組め!【一歩前進】
Cool Japanの推進には、官民連携による国家戦略として取り組むことが重要である。高付加価値コンテンツ産業に対して国家予算を重点配分し、ソフト産業で実績のある民間プロデューサーを司令塔にして、デザインやコンテンツを振興する施策を実施し、積極的にアジアや欧米マーケットを取り組む姿勢を前面に押し出すことが求められる。
官民メンバーから構成される戦略会議の設置、新進気鋭のプロデューサーを中心とする懇談会の設置、地方自治体との連携、在外公館との連携、関係機関(国際交流基金、日本貿易振興機構、国際観光振興機構)との連携、国際的な人的ネットワークの構築など、官民一体となったCool Japan戦略を運動論として推進することも重要となろう。
海外現地での情報発信を強化するために、日本貿易振興機構・国際交流基金などの関係機関と連携するとともに、在外公館に官民連携による広報センターを設置して、コンテンツやファッションなどの日本ブランドの紹介・普及に積極的に取り組む。また、国際共同番組製作、日本国内の人気ウェブサイトの翻訳支援、日本文化紹介イベント、国際放送の活用など、複数のチャネルを活用した、クロスメデイアによる効果的な発信をするのも一案である。民間だけでも限度があり、官だけでは広がりにかける。双方の連携が重要となるのだ。
本稿の初稿を執筆した2011年9月以降、国家戦略としてのCool Japanは大いに進展した。政府の政策実行を評価したい。2013年には「クールジャパン戦略推進会議」が設置され、Cool Japanに関連する官民の活動を俯瞰し、2020年東京オリンピック・パラリンピックまでとその後の展開を見据えて、地方を含めて日本がクールジャパンで効果的に「稼ぐ」ための戦略を推進する体制整備が進められている。さらに出資金375億円を集めて「海外需要開拓支援機構」(クールジャパン機構)も2013年に設立され、海外事業への投資の呼び水としてリスクマネーを供給し、漫画やアニメなどのコンテンツ、ファッション、食、伝統工芸品など、「Cool Japan ブランド」を、官民一体となって海外に売り込んでいく事業が進んでいる。
2020年、東京オリンピック・パラリンピックはまさにCool Japanを世界に発信する好機であり、 G1サミット2014におけるこのテーマのセッション参加者が中心となって、「NexTOKYO」プロジェクトが立ち上がっている。森俊子(建築家/ハーバード大学 院教授)、森浩生(森ビル)、藤村龍至(建築家)、古市憲寿(社会学者)、為末大(元 陸上競技選手)、楠本 修二郎(カフェカンパニー)、スプツニ子!(現代アーティスト/MITメディアラボ助教)、梅澤高明(A.T.カ ーニー)をコアメンバーとして設立されたNexTOKYOは、2020年に向けて、東京をファッション、食、メディアコンテンツ、アートなど、創造性が競争力の源泉となる「クリエイティブ産業」を核とする都市、クリエイティブシティTOKYOへと進化するための提言を行なっていくプラットフォームだ。
2020年を目標として、こういった官民のプロジェクトを総合的に国家戦略として推進し、Cool Japanを進めていきたい。
2. 日本の強みの再定義を!外国人の目利きによってクールな強みを発掘せよ!
Cool Japanは、ゲーム・マンガ・アニメなどのコンテンツ、ファッション、日本食、伝統文化、デザイン、ロボット・環境技術などのハイテク製品にまで範囲が広がっている。冒頭に述べて来た通り、日本はクリエイティビティの力は総じて強いし、海外からもその様に評価されている。しかしながら、それがビジネス化されてこなかったのがこれまでの実情である。
「何がクールか」「何が面白いか」の目利きを、日本人が行ってもハズすことが多い。外国人が発見したものが、勝手に広まっていくケースも少なくない。日本人にとって日常的なものの中に、外国人が関心を持つCool Japanが潜んでいることが多いのだ。したがって、埋もれている文化資源・地域資源を発掘・創造するCool Japanの目利き役となる外国人中心のネットワークを、国内外に組織化していくことが効果的だ。
イギリスでは最近まで、クリエイティブ系の大学院卒業生に雇用主未定でも2年間の滞在ビザが発給されていた。外国人の才能の活用は、デザイン・広告分野で世界をリードする大きなパワーとなる。クリエイティブ分野の潜在力が高い日本でも、海外のクリエイティブな才能を呼び込む取り組みによる効果が大きいはずだ。
さらに、Japan Expo、PechaKucha 20x20、Culture:Japanなど日本文化が好きな外国人が勝手に立ち上げて、大きく成長しているイベントやメディアが多く存在する。そういった動きを能動的に発掘し、支援することも有効である。
3. プロデューサー・事業家の人材発掘・育成を!
クリエイターが創作し、「目利き」により発掘されたクールなコンテンツやアートを世界に広めるのが、プロデューサーや事業家の役割である。彼らがCool Japanを支える原動力であるべきなのだが、日本はこの部分で他国に負けているのである。海外展開をリードする事業家は、海外に根付いて活動する日本のビジネスマンや日本好きの外国人を中心に、他産業からも広く求めることが必要である。Cool Japanの担い手は日本人に限る必要はなく、むしろ、アジアの多様な人材も対象にすべきである。
今後は、留学生30万人計画との連携で、コンテンツ分野での留学生の受入れを拡大し、文化交流を通じて日本の良き理解者を輩出することを目指す。
さらに、海外で貢献している外国人を対象にした表彰制度(アンバサダー任命など)も充実させるべきであろう。政府は2013年、海外アンバサダー第一弾として、日本のサブカルを愛好する欧州や東南アジアの若者役150人を「海外アンバサダー(大使)」に選任し、日本に招待した。彼らはフェイスブックなどSNSを用いて日本の魅力を広めてくれるだろう。このように海外から積極的に人材を受け入れ、育成する発想が求められよう。
これらのプロデューサー・事業家の人材育成は、最重要課題である。グロービス経営大学院でも、今後、この分野の人材育成を強化することとしたい。
4. 海外に向けての発信力強化を!【一歩前進】
Cool Japanのグローバル展開には、戦略的な情報発信が不可欠となる。対象国のニーズの把握とともに、例えば、映画・ドラマ番組とファッション、食、ライフスタイルのように、様々なアイテムを有機的に組合せて発信することが重要である。なお、東日本大震災後、日本に関する情報が正確に伝わっていないために風評被害が広がっていたことから、インターネットを含めた多様なチャネルを通じて多言語による正確かつ迅速な情報発信が求められる。
例えば、2009年3月にフェイスブックページを立ち上げたTokyo Otaku Mode(トーキョー・オタク・モード)は、国外向けに日本のサブカルコンテンツの情報発信を行ったが、2013年1月にはそのフェイスブックページが1000万いいね!を達成し、アメリカにも会社を設立、e-コマース事業を展開し、2014年9月にはクールジャパン機構からの最大15億円の出資も決定された。
Cool Japanの発信には、「場」や「イベント」の活用も重要となる。「JAPAN国際コンテンツ・フェスティバル」や「東京国際映画祭」など、国内イベントでの海外発信力を強化したい。さらに、2011年の日独交流150周年、日本クウェート国交樹立50周年、2012年の日中国交正常化40周年などの周年記念事業や、Japan Expoや世界経済フォーラム(ダボス会議)などの国際的なイベントも、積極的に活用できる。
さらに、クールジャパン機構が出資を決めたSDI Media(動画のローカライゼーション世界最大手)は、映像コンテンツの海外展開を支援する代表的なプラットフォーム案件だ。音楽業界では、国内の大物・人気アーティストでも海外進出はほとんどコスト割れしてしまっているのが実情だという。彼らの海外展開(ブランド発信の重要なメディアでもある)を拡大するには、現地で公演制作、プロモーション、スポンサー提携などをサポートする共通プラットフォームが必要であり、その支援が重要だ。
2011年9月に中国大連市で開催されたサマーダボスでは、したたかな中国政府が世界のリーダーが集う場を中国のアートを広める場として活用していた。日本でも世界から多くのリーダーが集う場をつくり、その場の引力を使いCool Japanを広めることは重要な施策となろう。グロービスでは、2011年11月3日に、第1回の「G1 Global Conference」を開催したが、世界のリーダーが注目するこの場では、当然「Cool Japan」のセッションを実施した。
効果的なプロモーションのあり方は、ネットやソーシャルメディアの飛躍的発展とともに大きく変わりつつある。従来の見本市・商談展示会、ハリウッドや韓国が上手に活用してきたテレビ番組や映画などを広告塔とするアプローチに加えて、情報のハブとなるCool Japan・アンバサダーを含め口コミやC2Cの情報量を飛躍的に増やすための戦略的な仕掛け(YouTubeやフェイスブックを絡めながら)が今後いよいよ重要となろう。
5. 十分な資金の投下を!【一歩前進】
上述の通り、コンテンツが生まれ、プロデューサー・事業家が育ち、そして海外に向けてCool Japanが発信されるためには、様々な分野で充分な資金を投下することが必要だ。官民人材と資金力を結集し、日本の優れたコンテンツの海外展開を図るファンドの創設や、最初から海外展開を視野に入れたコンテンツの製作、販路の開拓、海外現地メディアでの露出強化などに対して、総合的な支援策が求められる。リスクマネーの供給源として、クールジャパン機構が設立されたのは大いなる進展だ。これに加えて、趣旨に賛同する国内の篤志家から足の長い(かつ高いリターンを求めない)カネを集めることもオプションの1つであろう。
韓国が音楽、ドラマ、映画等で成功できたことは、日本も海外でできるはずである。コンテンツを制作するときには、常に海外に売り込むのだという発想が重要になろう。ちなみに、日本が得意であったゲーム分野は、今やプラットフォームを携帯に変え、そしてスマートフォンに主戦場が移行している。この分野で、日本の若者は果敢に世界を視野に入れて動き始めていることをとても頼もしく感じている。
グロービスも当然それらのゲーム・コンテンツ会社に積極的に投資している。以前、ソニーやホンダ等のハードが海を渡って海外に進出したように、今の時代は、ダウンロードすることによりソフトも自由に海を渡れるようになってきた。今まさに日本のソフト・コンテンツが、海外に進出する絶好の機会が生まれたのだと言えよう。
今や、株式市場の一日の売買代金では、創業数年のグリーがあのトヨタを抜き去り、日本一となる時代となった。この事実は、ハードのものづくりも重要だが、ソフトの楽しさや夢創りがさらに重要な時代になることを予兆している。その時代に向けて今、日本がCool Japanにより世界に打って出る必要があるのだ。