昨年9月発売の『改定4版 グロービスMBAアカウンティング』から「第3章2 損益分岐点分析の留意点」を紹介します。
損益分岐点分析は、管理会計の超基本的なツールです。しかし、実務での用い方やその際の前提条件などについて正確に理解できている人は必ずしも多くはありません。言い換えれば、表層的な理解はできていても、的確に応用するだけの「血肉」とはなっていないのです。
また、損益分岐点分析は重要な情報を提供してはくれますが、意思決定において必要な情報をすべて得られるわけではありません。たとえば黒字化に向けて〇〇億円の売上高が必要だとわかったとしても、その売上げを上げるために必要な方法論までは示してくれません。それには別途マーケティングや経営戦略的な分析が必要になります。
どれだけ有用で汎用的なツールにも限界はあります。それを正しく理解し、他のツールと適宜組み合わせられる人が価値を生み出せるのです。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
損益分岐点分析の留意点
損益分岐点分析を活用する上での留意点について確認する。損益分岐点分析は、売上高と変動費、固定費の3つの要素だけで、目標利益を達成するための売上高の把握、優先すべき製品の選択、撤退の意思決定などさまざまな経営上の意思決定に活用できる便利な管理会計のツールであるが、精緻さに欠けると指摘されることがある。
そもそも、変動費と固定費への費用の分類は、どこまで正確に行えるのかという疑問がある。例えば、人件費と言っても固定給の部分もあれば残業代のように勤務時間に応じて発生する部分もある。水道光熱費や倉庫料なども同様に、変動費、固定費両方の要素を含んでいることは少なくない。変動費と固定費への分類手法については、費目別精査法、高低点法、回帰分析法などによるが、いずれにおいても大なり小なり仮定や前提を置いており、どのような仮定等を設けるかによって分類結果は変わり得る。
仮にある時点において変動費と固定費を正確に分類できたとしても、その後の事業規模の変化等によって変動費と固定費の関係は変わることがある。生産量が大幅に増加する場合には、製造設備や従業員の増強が必要になり、これは固定費を増加させることになる。また、原材料の仕入価格が増減すれば変動費率の変動要因となる。さらに、複数の製品を販売しており、それぞれの限界利益率が異なる場合、会社全体の限界利益率を用いる際はそれら製品の売上構成比をもとに求め、これが将来もほぼ一定という前提を置くこととなる。しかし、売上構成比は常に一定とは限らない。損益分岐点分析は、このような一定の仮定、前提の上に成り立っていることを認識すべきである。
ここで改めて損益分岐点分析の意義を確認すると、売上高、変動費、固定費の3つの要素を使って「素早く」「簡単に」「ざっくりと」ビジネスを軌道に乗せる(黒字を確保する)ための目安を示すことにある。さまざまな選択肢を、常に精緻に時間をかけて行うとすれば、正確性は高まるものの経営判断の遅れにつながる。多少の粗さはあっても、例えば店舗の新規出店を検討する際に1日当たり客単価何円で何人に販売すれば利益が出せるかといった目安となる売上高を計算し、そもそもビジネスとして成り立つかどうかを簡便にチェックできることの価値は大きい。ほかにも、社内で数ある事業や研究開発計画の中から、詳細に検討すべき対象を抽出するといった局面での活用が考えられる。そして、抽出された案件は損益分岐点分析以外の方法も用いて、販売計画や各費用を個々に精緻に分析、検討するという流れである。
優れた管理会計のツールほど目的に特化している。つまり使い手には、目的に適したツールを選択することが求められる。用途に適さないツールの選択や間違った運用をすれば、効果がないだけでなく弊害のほうが大きくなることもあるため注意が必要だ。
『改定4版 グロービスMBAアカウンティング』
著・編集:グロービス経営大学院 発行日:2022/9/27 価格:3,080円 発行元:ダイヤモンド社