ルールとマナー〜子供の躾(しつけ)を考える 

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今、社員旅行兼家族旅行で、沖縄に来ている。今年の社員旅行の場所は、3回目の沖縄である。羽田空港から飛べる国内旅行と限定をして、社員が行き先を投票すると、沖縄と北海道が隔年で選ばれることになる。
※参照コラム:「社員旅行が楽しい!?」「グロービス豆知識(その2)〜社員旅行はどうして始まったのか?」

今年のパーティーは、ハイサおじさん、エイサーの太鼓、そしてマツケンサンバで盛り上がった。パーティの後 、僕ら家族は、社員旅行から家族旅行にモードを切り替えていた(グロービスの社員旅行は家族同伴OKなのである)。 旅行参加者もほとんど帰ったあとの3泊目の夜、沖縄のホテルの大浴場で、ある親子連れと遭遇した。

大浴場には、子連れの親子がいた。子連れとは言っても、子供は中学校一年生ぐらいの背丈はある。その子供が、湯船でタオルと白い布を投げて遊んでいた。子供は立ったままタオルと白い布が何度も湯船に投げ入れているのだが、父親は注意する気配がない。

僕の次男が、タオルを湯船に入れそうになっので、「タオルを湯船に入れてはいけない」と、僕はあわてて大きな声で注意した。すると、その注意を聞いていたその子供はタオルを湯船に入れて遊ぶのをやめた。だが、今度は白い布を入れて遊んでいる。父親は、近くにいても注意をしない。

僕は、気になったので、注意をすることにした。

僕「その白いのは何?」
子供「シップです」
僕「シップを湯船に入れては駄目でしょう」
子供「すみません」
・・・父親だんまり。

僕は、「親なんだからしっかりと注意してよ」という言葉を発しようと思ったが、思いとどまりその言葉を飲み込んだ。ちょっと気まずい雰囲気が流れていた。僕は、サウナに入って、自分がやったことが正しいかを自問してみた。考えてみても、「やっぱり注意してよかった」、という結論にしか達しなかった。

そのとき僕は、ソウルのお風呂場での出来事を思い出していた。8年ほど前に、僕がソウルのホテルの湯船に、体を流さずに入ろうとしたときに、韓国人のおじさんに韓国語で叱り付けられた。僕は、すかさず体を湯船の外に出して、湯で体を流して入りなおすことにした。僕は体を洗っていたので、本当は再度流す必要は無かったのだが、このときに日本の古き良き風習でもある、「マナー を社会全体で守る」という事が韓国にも残っていることが、わかった。僕は、注意されたことにいやな気がするどころか、感心をしていた。

そして、今回のできごとである。「僕は、 ひとに注意できるほど偉い人か」と自らに問うと、「そうではない」、という答えしか自分には返ってこなかった。まだまだ人格もできていないし、徳も足りない。でも、やはり自分が気がついた時には、しっかりと注意すべきだという結論には達していた。自分勝手だと思われるが、誰かが社会全体の公衆マナーを高める努力を始めなければならないのだ。

僕は、以前からルールというのはあまり好きではなかった。ルールは場所や国によって変わってくる。決める為政者や権力者によって定められている。

ルールと言うのは堅苦しいので、グロービスでは、ルールを最低限にして自主性を尊重した、「自由と自己責任原則」としている。ルールや社会常識というのを打ち破るのが、ベンチャーだと思っているので、この自由奔放さが重要なのである。だが、ベンチャーだと言っても、マナーを無視してはいけないのである。

マナーとは、為政者が決めたわけではなくて、社会全体で作り上げてきた規範のようなものである。しかも、万国共通なのだ。遠い昔、明治維新後に日本の武士が米国訪問した際に、日本人のマナーの良さが語り草になったという。良いマナーは、国や文化、言語を超えて、人に好感を与えるのである。

子供達には、ルールよりもマナーを重視した教育をしたいと思っている。マナーとは、礼儀である。これがしっかりとできないと、いくら能力が高く、スポーツができたとしても、人間としては失格である。

この躾(しつけ)をキチンとする、という事は、どの親も感じると思うが、骨が折れるし、気持ちが良い作業ではないのである。食事中の姿勢、挨拶、言葉使いなど、常に注意をし続けなければならないからだ。この注意をする作業が、小言を言っているようで嫌になることがあるが、これは彼らのためになると思い、やり続けることとしたい。

家族旅行で、24時間子供と接することができるので、 良い機会だと思いつつ、なかなか目が行き届かない現状に多少の苛立ちを感じる。こういうのは、粘り強くやっていくことが重要なのだと、自分に言い聞かせる。

明日の夕方から台風が近づいているというので、予定を一日早めて帰国することとした。沖縄の白い砂と青い海とは明日でお別れである。近くで寝ている子供達が風邪を引かないように、布団掛け直してあげた。こうして、ゆっくりと沖縄の夜が過ぎていった。


2005年8月2日
沖縄のホテルにて
堀義人

 

京都大学工学部卒、ハーバード大学経営大学院修士課程修了(MBA)。住友商事株式会社を経て、1992年株式会社グロービス設立。1996年グロービス・キャピタル、1999年 エイパックス・グロービス・パートナーズ(現グロービス・キャピタル・パートナーズ)設立。2006年4月、グロービス経営大学院を開学。学長に就任する。若手起業家が集うYEO(Young Entrepreneur's Organization 現EO)日本初代会長、YEOアジア初代代表、世界経済フォーラム(WEF)が選んだNew Asian Leaders日本代表、米国ハーバード大学経営大学院アルムナイ・ボード(卒業生理事)等を歴任。現在、経済同友会幹事等を務める。2008年に日本版ダボス会議である「G1サミット」を創設。2011年3月大震災後に、復興支援プロジェクトKIBOWを立ち上げ、翌年一般財団法人KIBOWを組成し、理事長を務める。2013年6月より公益財団法人日本棋院理事。いばらき大使、水戸大使。著書に、『創造と変革の志士たちへ』(PHP研究所)、『吾人(ごじん)の任務』 (東洋経済新報社)、『人生の座標軸』(講談社)等がある。

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