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マイケル・ポーター教授とのディベート

投稿日:2001/02/08更新日:2019/09/04

HBSの後輩からパネルディスカッションへの登壇のお誘いがあり、アメリカ出張の日程とも重なっていたので、軽い気持ちで承諾した。HBSのAsiaBusiness Clubが主催する、Asia Business Conferenceという年に1回の大イベントで、在ボストンの大学院生が数多く集まるらしい。事前にいただいた資料を見て、二つびっくりした。

一つが、パネリストである。まずは、コーディネーターがあのマイケル・ポーター教授である。

「日本の大企業には、戦略がない。あるのは、業務効率だけである。戦略がなく、すべて横並びなので、RatRace(ねずみの競争)のように利益を食いつぶしていってしまう」と強烈に指摘している方である。僕はちなみに、この考え方には90%以上同意している。非常に鋭い教授である。最近のMBAが選んだ100のビジネス書のNo.1になった『競争の戦略』の著者でもある。あのマイケル・ポーターがコーディネーターである。パネリストの1人目が、エズラ・ヴォーゲル教授である。かの有名な『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の著者である。親日家で、日本語もぺらぺらである。もう1人のパネリストが通産省(当時)を退任して、日本スタンフォードセンターに転出した、安延信氏。両者共に、学究肌の方である。そして、僕である。

もう一つびっくりした点が、パネルのタイトルである。「What should Japando now to revive its economy?」というタイトルで、僕への質問のテーマは、「What should Japanese companies do differently?」である。つまり、言外には、日本は間違っている。どうすればよくなるのか? と問うているのである

うん?? これは、かなり手ごわいなと思い、自分なりに以下を整理してみた。

①日本の経済構造の変化とバブル
②日本企業が陥った過ち
③現状の経済とビジネスの現況
④新しいJapan Modelへ

 シカゴ経由でボストンに入った。HBSに向かうタクシーの中からふと外を見ると、チャールズ川は凍っており、相変わらずの寒さを体感でき、懐かしい思いが交錯した。久しぶりのHBSは、新しい校舎も建ち、相変わらず知的で活気があった。会場に行くと、300人以上の学生が集まっていた。場の雰囲気に慣れるために会場を眺めてみた。半分ぐらいは、アジア人であった。あとから聞いたら、どうも3分の2以上が、HBS以外の大学院、MIT、ケネディースクール、フレッチャー・スクール、バブソン大学、ボストン大学、ボストン・カレジの学生だったらしい。なかにはダートマス大学やエール大学からも来ていたらしい。

ディスカッションの前に、僕を招待した後輩が、この趣旨を説明した。妙に弱気である。エズラ・ヴォーゲル教授の紹介のときには、「結果的には、ジャパン・アズ・ナンバーワンではもちろんなかった」などと申しわけなさそうに控えめに言っていた。パネルディスカッションのタイトルのとおり、ボストンにおいては、日本はどうしようもない存在であるという暗黙の認識があって、抵抗のしようのない雰囲気があるのだろうか。

パネラーの紹介のあと、マイケル・ポーター教授が喋り始めた。

「日本は、四つの危機に直面している。
●ドメスティックで競争力がない日本とグローバルで強い日本
●利益率が低いこと
●高いコスト体質
●新しい産業が生まれていないこと

 この四つの危機に直面しているなかで、政府はまったく無機能である(過去にさかのぼっても政府の役割は限定的であったので、この点は問題ではない)、ただ、会社の経営においては、重要な戦略の焦点が定まっておらず、他のアジア諸国の追い上げとアメリカとの間でサンドウィッチ状態にあって、これからのRevitalizeは不可能に近い。その点をパネリストのMr.Horiに聞いてみよう」

最初は、冷静に聞いていたが、途中から明らかに間違っている、と感じ始めた。最後の方になると、用意した原稿を全部捨てて、まずは反論しなければ、という気持ちになっていた。しかし、会場の空気は冷たい。みな、ポーターの悲観論に完全に同意しており、この状況を覆すのは難しそうだ。でも、僕は、徹底的に認識を改めさせるべく反論することとした。趣旨は以下のとおりである。

まずは、「ポーター教授に真っ向から異論を唱える」と言い放った。そのとき、会場が動いたのを感じた。続けて、80年代のアメリカの事例を持ち出して、「上記4点のうち、最初の3点はアメリカでも問題があったことであって、アメリカも回復したではないか。危機ではあったとしても必ずしも回復不可能というわけではない。最後の4点目の新しい産業が生まれていないということに関しては、認識不足である。2005年時点では、主な先端技術において日本が再度逆転するであろう。携帯電話、エレクトロニクスコンポーネント、光ファイバー、半導体製造装置、液晶、ホームエレクトロニクスなどはすべて最先端である。しかも、日本は、1980年から円が250円から100円近くなろうとも製造業を維持し続けている。鉄鋼などは、いまだに1億トンも生産している。今後、日本の大企業が選択と集中を繰り返し、先端技術分野で日本のベンチャーとのコラボレーションがおこる。日本はまったく問題がない」。

ポーター教授は、納得いかない様子で、反論した。「日本が興奮している携帯電話の技術にしても、数年前にモトローラが日本に参入したことによって、競争環境ができ上がった。事実、世界の携帯メーカーはモトローラ、エリクソン、ノキアが占めているではないか」。これも他のパネリストそっちのけで、即座に反論することにした。「2005年には、世界の携帯の市場シェアの5割以上を日本メーカーが握ることになるだろう。日本のメーカーが世界で現状通用していないのは、日本の仕様と欧米亜の仕様が違うからだけである。第三世代に入って、仕様が共通化されると、部品の微小化、実装技術や技術の集積度合いとともに、どこが早く始めたかが最も重要になる。そうなると、今とはまったく違う競争環境になり、日本メーカーに有利である。モトローラの件は、政治的問題なので、経済とは分けて考えたい」と。

その後、ヴォーゲル教授と安延さんが政治・行政の話をしたあとに、会場を含めて、意見交換がされた。僕の回答は以下のとおりである。

Q:日本の先端技術分野のみで日本全体の経済を押し上げることができるのか? 何年後に日本は回復するのか?
▼堀:日本経済は、一つのGDPというよりも数多くの経済セクターのGDPの総和として見るほうがよい。したがって、「日本」として捉えるよりも、セクター単位で捉えたほうがよい。日本はいつ回復するのかに関しては、あるセクター(上記業種)はすでに回復しており、あるセクター(金融、建設、不動産など)は回復にまだまだ時間がかかる。GDPはその総和である。非効率な分野には、アメリカを中心に参入があり、最先端の経営手法も導入されているので、回復は意外に早いかもしれない。

Q:日本の600兆円の国としての債務をどう考えるか?
▼堀:まったく問題がないとは言えないが、それほど大きな問題でもない。日本は、最大の債権国であって、最大の貿易黒字国である。つまり、B/S(貸借対照表)は健全であって、P/L(損益計算書)も黒字である。600兆円は国内の問題である。その600兆円と比べて個人の金融資産は1200兆円もある。
つまり、政府の借金以上の個人資産がある。アメリカは、同等の比率の借金が民間にある(個人は、平均貯蓄はマイナスであり、企業もマイナスである。要は借金が、政府にあるのか、民間にあるのかの違いだけである。

いろいろとあったが、無事80分のパネルディスカッションも終了した。「ふう、疲れた」。当初むっとしていたポーター教授も最後のほうでは、機嫌をなおしているようで嬉しかった。終わると同時に、アジア系の学生が何人も僕のところへきてくれて、目を潤ませながら「よかったよ」と言ってくれた。彼らもアメリカのステレオタイプの見方が許せなくて、反論できない自分にどこかもどかしさを感じていたのかもしれない。

その夜、JAGRASSという在ボストン日本人の大学院生の会合では、数多くの日本人から激励、感謝された。みな、反論したことを喜んでいた。

ふと思い出したのが、97年の香港でのHBSにおけるパネルディスカッションである。僕は、パネラーではなく一観客として参加していた。それまで日本に関して相当ボロカスに言われてきたので、あるセッションで日本人のパネラーが登板するのを楽しみにし、反論してくれるものと期待した。しかし、結果はまったく逆であった。とるに足らない小さな事例を持ち出して、日本の経済はむずかしい、と言い出したのだ。僕は、正直言って、日本人として、その場にいたたまれない気持ちを持ってしまった。

僕は、それ以来、常にポジティブな面を強調して、日本について正しい認識をしてもらうべく主張すべきだと思いつづけてきた。HBSの会場にいた数多くの日本人学生(およびアジア人学生)が、僕が香港で痛感した嫌な思いではなくて、日本人(およびアジア人)として将来に希望を持てると思ってくれたことが何よりも一番嬉しかった。

著者注.日本企業の携帯電話の予測は、見事に外れてしまった。第二世代携帯までのプラットフォームの違いが、その後のシェアにも大きく影響しているようであった。

 

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