ヨルダン訪問記(その4) 

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ヨルダンサミットも3日目を迎えた。小鳥のさえずりで目がさめた。死海に鳥がいたなんて、今日まで気がつかなかった。

日本を出てから髭を剃っていないので、相当伸びてきた。アラブ人と間違えられることすらある。この出張中は毎日泳いで、体調管理に努めている。今日も早速、朝から泳ぎに行くことにした。プールは、死海を見下ろす場所にある。水面の青と死海の青とが重なり、その向こうに見えるイスラエル側の山脈の赤茶色、そしてその上にある空の青とが繋がって見えて洒落たデザインになっている。

今日は、国王との謁見がある。ヨルダンに入国してから、国王のお顔を何度も拝見している。街中のいたるところに国王の写真が飾られているし、ヨルダンの観光案内にも、ラニア女王と共に写っている写真が掲載されている。それまでは、ヨルダン国王と言っても、失礼ながら遠くの小国の国王程度にしか思っていなかったが、実際に来てみると、その存在感の強さを、何度も認識させられる。

ヨルダンの勤勉な国民性による教育レベルの高さ、アラブにおける地政学的な重要性、そしてヨルダン国王がアラブ世界で占めるポジションの重要性によるものなのであろうか、国王に謁見できることがいかに栄誉であることかを改めて痛感し始めていた。しかし、国王は国王だ。これまでのようにカジュアルに迎えてくれるに違いないと思い、ジャケットにネクタイという軽めの格好で、会場に向かった。朝10時過ぎにホテルのロビーで待っていると、待合室に通された。そこには、ランカウイ島でお会いした大臣が待機されていた。拝謁儀礼の打合せをして、大臣の誘導で国王のいる部屋に案内された。

国王は、笑顔で迎入れてくれた。硬く握手を交わした。国王から、“How are you doing, guys?”というカジュアルな挨拶が返ってきた。僕は、「陛下のご招待もあり、ヨルダンに参りました。ありがとうございます。ペトラ、アカバ、ワディ・ラムを訪問させて頂き、貴国を好きになりました。国王にも再度お会い出来ました事とを心より嬉しく思っております」、と一気に申し上げた。国王は、僕らが実際に来たことと、各地を訪問したことをとても喜んでくれている様子で、Good、Goodと何度もうなずいていた。「ヨルダンサミットはどうか」、と聞かれたので、大変満足していると感想をお伝えした。

また、「日本に来られる機会があれば、ぜひ若手ビジネスマンとの会合をアレンジしたい」、と申し入れた。国王も同意され、次回の計画をメインに15分ほど談笑して、記念撮影を行った。国王の横に立った時、「髭がはえてきたね。良く似合う」、とご指摘いただいた。そして、握手をして部屋を後にした。

部屋に戻るとき、「なぜ国王と会うのが、こんなにも嬉しいのだろうか」、と自問自答してみた。僕は国王の威厳を使ってビジネスに役立てようとは思っていないし、何かを陳情しようとも思っていない。また、単にミーハーな気持ちで会いたいと思っているわけでもない。例えば、小泉首相やブッシュ大統領にただ単に会いたいとは、思わないからだ。

では、「なぜ」会いたいのか?。その理由はおそらく、僕が国王と同い年で、親しみを感じ、尊敬し、好きだからだと思う。若くして、一国の国王となり、パレスチナやイラクなど、中東の難しい諸問題を近隣諸国と調整しながら、国民のために一生懸命に働いている姿を見ると、感銘を受けざるをえない。性格も実直で、カジュアル。優しさが滲み出ているのが表情から一目でわかる。そして僕らのために、ランカウイ島まで来てくれたことにも大変感謝している。本音を言うと、友達になりたいとも思っている。ただ、国王とでは「友達」になれるわけではないから、友達とは言わないまでも、継続的に会いつづけたいと思っている。

部屋に戻り、パッキングをした。テラスから見える死海に別れを告げ、ホテルを後にした。フライトまで時間があったので、急遽イエス・キリストが洗礼を受けたヨルダン川のほとりを訪問することにした。軍事用に使われた草原を車で走り抜け、砂利でできた駐車場に車を停めた。5分ほど草むらにできた小道を歩いた。柵のようなものから下を覗き込むと、2メートルほど下に細長い沼地があった。ガイドによるとこれがヨルダン川であるという。

ニュースで良く耳にするヨルダン川は、思ったよりも小さかった。全幅3メートルほどで、深さも1メートル程度だ。日本で言えば、小川ぐらい。というか流れが無いので、小川というよりもちょっとした細長い沼地という雰囲気だ。周りにはシダのようなものが生い茂っていて、水も泥色に淀んでいる。以前はもっと大きかったらしが、イスラエルが上流でダムをつくり、水かさが減っているということだ。

もう少し歩くとそこには1500年以上も前に立てられた教会の廃墟があった。ローマ法皇が祈りを捧げたという場所で、ゆっくりと時間を過ごし、静かに物思いに耽っていた。この地でイエス・キリストは、何を考えたのだろうか。迫害にも拘らず正しいと思うことを言いつづけ、人民のために尽くしたイエス・キリストの強い意志は、どこからきたのだろうか?見上げるとモーゼが最期をとげたというネポ山が見える。洗礼を受けた場所もネポ山もヨルダン側にあった。イエスやモーゼの時代には、国境などは当然のごとく無かったのだ。

空港に向けて車が走り出した。車から見える景色はあいも変わらず灰茶色である(夕方になると赤茶色に見える)。変わらない景色を見ながら僕は考えた。これから僕と中東との付き合いがどのように発展していくのだろうか。次は、いつ中東に戻ってくるのだろうか。イラクやパレスチナ問題はどのように解決されていくのだろうか。国王とは次いつどこで会うのだろうか・・・。
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1時間ほどして空港に着き、お世話になった運転手のサミーと別れを告げた。サミーは、3日前に空港で僕のことをピックアップしてくれ、アンマンから、ペトラ、ワディ・ラム、アカバ、死海そして空港までずっと案内してくれた。道中いろんな話をした。彼は、キリスト教信者で、米国のシラキュース大学でコンピューターサイエンスを学び、ヨルダン帰国後ソフトウェアエンジニアとして働いていた。しかしその会社が、2,3年前に倒産して、現在は運転手をして生計を立てているとのことだ。別れ際には、ちょっと感傷的な気分になった。次回ヨルダンに来たときにも会いたいと思った。

帰りのガルフ航空は、定刻より1時間ほど遅れて、アブダビに向け、飛び立った。
窓の下には、来たときと同じ灰茶色の大地が広がっていた。

2004年05月17日
アンマンからアブダビに向かう機上にて

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