米大統領選でドナルド・トランプ氏が勝利した。今年5月に「英国の欧州連合(EU)離脱やトランプ米大統領が実現した場合、新たな世界秩序はどうなりますか」と、ワシントンDCで開かれた米シンクタンクの会議で聞いたことが、思いだされる。そのときは「考えたくもない」と流されたが、半年たった今、現実のものとしてその質問に世界が対峙することになった。
2つの出来事の共通項は何だろうか。よく「格差が原因だ」と言われるが、それは明確に違う。特に米国の場合は、年収5万ドル未満の相対的な低所得者層はヒラリー・クリントン氏に投票しているからだ。
2つの出来事に共通する支持者の特徴は(1)地方(2)40代以上(3)男性(4)相対的に低学歴(5)白人――だ。英米で起こったのは、主に地方にいる労働者の反乱である。経済のグローバル化や移民の流入で損をしたという不満が根底にある。
では、この「地方の反乱」は、日本にも起こるのだろうか。僕は今年の夏に地元茨城県の全44市町村をまわった。出身地である水戸の市街地再生プロジェクトを始めたり、茨城のプロバスケットボールチームのオーナーになったりするなど今年に入り故郷と関わることが多くなったのがきっかけだ。地元の農家や工場労働者など様々な人と話をしたが、英国のEU離脱や米大統領選のトランプ氏勝利の原動力に共通する地方の不満は浮かんでこなかった。
日本の場合、地方在住の中高年男性は自由民主党支持の保守層が多い。例えば地方の工場では経営者と工場労働者の間の給与格差はそれほど大きくない。ともに同じ作業服を着て同じ社員食堂で食事をする。終身雇用を前提とし従業員を大切にする家族的経営がなされている。高齢者向けの社会保障制度も十分すぎるほど充実している。地方の中高年層は現状に大きな不満に抱いているようには見えなかった。むしろ都心部の若者に不満を多く感じるほどだ。
世界の主要先進国の中でも日本は最も政治的に安定している国だ。他国をみるとフランスはルペン党首率いる極右政党の国民戦線が勢いを増し、ドイツではメルケル首相の人気が落ちている。これらの国には英米発の「反乱」が波及する可能性もある。
米調査会社ユーラシア・グループの社長で国際政治学者のイアン・ブレマー氏は、トランプ大統領誕生により米国が内向きになりリーダーがいなくなる「Gゼロ時代」が加速すると予言している。世界が、米英主導型からGゼロ時代に移り変わるなか、新たな世界的秩序をロシアや中国などが主導するようになれば憂慮すべきことだ。民主主義や資本主義、法の支配、基本的人権などが脅かされかねないからだ。
ブレマー氏は、トランプ氏勝利で利を得る「winner(勝者)」のひとつに日本の安倍晋三政権を挙げた。「米国はもう世界の警察官にはなれない」という姿勢をトランプ氏がとっているため、日本と役割分担をすることになるだろう。その結果、安倍首相が目指す防衛体制の増強や憲法改正という主張が通りやすくなるからだという。
主要国が不安定さを増すGゼロ時代において、日本は政治的な安定を強みに世界の新たなリーダーとして役割を果たしていく必要があるように思う。日本はロシアとの平和条約、EUとの自由貿易交渉、中国との平和的対話や東南アジア諸国連合(ASEAN)との経済交流などを進め、世界秩序の担い手としての役割が増していくのではないか。
17日に安倍首相とトランプ次期大統領が会談した。世界の首脳としては初めての会談だ。英国がEUから離脱した後やトランプ氏就任後のGゼロ時代の世界秩序の形成では、政治的に安定している日本がリーダーシップの一翼を担うことを期待されているのであろう。
※この記事は日経産業新聞で2016年11月18日に掲載されたものです。
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