2020年に向けた日本の都市と産業[1]
竹中平蔵氏(以下、敬称略):甘利大臣の明解なお話を受けて、今度は我々のほうでいろいろと議論していきたいが、今日はなんの打ち合わせもしていない。また、本セッションはメディアオープンとのことで、世耕さんは気をつけてご発言をしなくてはいけない(会場笑)。いずれにせよ経営者のための会議であるから世耕副長官や私は脇役だ。森さんには主役としてガンガンお話をしていただきたいと思う。(00:56)
さて、本題へと入る前に、会場の皆さまに二つほど質問をしてみたい。先週金曜日には金融政策で大きなサプライズがあった。それで株価は七百数十円上がり、円も3円以上も安くなった。この日銀の政策をビジネス界の皆さまはどう評価しているのか。強引な2択だが、「非常に評価する」という方はどれほどいらっしゃるだろう。はい、ありがとうございます。では、「よく分からない」または「少しネガティブだ」という方はどうだろう。あ、結構いらっしゃる。わかりました。(01:53)
もう一つ。先ほど甘利大臣から、「アベノミクス自体はうまくいっているが、消費税の引き上げ、そしていくつかのかく乱的な要因が入っている」とのお話があった。「アベノミクスそのものは基本的にはうまくいっている」という認識の方は、どのほどいらっしゃるだろう。はい。では、「必ずしもそうは思わない」という方はどうだろう。…分かりました。1問目は賛成と反対で6対4、2問目は8対2ぐらいか。その点を踏まえて進めたい。東京についてお話をする前に、今の金融政策まで含めた経済の現状認識について、世耕さんから何か補足があれば伺っておきたいと思う。(02:59)
世耕弘成氏
世耕弘成氏(以下、敬称略):3本の矢というのは非常に分かりやすい説明だったけれども、ここへきて、もう少し別の言い方をしておけば良かったと思う。最初の2本と3本目は意味がまったく違う。最初2本は、打てばそれなりに、きちんと効果が出る。しかし3本目は時間がかかるし何度もローリングしながら次の手を打ち続けていかなければいけない。これは竹中先生もよく引用される表現だが、「フィナンシャル・タイムズ」は「千本の針」と言っている。その違いがなかなかご理解いただけない。3本目の効果がすぐ出ないものだから、「どうなっているんだ?」と。そこは我々がもう少し力を入れていかなければいけないところかと思う。(04:04)
竹中:私も産業競争力会議のメンバーなので成長戦略については責任がある。実は昨日と一昨日、日本経済新聞社主催の「富士山会合」という、かなり大きな日米会議があった。総理もご挨拶に来ていらしたのだけれど、アメリカの方がその会議でこういうことを言った。「成長戦略は、今までの政権に比べたらよくやっているのは認める。しかし、たとえば移民問題への対応や労働市場の抜本的改革、あるいは農業の完全自由化といったことが見えないと、やはり海外投資家としては成長戦略が進んだようには見えない」と言う。我々なりに一生懸命やっている感覚と、外から見た感覚とのあいだでギャップがあるようだ。その点についてはどうお考えだろう。(04:51)
世耕:その辺については、私も外国メディアの取材を受けてよく説明している。我々としては、「基本的にはこう書けば100点満点はもらえるだろう」という答え自体は分かっている。ただ、政治はプロセスだ。そのなかで着実に物事を前へ進めていかないといけない。いきなり100点のところに着弾させるのも現実的ではなく、それではまったく実現しないという結果になってしまう可能性もある。従って、60点でも70点でも80点でもいいから物事を前へ進める。「それが安倍政権の特徴なんだ」という説明をと私はしていて、ある程度は納得をしてもらっている。(05:51)
その点は今回も成長戦略第2弾でも同じだ。100点ではないかもしれない。ただ、農業や医療の、それぞれ岩盤と言われていた部分で「そこまでやれるか」と、皆がハッとするような改革にコミットしていく。実際、今は自民党のなかでも相当抵抗が起きているような改革を、政権としてコミットし続けていくことが重要だと思う。(06:27)
竹中:政策というのは、特に成長戦略については「オール・オア・ナッシング」でなく地道な成果の積み重ねである、と。そのことをメディアがきちんと伝え、それを国民そして皆さまのようなビジネスリーダーの方々がどこまで理解して、応援していくか。その辺が重要なポイントなのだと思う。さて、それでは主役にご登場願いしたい。現在は政策の一環ということで、東京特区として都市開発が動き始める気配も出始めている。その辺の現状や課題認識を森さんにお伺いしたい。(06:50)
森浩生氏
森浩生氏(以下、敬称略):2020年に向けて、戦略特区として東京がどのように競争力を高めていくか。地方にも他にいろいろな特区があり、東京は都市政策をしっかりと打つことで都市間競争に勝っていかないといけない。森記念財団が2008年から発表している「グローバル・パワー・シティ・インデックス」(以下、GPCI)では、世界40都市のなかで東京は2008年からずっと4位だ。当初は1位のニューヨークで、それにロンドン、パリ、そして東京と続いていたが、2012年にロンドンが首位の座を奪った。そして2013年版でも、先月発表した2014年版でもロンドンが1位のままだ。(07:43)
どういうことかというと、2012年にロンドンオリンピックがあって、それに向けてロンドンは対策を打ってきたということだ。都市基盤整備を行うことによって都市間競争で1位になった。しかもロンドンは2012年以降も1位をキープしている。都市基盤の整備がいかに重要かという話だと思う。そのなかでは、やはり規制緩和が必要になっていく。それを特区でどのように崩していくかが重要なポイントだと思う。(08:59)
また、現在は4位の東京に続いて5位にシンガポール、そして6位にソウルということで、アジアの各都市が大変な勢いで迫ってきている。従って、東京だけで考えるのではなく、国をあげて東京の競争力を高めていくことが日本再生にもつながるのではないかと感じている。その意味でも、この国家戦略特区は非常に大事なきっかけになるのではないか。(09:37)
竹中:GPCIでも象徴的に表れているが、東京は良くなっている。今は4位だけれどもパリに肉薄していて、3位も視野に入ってきた。ただ、スコアを見てみると1位のロンドンにはさらに離されていて、5位のシンガポールとの差は縮まっている。日本も東京も良くなってはいるものの、世界が発展しているその速度はもっと速い。(10:08)
そこで森さんにもう1点お伺いしたい。今回、容積率の緩和が大幅に進んだ結果として、今後は次第に大きなプロジェクトも進んでいくようになる。しかも、今までは都市計画決定に大変な時間がかかっていたけれども、特区では早くなる見込みがついてきた。ここは民間で頑張っていただきたいところだ。ただ、それでもなお残る問題というか、民間として頑張れないポイントのようなものは何かあるだろうか。(10:46)
森:容積率の緩和は大変重要だ。GPCIでも都市機能の集積度というのがあって、これは東京が強い一つのポイントでもある。容積を積み増すことでいろいろな機能を複合的に合わせていくことはすごく大事だと言える。ただ、だからといって乱開発になってもいけない。どこもかしこも容積を上げていけばいいという話でないし、やはりしかるべき人がマスタープランを描く必要があると思う。(11:21)
それともう1つ。これは第3の矢につながる課題だけれども、人口減少ということが言われているなかで労働力をどのように増やしていくか。移民政策もあるし、甘利さんがおっしゃっていたように、女性が活用する場も広げていくといった制度改革を行っていかなければいけない。単純に容積を増やせば良くなるのではなくて、中身として何を入れるかが問われてくるのではないかと思う。(11:56)
竹中平蔵氏
竹中:容積率を大きく緩和して立派な都市をつくりたいというのは猪瀬直樹前都知事もよくおっしゃっていた。ただ、それでたとえば海外のCEOに来てもらおうと思っても、そのCEOのご家族が英語で医療を受けられるかといった問題がある。あるいは「子どもが英語で教育を受けることができるのか」「救急車の救命士は英語で対応できるのか」といったことが問題になっている。こうした点では、実は国や都の役割が大きい。結局、民間の役割も国の役割も明らかにあるのだけれど、その役割分担がうまくいっているのかという疑問がある。ともすれば、今は互いに批判をしているようなところがあると感じる。(12:26)
森:日本に来たCEOが何を気にするかと言えば、医療と教育の二つ。あと、外国の方は地震を経験したことがあまりないから、日本のビルにいて震度3程度の揺れが来ただけで恐れおののいてしまう。この点、日本は地震国家だから揺れるのは仕方がないけれど、高度防災都市にする必要はある。ただ、それは都市の問題なのか建物の問題なのかとなると、両方を整備していくことが、世界の人々に受け入れられる都市になることだと思う。(13:14)
竹中:重要な点をご指摘いただいた。そうした官と民のコーディネートに関して言うと、まさに今回のような会議がその役割の一端を担っていくべきなのだろうと思う。一方、政府としては民間にどういったことを期待していらっしゃるだろう。(13:52)
世耕:森さんがおっしゃる通りだ。容積率緩和を進めていくとして、それで乱開発になってはいけない。ロンドンは景観もすごくきれいにコントロールしているし、その辺は気をつけていただきたいと思っている。たとえば汐留の開発でも容積率を緩和したが、あそこをロンドンの方やニューヨークの方に見てもらうと「考えられない」と言われる。ビルがお互いに邪魔をしていて、せっかくのウオーターフロントなのに海が見える窓は限られている。普通、これは調整をして皆が海の見えるサイドをちゃんと確保したりするわけだ。その辺は民間にも対応をお願いしたい。一方、医療、教育、あるいは防災に関しては国の仕事として本腰を入れて取り組まないといけない。教育面でもバカロレアを相当数増やしたり、グローバルな大学を増やしていく。医療でも同じ。今後は国際的な医療に軸足を置いた医学部設立の構想なども進めたい。(14:09)
竹中:たとえば景観の重視は誰も反対しないと思う。ただ、それについて誰が具体的に何をすればいいのか。たとえばデベロッパーのほうで何か対応できるのかとなると、もう一つのプレイヤーがいて、それが実は地方自治体になる。開発許可などに関連する権限のほとんどは地方自治体が持っている。そこも巻き込んだ新しいシステムとして国家戦略特区が出てきたわけだ。それを今後は動かさなければいけないのだけれども、そこがぎくしゃくしている面もある。森さんはその辺に関して実感や要望が何かあるだろうか。この際、言ってしまってはどうだろう(会場笑)。(15:21)
森:特区という仕組み自体は、本来、「地方自治体が主導でやりましょう」ということで国から降ろしてきたものだ。ただ、東京都の場合は自分たちで動きたかったのだろうか、なかなかスポットが当たらないせいか足取りが重いと感じる。知事も特区の重要性はお分かりだと思うし、それを進めることが東京の競争力をつけるという認識はなさっていると思う。ただ、今一つ足取りが重い、と感じているのは私だけだろうか。竹中さんもよくおっしゃっていますよね(会場笑)。(16:07)
竹中:非常に感じているけれども、あまり言わないようにしている(笑)。(16:55)
→2020年までに何をつくり、その先何を残すのか?。第2回はこちら