初稿執筆日:2014年7月25日
第二稿執筆日:2016年6月13日
「空気清浄機おばさん」という言葉をご存知だろうか。微小粒子状物質「PM2.5」などによる大気汚染が深刻化している中国・上海市で、自らの健康を守るためとして、マスクとつなげた、重さ15キロもあるという空気清浄機を背負いながら買い物をする女性のことだ。各メディアで取り上げられ、中国の環境問題の末期的な状況を物語っている。
中国で大気汚染が最も深刻なのは北京で、多くの外国人ビジネスマンや中国人のホワイトカラー層が、「灰色の北京」から脱出し続けているという。実際、北京市の10万人当たりの肺がん患者は2002年の39.56人から2011年には63.09人に急増しているという。
我々は、隣国のずさんな環境政策を笑っていられる立場ではないことは、すべての読者諸兄が理解していることだろう。テレビ報道では、中国から飛来するPM2.5の日本列島への拡散が連日報道され、注意報も発令されている。
まさに、経営学者ピーター・ドラッカーの言うように、「環境破壊は地球上のどこで行われようとも、人類全体の問題であり、人類全体に対する脅威である」わけだ。
1. 地球を守る基本原則を認識せよ!
我々の生活や経済活動は、食料、水、空気、気候の安定など、「自然」がもたらす様々な恵み(生態系サービス)によって成り立っている。これらの生態系サービスは基本的に「タダ」だと思われていたわけだが、実はタダではない。人類の生活は良好な自然環境を前提にして成り立っているものであり、その前提が崩れると人類の生活は簡単に崩れ去ってしまう。「タダより高いものはない」のだ。
人類の経済・社会の活動はその基盤となる環境を持続可能に利用できることが前提になっている。このため、人類が地球上で生存していく上では、以下の2大原則が必要になる。
(1)自然を人間から隔離する(自然環境保護)
汚染の原因である人間による自然への接触を極力少なくし、ありのままの自然を極大化すること。
(2)人間による汚染を再利用する(循環型社会)
汚染源である人間がやむを得ず汚染する場合は、自然界から新たに採取する資源をできるだけ少なくし、製品の長期間の利用や再生資源化によって最終的に自然界へ廃棄するものを可能な限り少なくし、再利用を徹底すること。
2. 自然を人間から最大限隔離せよ!
まず、第1の原則、「自然を人間から隔離する」に関して論じていこう。まずは、現状の確認からだ。自然環境をゾーニングして保護する制度としては、以下のような諸制度がある。
(1)陸地
「世界自然遺産」
ユネスコの世界遺産のうち、自然遺産の評価は国際自然保護連合(IUCN)によって行われる。日本では「知床」「白神山地」「小笠原諸島」「屋久島」などが指定されている。
「自然環境保護地域」
自然環境をそのまま維持しようとする「自然環境保護地域」には、国が指定する原生自然環境保全地域と自然環境保全地域、都道府県が条例により指定する都道府県自然環境保全地域があり、現在、原生自然環境保全地域として5地域(5631ha)、自然環境保全地域として10地域(2万1593ha)、都道府県自然環境保全地域としても543地域(7万7398ha)が指定されている。
「国立公園」「国定公園」
国際自然保護連合(IUCN)による分類では、国立公園は「特別な自然現象の保護を主目的として管理される地域」とされ、世界最初の国立公園であるアメリカのイエローストーン国立公園や世界最大の北東グリーンランド国立公園を始め、世界に約7000ある。日本においては、自然公園法に基づいて指定される国立公園、国定公園及び都道府県立自然公園は、現在、国土の14.4%を占めている。近年でも、三陸復興国立公園の指定や慶良間諸島国立公園の新規指定、伊勢志摩国立公園、山陰海岸国立公園、大山隠岐国立公園の公園区域や公園計画の見直しなど、その拡充が進められている。三陸復興国立公園は、東日本大震災からの復興に貢献するため、自然の恵みと脅威、人と自然との共生により育まれてきた暮らしと文化が感じられる国立公園として新たに誕生したものだ。
この他、「保安林」「保護林」「文化財(名勝、天然記念物等)」として自然環境を保護する制度もある。
こういった制度によって、自然環境の管理の充実、適正利用の促進、自然再生の促進などが望まれる。
(2)川、沼地、湿地
日本も締結している「ラムサール条約」は様々な湿地の保全を目的とした条約だ。湿地は一般にネガティブな印象で捉えられ、安易な開発が進められやすい土地であったが、実は水鳥や魚類など様々な動植物の生息地として非常に重要であるとともに、飲料水や食料の供給機能、保水・遊水機能といった様々な恵みをもたらす大切な環境だ。
日本でも、湿地は全国的に減少・劣化の傾向にあるため、その保全の強化と、すでに失われてしまった湿地の再生・修復を進める必要がある。
ラムサール条約に関しては、国内では46カ所のラムサール条約湿地が登録されている。また、湿原、河川、湖沼、干潟、藻場、マングローブ林、サンゴ礁など、国内の500カ所の湿地を「日本の重要湿地500」として選定している。引き続き、湿地等の保全・再生、湿地の重要性の普及啓発が必要だ。
さて、今後の方針だが、100の行動61 国土交通5<発想を転換し過疎化を肯定的に捉えよ!地方都市への集住を促進し、都市化率を上げる政策を!>では、「過疎化を促進し、都市化率を上げよ」という提言を行った。これは、都市化率の向上によって経済成長を牽引させ、行政の効率を向上させるということだけでない。日本のこれまでの国土政策のように、「国土の均衡ある発展」と称して地方を必死に開発して自然を壊すことは、自然環境の破壊によって国力の減退につながるのだという点も強調した提言であった。むしろ、人間や産業の配置を都市に集中させ、過疎化させる地域は積極的に過疎化させることで、汚染源である人間から自然を守り、自然環境を守ることになるのだ。
したがって、国土交通編でも提言したように、地方における都市化率を積極的に向上させる政策を進め、人の住む地域と自然環境として残す地域を明確にゾーニングし、自然環境の保護を強化すべきだ。自然として残す地域に関しては、人間の居住を排除して自然環境を保護し、人間の利用は観光資源・エコツーリズム等としての活用に限定するのだ。より徹底した、自然を人間から隔離するための政策が必要となる。
3. 人間による汚染を再利用せよ!リサイクル・リデュース・リユースを全国で徹底せよ!
次に、第2の原則「人間による汚染を再利用する」である。
日本では高度成長期の公害問題や自然環境破壊をはじめとした多くの環境問題を克服してきた経験から、各種の世界トップレベルの環境規制が実施されており、特にリサイクル、リユース、リデュース等の循環型社会への転換への努力が積み重ねられてきた。
その結果、日本国内においては、リサイクルの推進によって、廃棄物発生量は減少し、今後も減少傾向に推移すると考えられている。2011年の日本における物質フロー全体を2000年と比較してみると、日本の産業及び生活のために新たに投入される天然資源などの量は、19億2500万トンから13億3300万トンへと約3分の2に減少している。最終的に処分が必要となるごみの量は、5600万トンから1700万トンへと約3分の1に激減している。循環利用される物質の量は、2億1300万トンから2億3800万トンへと2500万トン増加しており、循環型社会に向けて進んでいると言えよう。
しかし、循環型社会への取り組みは、未だ全国でムラがあり、我々の生活に密着した地方自治体の施策次第で、全国バラバラであるのが現状だ。一般ゴミの分別に関しても、横浜市や名古屋市のように家庭ゴミの分別を細分化し、先進的なリデュース・リサイクルを実践している大都市もある一方で、旧型のゴミ焼却炉しか持っていないため、あえてプラスチック・ゴミ等を一緒に燃やさざるを得ないといった小規模自治体もある。
一般ゴミのリデュース・リサイクルに関しては、先進的な自治体のノウハウを全国に展開し、ゴミの分別方法等も全国で統一化し、資源の循環化を徹底すべきだ。焼却炉などに関しては、市町村での自前主義を捨て、広域自治体での建造を進め、広域で協力して高性能の焼却炉を導入すればよい。
次に、産業廃棄物に関しては、日本の産業廃棄物の総排出量は約3億8470万トン、そのうち再生利用量が約2億542万トン(53.4%)、中間処理による減量化量が約1億6756万トン(43.6%)、最終処分量が約1172万トン(3%)となっている(2013年実績)。現状でも、半分以上がリサイクルされ、43%が減量化されているわけだが、そもそも産業廃棄物は技術革新によって資源化できる「資源」であり、産業廃棄物に関しては100%のリサイクルを目指したいところだ。
実際、産業廃棄物の再利用をビジネスにするリサイクルベンチャーは数多く出てきている。2000年創業のリサイクルワン(現・レノバ)は、プラスチックリサイクル事業、容器包装リサイクル事業などを手がけるベンチャーだ。レノバの創業者である木南陽介氏は、京大・マッキンゼー出身の異色な経歴の持ち主だ。レノバの他にも、汚泥、燃え殻、ばいじん、廃油、金属クズ等をはじめとする廃棄物を原料に、「代替燃料」や「セメント原燃料」「金属原料」等の再生資源を製造するベンチャーもある。
現在の技術で「すべての」産業廃棄物のリサイクルが可能かどうかは分からない。しかし、テクノロジーの進化によって、再利用できる領域はどんどん拡大していくはずだ。
産業廃棄物の再利用に関しては、特に工業製品については、設計段階からリサイクルを前提とし、環境負荷を最小限にする製造工程と物流システムの構築、さらには回収段階での静脈流を最初から組み入れたビジネスモデルの構築の3つのポイントが重要になる。
産業廃棄物の再資源化は、CO2排出抑制や資源採掘抑制などの面でも環境負荷の軽減に貢献するものだ。民間企業が資金と技術を投入して「産業廃棄物の再利用」をビジネスにする流れを強化できれば、この流れは加速化できる。政府には、民間企業がこれらに取り組むインセンティブ作りを徹底的に進めて欲しい。
4. 生物多様性の重要性を普及啓発し、自然教育の充実や外来種規制の強化を!
「自然を人間から隔離する」「人間による汚染を再利用する」という2大原則の徹底により、地球環境保護・循環型社会化を進めることで、生物多様性の保全もより強化できるようになる。
「生物多様性(biological diversity = biodiversity)」は、人間やその他の動植物が生きていくために必要な水や空気や環境を提供し、食料や燃料を供給するものであり、我々人間にとって生物多様性の維持は不可欠だ。
2010年10月、愛知県名古屋市において生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が開催され、2020年までの生物多様性に関する世界目標となる「愛知目標」が採択されている。日本を含む各国はその達成に向けた国別目標が課せられ、日本は「生物多様性の社会に置ける主流化」「森林を含む自然生息地の損失の顕著な減少」「侵略的な外来種の制御」「絶滅危惧種の絶滅・減少の防止」などの個別目標を掲げている。
しかし、日本では、生物多様性の重要性に関する意識がこれまで極めて低かったと言えよう。例えば、日本では外来種生物に関する規制が非常に緩いが、アメリカザリガニやカミツキガメなどの外来種の「侵略」による生態系への影響は、計り知れない。沖縄本島や奄美大島に持ち込まれたマングース、小笠原諸島に入ってきたグリーンアノール(小型トカゲ)などは、固有生物の宝庫であった島の生物を絶滅の危機に追いやっているのだ。
政府は、愛知目標の達成に向けて、「生物多様性国家戦略」を策定し様々な施策を講じているが、この生物多様性国家戦略の国民への認知度も極めて低く、生物多様性に関する国民の意識は低いままだ。
生物多様性の維持・向上のためには、「教育と啓蒙」及び「規制強化」が必要だ。「教育と啓蒙」に関しては、人々に生物多様性の重要性を周知するため、子供のころからの環境教育の拡充(小学校における自然体験、田舎体験の拡充など)、生物多様性の経済的価値の社会への普及が、「規制強化」に関しては、絶滅危惧種の保護強化、外来種規制の強化などが挙げられる。生物多様性の重要性を社会に普及啓発し、教育充実や規制強化などの政策を進めるべきだ。
5. 環境のジャパンスタンダードを世界に広め、システム全体を海外展開せよ!
世界においては、経済成長と人口増加に伴い、廃棄物の発生量が増大している。「世界の廃棄物発生量の推計と将来予測2011改訂版」によると、2050年には世界の廃棄物量は2010年の2倍以上となる見通しだという。特にアジア地域は世界の廃棄物発生量全体の約4割を占め、すでに、中国やインドなど、近年急速に工業化が進んでいる国々においては、日本が高度経済成長期に経験したような公害問題や、廃棄物処理に関する問題が発生している。
一方、高度成長期における公害の克服等の経験を持つ日本は環境先進国であり、大気汚染や公害対策、廃棄物の適正処理や3R(リサイクル、リユース、リデュース)への取組を通じて、政府・自治体・民間企業が多くの経験・技術・ノウハウを蓄積してきた。各種リサイクル法や焼却施設におけるダイオキシン対策、水銀などの有害廃棄物処理に関する厳しい規制などが整備され、民間も規制に対応した世界トップレベルの環境技術を有している。
そのため、世界、特にアジアの新興国において、自然環境保護・循環型社会を形成するために日本は大きく貢献することが可能なはずだ。環境に関するジャパンスタンダード・ルールを世界に広め、3.で述べたような産業廃棄物の再利用化の製造工程・物流・静脈流のシステム全体を海外展開することによって、リサイクル企業などの環境企業が海外マーケットに進出し、ジャパンブランドを向上させる。海外で競争力をつけた日本の環境企業は、技術革新によってさらに自然環境保護・循環型社会化に貢献するという好循環を形成して欲しい。
冒頭で述べたように、「環境破壊は地球上のどこで行われようとも、人類全体の問題であり、人類全体に対する脅威」である。日本の高い環境スタンダードと環境技術を世界に広め、この地球規模の問題に対応することが必要だ。政府には、各国をリードする高度な環境外交の展開を望む。自然を人間から隔離し、人間が汚染した物は再利用を徹底することによって、地球を守りたい。そして、綺麗な地球を子供たち、孫たちの時代にも残し続けたい。それが、現代に生きる僕ら人類全員の責務だと思う。