初稿執筆日:2014年4月25日
第二稿執筆日:2016年4月1日
東京から1700キロ南下した日本最南端の沖ノ鳥島で2014年3月30日、港湾施設工事中の桟橋が転覆し5人が死亡する事故が起きた。何ヶ月もの間船上で寝泊まりし、変わりやすい気象に左右される洋上での工事であったという。辺境の地で国益の最先端の現場を担われていた方々の尊い犠牲である。心よりご冥福をお祈りする。
なぜ沖ノ鳥島という辺境の小島で大型工事が行われていたのか。それは、日本の国益を守るためだ。日本の最南端の国土である沖ノ鳥島は、国土面積を上回る約40万㎢の排他的経済水域(EEZ)を小笠原諸島や南西諸島周辺の排他的経済水域と接する形で有しており、周辺の海底ではレアメタルなどの存在も認識されている。また、中国は同島を「島ではなく岩」と主張し、日本のEEZを認めない立場をとって中国海軍による周辺海域での大規模演習を続けている。中国を牽制し、日本の権益を守るためにも安全保障戦略上重要だ。
古来、他国と国境を接する大陸国家にとっては、辺境ほど国家防衛上重要であり、辺境にあらゆる資源を投入してきたのが歴史の事実だ。6000以上の島からなり、四方を海に囲まれている日本という島国にとって、辺境は「海」だが、島国であるがゆえにこれまでその意識は低く、海洋の重要性は認識されてこなかった。
しかし、海洋国家日本にとって、海洋は他国との国境という意味での重要性のみならず、広大な海はまさにフロンティアとして大きな可能性を持つ。日本の持つEEZは、前述の通り国土の12倍、世界第6位の広さを誇る。これまでの調査によって、メタンハイドレート、レアアースなどの各種エネルギー・鉱物資源が豊富に存在していることが確認され、日本が資源・エネルギー大国となる可能性も潜んでいる。
海洋基本法の制定は2007年、2013年には新たな海洋基本計画も策定された。経済成長の大きな可能性を有する海洋という新たな成長フロンティアの開拓と、その前提となる海洋統治の強化は、海洋国家日本にとって重要な課題だ。直前の100の行動65<海猿・海上保安庁の能力の抜本的な拡充を!>では、海洋を海上保安庁の立場で守る手法を提言したが、今回は海洋を経済的なフロンティアとして活用することを主眼に置いて提案する。
1. 辺境海域における離島の低潮線保全強化を!
「排他的経済水域及び大陸棚の保全及び利用の促進のための低潮線の保全及び拠点施設の整備等に関する法律」(低潮線保全法)が成立し、低潮線を保全していくことが決まった。
EEZの幅を測定するための基線は、通常は海岸の低潮線とされている。海洋国家である我が国が発展するためには、EEZの基点となる辺境海域離島における低潮線の保全は重要だ。特に先述した日本の最南端の国土である沖ノ鳥島は、国土面積を上回る約40万㎢の排他的経済水域を提供する島であり、極めて重要な離島だ。
従い、今回の悲惨な事故の原因を徹底的に究明しながらも、事故の再発防止を期して、継続的に低潮線を保全する工事を継続することを望みたい。
こういった離島における海洋資源の開発・利用、海洋調査等に関する活動をさらに活発化し、実効的な管理を行うことがとても重要だ。
2. EEZを確実に統治するための海洋法制の整備と管理の推進を!
日本のEEZは日本の国土面積の約12倍におよぶ、世界で第6位の広さの管轄海域だが、実はこの管轄海域は1994年に発効した国連海洋法条約によって得られたものであり、歴史が浅く、新しい空間だ。
このため、この広大な管轄区域を管理するための法体系も不備があると同時に、実質的な管理も進んでいないのが現状だ。現行の「排他的経済水域及び大陸棚に関する法律」は、EEZを設定し、そこに陸上において適用されることを前提とした法令を適用することを定めているのみだ。これでは、EEZにおいて具体的にどのような法令がどのように適用されるのかも不明確で、EEZにおいて開発行為や構築物の設置等を行う際に必要な手続についても明らかになっていない。
このため、日本のEEZを確実に保全・管理し、積極的に開発・利用していくための海洋法制の整備を早急に進める必要があろう。
具体的には、EEZの管理に関する国や地方自治体の役割・責任の明確化、EEZにおけるエネルギー・鉱物資源開発などの開発行為や人工物、施設の設置行為をしようとする場合に必要な許認可・手続き・発生する権利関係の明確化などを規定する法律が必要であろう。
加えて、EEZの管理・保全を実質化するため、海上保安庁と連携しながら、海域内に浮体式マリンフロート(洋上基地)を設置し、水域等の保全、管理、JAXA(宇宙航空研究開発機構)などの地球観測衛星と連携した気候メカニズム等の解明、海洋調査船と連携した海洋資源探査、潮力発電・風力発電などの環境技術の実験施設などに活用する必要があろう。そういった活動を通じて、実質的にEEZを管轄していくことが重要だ。
3. 中国との辺境海域における積極的な資源開発の姿勢を!
海洋における資源開発は、経済政策というよりも安全保障政策として極めて重要な意味を持つ。
東シナ海のガス田開発を巡っては、2013年7月に中国が新たなガス田開発の施設の建設を始めたことから問題が再燃している。そもそも、この問題は日本の辺境海域における資源開発の消極姿勢が、積極的膨張指向の中国に付け入られた側面が否めない。
この海域においては、両国のEEZ境界線に関し、日本側が両国の海岸から等距離にある中間線を主張しているのに対し、中国はそれより東側の大陸棚沿いで沖縄本島のすぐ西のあたりを主張している。国際司法裁判所の判例から考えれば、日本の主張が認められる公算が高いにも関わらず、中国側が提訴を拒み、既成事実を積み重ねるためにガス田開発に乗り出しているのだ(ただし、ガス田開発は日本の主張の中間線より数キロ中国側である)。
2004年、中間線から4キロ中国側のガス田「白樺」でパイプラインの建設を始めたことが発覚し、2005年にはガス田「樫」の掘削も開始された。2008年には日中両政府でEEZの境界線問題は先送りして「白樺」に関しては共同開発で進めることが合意された。今般、その共同開発の合意を破って中国側によるガス田開発が再開されたわけだ。
実はこの海域の天然ガスの埋蔵量はそれほど多くない。さらに日本にとっては、この海域と領土の間に沖縄トラフが存在するため、パイプラインも引くことができず、経済的にペイするとは言い難い。
しかし、中国は、経済適合理性よりも安全保障上の観点で強硬な開発を進めていると考えるべきだ。中国は経済的にペイするはずもないこの地域のガス田施設と称して、16基の構造物を建設しているが、外務省公開の防衛省の撮影した写真を見ると、ほとんどのガス田の基地はヘリポートが付いている。こうした施設にレーダーが配備され、ヘリポートや無人機の基地を作られたら安全保障上大きな脅威である。日本は国際司法裁判所への提訴を含めて毅然とした対応が必要だ。
この海域に限らず、これまで日本は辺境海域における資源開発に関しては経済合理性の観点から消極的姿勢を通してきたが、経済的な観点ではなく安全保障上の観点から、積極姿勢に転じるべきだ。
4. メタンハイドレード・レアメタル等の海洋資源開発を進めよ!
安全保障上の観点だけでなく、近年の技術の進展により、海洋の資源やエネルギーを我々の経済活動に活用できる可能性は多いに高まってきた。海洋は大きな可能性を秘めたフロンティアであり、海洋立国による経済成長の実現を、成長戦略の柱の一つとして位置付け、投資を進めるべきだ。
メタンハイドレードは、天然ガスの主成分でもあるメタンに水が結合して凍った状態になっているものだが、解凍するとメタンガスと水に分解され、約170倍の容量のメタンガスが発生する。大量に抽出することができれば、天然ガスの生産量を一挙に拡大できる。このメタンハイドレードが日本近海の海底に広く分布していることが経済産業省やJOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)などによる長年の調査によって判明した。
現在のところ掘削方法を確立できていないが、政府は掘削方法を含めて技術的な課題を解決し、2020年代の前半にはメタンハイドレードの商業生産を開始することを目標にしている。成功すれば、アメリカのシェールガス革命以上に日本のエネルギー戦略は大きく変わるはずだ。
日本の広大なEEZに賦存することが見込まれるのはメタンハイドレードだけではない。石油・天然ガス、海底熱水鉱床、コバルトリッチクラスト、レアアース、レアメタル等の存在が認識されている。こういった海洋エネルギー・鉱物資源について積極的に投資を進め、活用する技術の開発を進めるべきであろう。
他国に先駆けて海洋開発に関する技術革新と新産業創出を進めれば、日本の産業競争力強化に大いに貢献する。海洋というフロンティアの開拓は、他の技術分野、他産業でのイノベーションも期待できる。日本の産業競争力を強化する成長戦略として、海洋技術開発を積極的に進める必要があろう。
5. 「海洋立国」のビジョンを明確化し、総合海洋政策本部を強化せよ!
日本は、海洋立国を目指し、2007年に海洋基本法が制定された。全閣僚メンバーで構成する総合海洋政策本部が作られ、首相が本部長を務め、新たに海洋政策担当大臣を置かれた。しかし、海洋政策担当大臣は国土交通大臣の兼任、総合海洋政策本部も、海洋政策を一元的に立案・実施する機関とはほど遠く、各省庁間の総合調整にとどまり、縦割りを排除した総合戦略を実行する実質的な司令塔とはなっていない。年間1兆円超の海洋関連予算も省庁積み上げ式に決められている。
日本にとっての海洋政策の重要性を鑑みれば、総合海洋政策本部は、省庁間の調整だけでなく、海洋政策の企画・立案・予算配分・実施のすべてにわたって他省庁に対する勧告権が与えられる強い権限を有する組織・体制にする必要がある。
総理のリーダーシップの下、総合海洋政策本部に強い権限を持たせて、改めて海洋立国のビジョンを明確化すべきだ。辺境海域の積極的な資源開発、EEZの積極的な活用、経済成長に資する海洋資源の積極開発、海洋外交の積極推進といった国家としてのビジョンを力強く発信して欲しい。
海洋権益は日本の国益であり、海洋外交を積極的に推進することで国際的なルール形成や国際世論の形成に日本が主導的な役割を果たすことも重要だ。
特に環境問題において、海洋は森林と同様に二酸化炭素吸収源、気候システムにおける環境調節役として非常に大きな役割を果たしている。その海洋を含む地球の気候変動のメカニズムを具体的に明確化して世界に発信し、気候変動や海洋汚染等のグローバルな環境問題のルールメイキングにも海洋国家日本が指導的な立場を取っていくべきであろう。
そういった環境問題に加え、海洋資源の開発・利用、水産資源の漁獲規制、海賊対策、シーレーンの安全確保等の海洋に関する国際秩序及びルール形成などに海洋国家として日本が積極的な外交を展開する必要がある。
僕は、2014年のダボス会議の場で、「海洋」をテーマにしたプライベートな朝食会に参加した。感心したのは、参加者の幅の広さだ。国連の高官、オックスフォード大学の海洋系の学者、米国のロビイスト、メディアのジャーナリストやコンサルタントなどだ。どうやって海洋の保全を行うべきかの議論がされて、さまざまなアイディアが出てきた。「YouTubeに投稿しよう」「メディアで記事化しよう」「次のダボス会議のアジェンダに設定しよう」「次のコンファレンスでスピーチして欲しい」「米国の議会で質問し、提言してもらおう」などの提案があり、実際に国際世論を動かす手法・力を垣間見た気がする。
日本が、調査捕鯨の国際司法裁判所で国際捕鯨取締条約違反との判決を受け、敗訴したのは、記憶に新しいところだ。今後は、日本政府は、国際世論を動かす方法論をもっと考慮し、戦略的に活動することを期待したい。そのうえで、「海洋立国ニッポン」として、海洋統治を強化し、新たなフロンティアを開拓する必要があろう。頑張ろうニッポン!