事業展開のスピード感を求めソニーから楽天に転職を決意
岡島:田中さんは、1999年に日本大学法学部を卒業後、ソニーコミュニケーションネットワークに入社されました。しかし、その11カ月後には楽天に転職しています。設立まもないベンチャーに飛び込んでいったのは、なぜですか。
田中:僕が就職先としてソニー(コミュニケーションネットワーク)を選んだのは、「大きな会社のほうが大きなプロジェクトに携われるだろう」という単純な思い込みからでした。しかし入ってみてすぐに、「どうやらそういうことでもないらしい」と、気づいてしまったのです。学生時代にインターンシップでお世話になったベンチャー企業などと引き比べても、むしろ、慎重に過ぎて、動きが遅いように感じました。実際、よくよく考えてみると、amazonにしてもeBayにしても最初から大企業だったわけではない。そこで、「新しいことに挑戦するのであれば、ベンチャーのほうが取り組みやすいのかもしれない」と、結論を出したわけです。
岡島:インターネット関連のビジネスに携わるということは、決めていたのですね。
田中:そうです。僕が大学時代を過ごした時期というのは、米国でYahoo!やNetscapeが上場した時期と重なるんです。そんなこともあって、「インターネットって凄いな。これで何かやりたいな」ということは、ずっと考えていました。インターンとして行ったのもインターネット関連の会社です。
岡島:大企業からベンチャー企業に転職する"リスク"というのは考えなかったのですか。
田中:考えませんでした。というか、むしろ、「ベンチャーのリスクって何?」という感じでした(笑)。これは僕が、その辺りの認識が変化し始めた時期に学生時代を過ごしたから、そんな風に思うのかもしれません。
岡島:どういうことでしょう?
田中:僕達の前の世代にとって"イケてる"ビジネスマンというのは、商社マンや大手企業のサラリーマンだったと思うんです。ところが、外資系金融の台頭やネットバブルの興隆によって、流れが大きく変わりました。それまでは凄い人でも年収1000万円、2000万円という世界だったのが、同世代で、自分が本当にやりたいことや、社会のためになることをしながら、億単位のお金も稼ぐ人が出てきた。僕の場合は学生時代に、サイバーエージェントの藤田(晋・社長)さんらと身近に接する機会もありましたので、ベンチャー企業に対して、余計に抵抗感が少なかったのだと思います。
岡島:なるほど。それで、楽天では思ったとおりの働き方ができたのでしょうか。
田中:非常にやりがいがありました。僕は、オークションやブログサービスの立ち上げなどを担当したのですが、まだ社員も少なかった頃ですから、勢い、何もかもを自分自身で考え、決めることになる。おかげで短期間に様々な力が身に付いたと思っています。
岡島:しかし、4年半後の2004年末には(趣味で作り、公開していたSNSを商業化する形で)グリーを設立して独立されました。田中さんには楽天に残るという選択肢もあったはずですが・・・。
田中:幾つかのサービスを立ち上げた時点で、「これ以上やっても、あとは"繰り返し"だな」と考えるようになったんです。入社当初のような、スピード感を持って自分が成長していく喜びは得られなくなっていくんだろうな、と。僕はもともと、平社員から課長、部長…と、昇進していく仕組みには興味はありませんでしたし、社内におけるポジションが上がることへの期待より、ゼロから何かを成し遂げるような生き方を選びたいと思いました。そんなとき、自分の提案していた、とあるサービスの立ち上げが経営会議で不採用となったんです。
20歳代後半の起業は決して早くない、むしろ遅い
岡島:それが独立を考える契機となった?
田中:「自分が経営者だったら、こんな風にするのに」と考える場面は、それまでにもあったのですが、経営の自由度、とりわけファイナンス面のレバレッジを持ちたいと、さらに強く思うようになりました。もう一つの理由は、自分が開発したサービスへの愛着心ですね。人に使われている限り、どんなに一生懸命に作って育てても、自分のモノにはならない。大切な子供を捨て子にするようなことは、自分の性には合わないなと考えました。
岡島:田中さんが楽天にいたのは、同社が急速な事業拡大を進めていた時期ですよね。ベンチャー企業の成功過程を内側で体験していたからこそ、「自分にもできる」と思えたようなところはありますか。
田中:そうですね。楽天が社員50名ぐらいから、一気に1000名ぐらいまで増えるのを見て、「成長過程にある会社というのは凄い」ということは感じていました。規模が大きい会社ということではなく、成長する会社。それを経験した楽天の取締役は幸せだったろうな、と思うし、自分もそういう会社を作りたいと思いました。
岡島:グリーの設立から約1年で、インターンも含めると30名以上のスタッフを抱える会社にされました。スタッフの平均年齢は25歳、田中さん自身も弱冠29歳と、非常に若い会社です。
田中: 僕は自分では(起業時の年齢は)若くないと思っているんです。楽天にいた時には、むしろ「早くスタートしなければ乗り遅れる」という焦りのほうが強かった。
岡島:それは面白いですね。私の観察では、30歳代後半に起業家精神を持った人材が多く、30歳代前半に断絶があり、20歳代後半にまた起業家精神を持った人材が多く見受けられます。田中さんは20歳代後半の起業家の代表格ですね。
田中:僕も実は、岡島さんと全く同じように観察していました。今の20歳代のビジネスパーソンというのは昔と比べて随分、変わったと思うんですよ。企業を規模や知名度などの\"ブランド"では判断しなくなってきている。一方で、35歳ぐらいまでの世代。この世代は一番、変化を分かっていない感じがします。
岡島:この違いというのは、どういった背景から生まれたのでしょうか。
田中:やはり大きく影響したのは社会環境の変化ではないでしょうか。例えば僕の世代というのは、中学生、高校生の頃からバブル崩壊を目の当たりにして、「日本はこのまま終わってしまうらしい」「その中で自分のことは自分で何とかしなければならない」というような危機感を持っていた。そして一方で、先にも挙げた米国のネットベンチャーの成功などを耳にしていたわけです。「米国では世の中を変えつつ、同時にビジネスとしても成功する事例が、どんどん出てきているらしい」。少なくとも僕の場合は、そうした体験や情報から知らず知らずのうちに、起業家精神が醸成されていった気がしています。
岡島:田中さんと同世代の方の中にも大企業への就職を好む方は当然、いらっしゃるわけですが、ご自身との違いはどんな点にあると思われますか。
田中:一つにはもちろん、性格的なものが挙げられますよね。例えば、僕は(サッカーの)中田英寿選手と同い年なのですが、学生時代、「中田選手は20歳で既にワールドカップに出場するなど活躍しているのに、なぜ自分は出て行けないのだろう」と、競争心を燃やしていました。成功している同世代を見て、「あいつは天才、でも自分は違う」とは絶対に思いたくなかった。もう一つは、環境でしょうか。例えば、シリコンバレーに起業家が多いのは、知り合いの知り合いぐらいの、2度先、3度先くらいの身近なところに、マイクロソフト、eBayやGoogleで成功した人がいたからではないかと思うんです。成功事例が身近にあると当事者意識は高まる。僕の場合は、インターンシップ制度などを利用して、自ら進んでベンチャー企業に身を置いていました。
「波が来たときに沖にいないと負け」時流を読んで飛び込む勇気も必要
岡島:起業してよかったと思うのは、どんな時でしょう。
田中:毎日が右肩上がりで、とにかく幸せ、楽しいです。高度成長期の日本って、こんな感じだったのではないかなぁ。フォーラムの前半に、ベンチャー経営にも2段階あって「ゼロから1にする能力」と「1から100にする能力」が求められる、なんて話が出ましたが、僕の性格は、ゼロから1にするのに向いているのかもしれません。
岡島:大企業で働くのとは、まるで違いますか。
田中:そうでしょうね。僕の場合、大企業で働いていたら、脱力感というか無力感のようなものを感じてしまったのではないかと思います。企業に就職した友人から、「頑張っても無駄、というような雰囲気が蔓延しており、仕事をしていても自分の将来に可能性が見出せない」なんて話を聞くと、やはり起業してよかったなと思う。自分の人生は自分の意志で決めていきたいですから。
岡島:ただ、世間では一連のライブドア問題の影響などもあり、ベンチャー企業全体のイメージが低下していると思います。
田中:十把一絡げに判断されてしまうのは、つらいですね。ビジネスである以上、収益を上げるのが大前提ですが、僕はそこに夢がなければいけないと思う。金儲けだけに熱心になるのではなく、自分自身が使いたいと思うサービスを作り出し、それをできる限り多くの人に利用してもらいたいと思っています。そこを是非、分かってもらいたいですね。
岡島:グリー以外のベンチャー企業についてはどうでしょう。私は、孫(正義)さんの第1世代、堀江(貴文)さんや藤田(晋)さんといった第2世代と、ネットバブル崩壊後の2000年以後に起業した、田中さんや内藤(裕紀・ドリコム社長)さんといった第3世代のベンチャー経営者とでは、どこか性質が違うように感じているのですが。
田中:そうですね。僕の実感としては、企業ミッションが明確で、同時に地に足のついたベンチャー企業が、ここ数年間で増えてきている気がします。
岡島:勤める人にとっての、リスクも減少していると思われますか。
田中:そう思います。経営者として個人保証を入れなければならないケース、などというと話は別ですが、社員として勤務するだけであれば、リスクはほとんどないと言ってよいのではないでしょうか。むしろ、今、ベンチャー企業に就職するのは、チャンスだと思います。経済が「慣性の法則」に乗っている時点で、大企業では大きな発展は望めないわけですから。
岡島:ただ、「先が見えない」といって将来に不安を抱く人もいますよね。
田中:個人的には、「正解がないビジネスプランには人生をかけられない」という発想はおかしいと思っています。何事も、やってみなければわからない。例えば、共感できるベンチャー企業や経営者に出会えたとして、「でも、将来のことが分からないから」と入社を躊躇するのは、「結婚できるかどうかわからないから、この女性とは付き合わない」と言っているのと同じです。例えば、楽天が球団を買うなんて誰も思っていなかったでしょう? 世の中では頭で考えられる以上の凄い成長が起きる。想像力を持って成長性を図り、それを信じ抜けるかが、成長途上のベンチャー企業に飛び込めるか否かの分かれ道になるのでしょうね。
岡島:今、道を迷っている若いビジネスパーソンに向けて、メッセージをいただけますか。
田中:僕は、「同じエネルギーをかけるのなら、意味のあることにエネルギーを注ぐべき」と考えています。人間は、年齢を重ねるにつれて気力・体力ともに減少していきます。また、積極的に自己啓発をして自らの付加価値を向上させ続けなければ、市場における価値は相対的に減退するばかりです。ですから、若いうちに"若いなりの価値"をどこにつぎ込むかというのは、非常に大きな問題だと思います。漫然と日々を過ごすのではなく、そこをもっと戦略的にやってほしい。今いる環境で、自身の成長を感じられないというなら、今すぐ辞めるべきです。
僕の持論は、「波が来たときに沖にいないと負け」ということ。学生時代、「インターネットビジネスはもっと拡大する」と思ったから、具体的にどんなビジネスを作ればいいかは分からなったけれど、とにかくネット企業に飛び込みました。波に乗るためには、そうした思い切りも必要だと思います。