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市場の歪みを是正し、世界で戦える産業を創出する競争政策の実現を!

投稿日:2014/09/29更新日:2019/04/09

初稿執筆日:2014年9月29日
第二稿執筆日:2016年7月3日

 経済学の祖、アダム・スミスが「国富論」で、神の見えざる手と表現した「自由な市場」は、シュンペーターもイノベーションの源泉として重視している。市場における自由な競争は経済成長の源泉だ。

 このため、適正な市場競争を担保すべく、各国は競争法を整備している。先進国に加えて今世紀に入って途上国も続々と競争法の整備を進め、世界で競争法を導入済みの国・地域は100を超えた。EUにおける「競争法」、アメリカにおける「反トラスト法」、そして日本では「独占禁止法(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)」がそれだ。

 しかし、グローバル化が進展し、ITの発展等によって市場構造が変化する中、欧米においては制度変更も行われ、適切な競争政策が実施されている。現状では、欧米では行われている「競争政策」が、日本では単なる「独占禁止法政策」になってしまっている。

 日本でも、独占禁止法政策から競争政策に切り替え、日本の競争政策を欧米水準以上に高める必要がある。ここでは、3つの視点で「行動」を提言していきたい。

1)経済的弱者を守るための独占禁止法政策ではなく、世界で戦える産業を創出する競争政策の実現を!

2)市場の歪みを是正・排除し、「官製市場」にも公正な競争が行われる競争環境の強化を!

3)自国産業保護の手法として独占禁止法を活用することを許さず、外国企業からの独占の弊害を除去しつつ、各国の競争政策の政策調整を主導せよ!

 公正取引委員会は、その名の通り、「公正な取引」を担保することを使命とする組織だ。そのためには、世界市場で捉え、市場の歪みを排除し、世界標準で公正な競争が行われる競争政策が重要となる。

1. 経済的弱者を守るための独占禁止法政策ではなく、世界で戦える産業を創出する競争政策の実現を!

 マイクロソフトやサムスンのように、高い市場占有率が国際競争力を生み出している現状を踏まえれば、国内の市場占有率の高さによって事前規制するような競争政策(独占禁止法政策)は、逆に企業の国際的な競争力を殺いでしまうといえよう。

 古来、経済学では、市場が「独占」されると市場原理が働かなくなるため、企業数が多いほうが望ましいという考え方がとられてきた。その結果、市場占有率が高くなりすぎる合併を規制し、市場の集中を防止することで、市場支配力を持つ企業の出現を防ぐ規制がとられていた。

 しかし、近年では、例えば、パソコンOSの全世界の市場を独占してきたマイクロソフトや、政府主導で国内寡占を実現して世界のマーケットに躍進していった韓国のサムスンなど、独占や寡占によって成長を牽引している事例は数多ある。最近では、NY市場に上場し、楽天の10倍以上で、トヨタを超える時価総額となったアリババ等は、諸外国の競合を締め出して、国内で独占状態を創りだした最新の事例でもある。

 企業数を増やすことよりも、むしろ合併や市場の独占・寡占によるコスト削減などで競争力を高めることで、消費者にもメリットを与えることが可能となることもある。つまり、独占は必ずしも悪ではないということになる。

 実際、アメリカでも一昔前は、競争者の数を増やすことが競争を促進させることとなるとの考え方のもと、大企業を分割したり、中小企業を過剰に保護したりという政策がとられてきた。だが、1970 年代以降、規制を緩和し合併を広く容認する立場へと移っていった。

 これは、米国経済の競争力が鈍化するにつれ、経済効率を重視する「シカゴ学派」の影響力が増大したためだ。シカゴ学派では、新規参入が阻害されていなければ、独占企業といえども参入を想定した価格を設定せざるを得ず、実質的には競争状態と変わらないという考え方が取られる。

 この結果、1992 年米国合併ガイドライン(1997 年改訂)では、「市場支配力」(Market Power) を形成・増幅する合併「のみ」を禁止する規制内容に至っている。

 この、市場支配力を形成・強化する合併「のみ」を禁止する競争政策は、今ではEUや日本においても取り入れられているとされる。実際、近年の公正取引委員会の方向性はかなり変わってきていると感じられる点もある。しかし、日本の公正取引委員会は、恐る恐る変化に対応しているにすぎず、日本ではいまだに、競争力強化を重視しない古い独占禁止法政策が根強く残ってしまっているように感じる。

 一例を挙げよう。2012年、新日本製鐵と住友金属の合併計画について、公正取引委員会は独禁法に違反しないとして合併を認める判断を下した。近年、2006年のミタル(オランダ)によるアルセロール(ルクセンブルグ)の買収、2007年のタタ(インド)によるコーラス(イギリス)の買収等、世界的規模で鉄鋼会社間の統合が進んでいる中、日本企業の競争力の強化につながる合併が認められたことは評価すべきだが、そこには2つの問題があった。

 新日本製鐵と住友金属の合併については、 

①市場の地理的範囲について、国境を越える市場が画定されるか、

②合併による効率性が評価されるか、 

が争点であった。

 まず、市場の地理的範囲について、産業界は市場のグローバル化を踏まえてその地理的範囲を判断すべきだとして、地理的範囲について「東アジア」市場とすべきとの主張がなされた。しかし、公取委は、価格が5~10%上がっても国内ユーザーが海外メーカーに切り替えることがないことを理由に地理的範囲を「日本全国」として、国境を越えた地理的範囲を画定しなかった。

 また、合併による効率性についてだが、合併によってコスト削減が達成されれば、国際競争力を強化し国民経済にとって利益をもたらすはずであるが、公取委の判断では、この点についてはまったく考慮されなかった。

 これが日本の独占禁止法政策の現状であると言える。

 グローバル化する市場で、巨大化・多国籍化が進んだ米欧企業や国内寡占を競争力の源泉とする途上国企業と戦う日本企業だけが、日本の独占禁止法政策の足かせをはめられたのでは、まともな競争などできはしない。

 日本でも一刻も早く、競争政策への脱皮が必要だ。そのために、日本の公正取引委員会にも、発想の転換を迫りたい。世界次元で市場を捉え、合併による効率性をより重視し、単に市場を占有する独占を禁止するような外形標準的な合併規制から脱却して欲しい。

 競争そのものを育成する競争政策の方向性をより強化し、よりスピーディーに変革を進めるべきである。

2. 市場の歪みを是正・排除し、「官製市場」にも公正な競争が行われる競争環境の強化を!

 日本の公正取引委員会は、経済産業省以外の所管のさまざまな業界(たとえば交通分野や医療分野)については、業法との関連からプロアクティブなスタンスをとらないという事例が見受けられる。競争政策の観点からは、省益を超え、各省庁の業法運営に対しても、公正取引委員会が、積極的に関わっていくべきであろう。

 ここでは、以下2つの分野を例として取り上げて、市場の歪みを是正し、公正な競争政策を実現することを期待することとしたい。

1)空港、港湾、有料道路、上下水道といった利用料金を伴う公共インフラはすべて民間開放せよ!

 一般の企業は競争にさらされている一方で、まったく競争にさらされていないのが、公企業だ。競争政策上の観点からは、公企業の活動領域を可能な限り小さくし、官製市場を徹底的に民間開放することが求められる。日本における公企業の民営化は、古くはJRやNTT、JT(日本たばこ)などが進められてきたが、民間開放できるものはまだまだある。

 その一例が、利用料金を伴う公共インフラだ。利用料金を伴う公共インフラには、空港、港湾、高速道路、そして上下水道などがある。

 こういった公共施設の建設、運営等を民間に委託するPFI(Private Finance Initiative)は、日本でも1999年に制定されたPFI法に基づいて活用されており、これまでに約400件、累計4兆2477億円の事業にPFIが使われている。

 しかし、日本のPFIは、羽田空港国際線地区や衆議院新議員会館の整備といった数百億円規模の事業は少数で、ほとんどは初期投資額が数十億円以下の小規模のもので、かつ、学校、病院、公務員宿舎といったハコモノ施設整備事業に偏っている。規模が小さいだけでなく、これらがすべて「延べ払い型PFI」と呼ばれる類型のPFIであることだ。

 一方で、PFIが進んでいる欧米諸国をみると、イギリス、フランス、スペイン、ドイツ、アメリカ、オーストラリアなどでは、空港、上下水道、有料道路、交通機関、港湾施設など、利用料金を伴う公共インフラが、運営権ごと民間委託されるコンセッション方式で広く民間開放されている。

 「コンセッション方式」とは、所有権を保持したまま公共施設の整備改築・維持管理・運営権を一括して民間事業者に委託する方式だ。「延べ払い方式」では、所有権を保持して運営権を委託していない。単なる工事代金の延べ払い、つまりファインナンス機能として民間企業を活用しているだけである。

 諸外国ではコンセッション方式によって、官製市場を民間開放し、競争によってサービスの向上や企業競争力の強化に成功し、さらには、公的資金を一切入れずに、利用者増による利用料金増で財政健全化にも貢献させている。

 2012年のPFI法改正で、日本でもコンセッション型のPFIが法的に可能となった。さらに昨年の法改正で、官民連携によるインフラファンドの機能を担う株式会社民間資金等活用事業推進機構を設立し、コンセッション型のPFI事業への民間投資の呼び水を作っている。

 あとは政府としての一貫した姿勢が必要だ。今後の公共施設の新設・増改修において、順次コンセッション方式を導入していき、空港、港湾、有料道路、上下水道といった大規模公共インフラで利用料金を伴う公共施設は、すべてコンセッション方式で民間開放するべきだ。

 公正取引委員会の職務範囲となりえるかは判断が分かれるところだかが、積極的に官製市場における公企業との競争を促して欲しいところだ。

2)医療・介護分野:補助金による市場の歪みを是正せよ!

 さらに、公企業以外に問題が多いのが、市場を歪め民業を圧迫する医療介護分野における補助金の問題である。

 以下は、御立尚資氏が委員長を務める経済同友会の医療・福祉改革委員会の提言「医療・介護サービスの生産性改革を」の抜粋である。(http://www.doyukai.or.jp/policyproposals/articles/2014/pdf/140624a_02.pdf

 「特定法人(公的・公設病院、社会福祉法人)に対する優遇制度が市場を歪めており、かつ、それら特定法人の多くは生産性が低いまま維持されている。医療分野においては、公的・公設病院に約1兆円の補助金等が交付されている。中でも、自治体病院については、この補助金等の仕組みが実質的に赤字補填となっており、生産性向上を行う意欲が構造的に阻害されていると言わざるを得ない。

 介護分野においては、広範囲の社会福祉法人に対して、施設・設備の創設/改築に対する補助金の交付、税制優遇措置等が行われている。本来、民間営利法人によるサービス供給だけでは不十分だと考えられる分野(過疎地など)において、社会福祉法人へ補助金を支払い、社会サービスの充実を図ることがその趣旨であったと思われる。しかしながら、民間営利法人によるサービス供給が十分に行われている地域等においても補助金・優遇措置の提供が広く行われ、市場の健全な競争環境に歪みを生じさせている感は否めない」

 つまり、民間の医療法人があるにもかかわらず公的・公設病院に合計で1兆円の補助金が支出されており、同様に介護分野においても民間営利法人と競合する地域で、社会福祉法人に補助金が支給されているのである。

 公正取引委員会としては、この補助金による民業圧迫をどう捉えるべきであろうか。公正な競争が促進されていると判断すべきであろうか。税金が投入されていることにより、市場が歪められ、公正な取引が阻害されている分野にも、ぜひとも何らかの関与を期待したい。

3. 自国産業保護の手法として独禁法を活用することを許さず、外国企業からの独占の弊害を除去しつつ、各国の競争政策の政策調整を主導せよ!

 今世紀に入って、世界的に競争法を導入する国が急増していることは述べた。特にアジアでは中国独占禁止法(2007年制定、2008年8月施行)をはじめ、マレーシア(2010年)、ラオス(2004年)、ベトナム(2004年)、シンガポール(2004年)、タイ(1999年)など、過去10年で法整備が急速に進んでいる。

 問題は、企業のグローバルな活動が拡大する中にあって、各国の競争法とその運用がバラバラなことだ。

 特に中国は、国内産業保護を目的としているかのような独禁法の適用強化が目立つ。

 2009年には、米コカ・コーラ子会社による中国の飲料メーカー買収計画を禁止する決定を下し、同年、三菱レイヨンによる英ルーサイト買収に対しても、ルーサイト中国法人の年間生産能力の 50%を分離し、一括して第三者に売却することや、買収後5年間は中国国内の同業他社を買収しないこと、買収後5年間の工場新設の禁止など、多くの条件を課した。

 2014年にも、価格カルテルで自動車関連の日本企業12社を摘発し、10社に総額約200億円の制裁金を科しているし、ソフトウエアの抱き合わせ販売やライセンス料の不正計上などで米マイクロソフトやクアルコムの調査、独ダイムラー、アウディなど米欧の自動車大手にも調査を入れるなど、外国企業を狙って国内産業を保護するがためのような摘発や調査が行われている。

 独占禁止法は企業活動を制限する強力な政策手段であり、運用次第では、保護主義にも使われかねない。しかし、競争政策の分野には、世界貿易機関(WTO)で定められた関税のような世界共通の基準が存在しない。このために、各国がそれぞれ独禁法を導入しても、国ごとに異なる運用に陥る危険があるのだ。

 日本企業のグローバルな活動を後押しするためにも、日本政府は、各国における保護主義的な独禁法運用を許さず、政府間の交渉によって各国の競争政策・独禁法運用の現代化を進めることが重要だ。各国の競争政策の透明性と公正さを確保することが、日本企業の競争力の強化にも貢献する。

 一方、日本市場における外国企業の寡占化の弊害にも注視することが必要となろう。2009年には、マイクロソフトとインテルそれぞれに対して10億ドル近くの制裁金額を課した。最近では、グーグルやフェイスブックも対象となっている。EUにおける訴訟がある中で、どうして日本では起こらないのであろうか。

 日本の検索市場のグーグルの独占状態は妥当なのだろうか。Yahoo!JAPANもグーグルの検索エンジンを使っている。その結果、検索エンジンシェアの9割をグーグルが占めていることになる。中国にはバイドゥがあり6割強、韓国にはNAVERが7割近くを占めている。現時点では独占状態における弊害は見えていないが、欧州の事例の様に、外国企業の独占による弊害が見えてきたら、EUとも連携しながらも、積極的に声を上げることが求められる。

 さて、これまで論じて来た通り、日本でも、独占禁止法政策から競争政策に切り替え、日本の競争政策を欧米水準以上に高める必要がある。ここでは、3つの視点で「行動」を提言してきた。

 1)経済的弱者を守るための独占禁止法政策ではなく、世界で戦える産業を創出する競争政策を実現し、2)市場の歪みを是正・排除し、「官製市場」にも公正な競争が行われる競争環境の強化を果たし、3)自国産業保護の手法として独占禁止法を活用することを許さず、外国企業からの独占の弊害を除去しつつ、各国の競争政策の政策調整を主導して欲しい。

 その結果として、公正取引委員会は、その名の通り、「公正な取引」を担保することができよう。そのためには、繰り返しになるが、世界市場で捉え、市場の歪みを排除し、世界標準で公正な競争が行われる競争政策が重要となる。大いに期待したい。

 

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