年間離職率が30%を超える外食業界で離職率は毎年5%以下という居酒屋がある。千葉を中心に「くふ楽」「豚の大地」などを展開するKUURAKUグループだ。就職希望者全員に内定を出すなど話題になった同社で、若者が「働きたい」「辞めない」のはなぜなのか?
福原裕一氏に嶋田淑之が迫った(この記事は、アイティメディア「Business Media 誠」に2008年8月20日に掲載された内容をGLOBIS.JPの読者向けに再掲載したものです)。
銀座の裏通り、雰囲気のよい隠れ家風の店。入るなり、「いよっ!」「いらっしゃい!」と7~8人のスタッフ全員のピシッと揃った声が響く。席に着くと「こちらは店からの気持ちです!」といって、お通しが出てきた。「ほお、お通し代が無料ということか……」と興味を持って、和風ドレッシングのかかったキャベツに箸をつけると、これがなかなかの美味だ。
なんとなくテンションが上がってメニューを眺めているとカウンター越しに声を掛けられた。「今日は、美味しい串焼きをご用意していますよー!」。カラッと明るい雰囲気なのだが、その言い方にとても心がこもっていたので、この若い男性に任せてみることにした。
ひとわたり、ビールと串焼きを堪能してテーブルで会計をお願いすると、間髪を入れず、暖かい味噌汁が供された。これも「店からの気持ち」らしい。心にぽっと灯がともるような、何となく温かい余韻とともに店を出た。
炭火串焼厨房 くふ楽 銀座店
千葉から世界へ!――全店黒字経営・年間離職率5%の居酒屋チェーン
今、産業界で注目を集めている居酒屋チェーンのオーナー経営者がいる。株式会社KUURAKU GROUP代表取締役・福原裕一氏(43歳)。「くふ楽」「福みみ」「生つくね 元屋」「焼酎泡盛 豚の大地」などの居酒屋チェーン(全18店舗)を中心に、NPO法人や学習塾の経営まで手がけている。年間離職率が30%を超える飲食業界にあって、連年5%程度という驚異的な数字を誇るだけでなく、チェーン全店黒字経営を実現。千葉県発祥の中堅企業ながら、既にカナダ進出を実現し、その目は世界に向いている。
KUURAKUグループではスタッフのほとんどが若いアルバイトだ。彼らの「ダイナミズム」こそが、同社の躍進の駆動力といわれる。若者の心がつかめず、学級崩壊ならぬ“職場崩壊”が進んでいる日本の産業界で、福原氏に寄せられる期待は大きい。
KUURAKU GROUP代表取締役の福原裕一氏。
「くふ楽」「福みみ」「生つくね 元屋」「焼酎泡盛 豚の大地」などの居酒屋チェーン
を経営する
こんな紹介をすると、ちょっと宗教がかったカリスマや、脂ギッシュで猛烈なワンマン経営者を想像しがちだが、実際に福原氏にお会いした印象は、穏やかな微笑みを湛えた自然体の人物である。若いスタッフの方々にも気負いはなく、皆いかにも今時の若者といった感じで爽やかだ。
私見だが、福原氏はたいへん卓越した経営者でありながら、その本質は日本や世界の変革を目指す、社会起業家に近いのではないか(社会起業家としての福原氏は後述する)。
これまでの同社に対するマスコミの取材記事は、同氏が若いスタッフの活性化に長けているということから、システムやプロセス面でのユニークなノウハウにフォーカスしたものが多かった。そこで本連載では、同氏の構想する「戦略経営」(Strategic Management)の全体像を俯瞰的に捉えてみたいと思う。今回は、まず「経営理念」を中心に検討したい。
苦労や挫折の多かった若き日々――「理念」の原点
「子供の頃は、必ずしも豊かとはいえない家庭でした。社会に出て、自分のお金で初めて外食した時は本当に幸せを感じました」と福原氏は振り返る。
外食産業に携わることになったのも、「食」というものが、どんなに人を幸せにし得るものか、体験的に熟知しているからだろう。「たとえ夫婦喧嘩していても、食べることで幸せになるとは思いませんか?」と、福原氏は微笑む。
飲食店に勤めて腕を磨き、25歳で起業した。「でもその頃は、『金持ちになりたい』という自分のエゴがありました。若さとエネルギーがあれば何でもできると自分の力を過信していましたし、金持ちになるためにはボロボロになってもいいと思って、毎日18時間働きました。でも、イメージって現実化するんですね。本当にボロボロになってしまったんですよ」
経営はうまく行かず多額の借金を抱え、母親は重体という過酷な状況下で福原氏は入院した。そして、病院のテレビで地下鉄サリン事件を知る。「死というものを身近に感じましたね。そして思ったんですよ、人生を一生懸命生きたいと」
その後の生き方は、それまでとは全く異なる様相を呈してゆく。
社員ひとりひとりが共感できる「経営理念」
先が見えない中で、再起を賭けて創業したのが、今のKUURAKU GROUPなんです」。1999年に有限会社くふ楽を創業、1号店を千葉県・本八幡、2号店を船橋に開いた。
それから9年が経った。途中、多少の紆余曲折はあったものの、今や同社は、国内16店舗、海外2店舗を有し、しかも全店黒字経営という実績を挙げるまでになった。この躍進を方向づけ、支えてきたもの――それは、福原氏の“想いの強さ”であり、それを明文化した経営理念であろう。
経営理念
お客様と共に感動をわかちあおう。
与えられるのでなく、自分自身で考え率先して行動しよう。
夢、目標に向かって、全力で努力しよう。
「ミッション(企業の使命や経営理念)→ビジョン(将来の姿、目指す方向)→バリュー(価値、社員の行動規範)」という理念群の階層の中で位置づけると、明らかにこれは社員行動規範としてのバリューに一番近い内容である。
すなわち、一般社員からは縁遠い経営理念(社長室の額縁の中に飾られている、毛筆書きのアレだ)ではなく、あくまでもローアングルな現場的視点に立った、すべてのスタッフに共感・共有できる内容になっているのである。
言い換えれば、ひとりひとりのスタッフが、日々どう考え、どう行動したらよいかが明確かつ疑う余地のない形で示されている。
この経営理念こそ、福原氏が一般生活者の心情を代弁し、現代日本の飲食業界のあり方に提起したアンチテーゼだと筆者は考えるのだ。
くふ楽本八幡店(現在の店舗の写真)
日本の外食産業は、客を幸せにしているだろうか?
今や、日本はグルメ大国である。ミシュランガイドの東京版(参照記事)まで作られるほど、日本の食は評価を高め、世界の注目を集めている。
しかし、現代日本の飲食店が実際に、どれほど人を幸福にし得ているかとなると、若干の疑問があるだろう。
テレビのグルメ番組に常連のように登場する“有名高級店”に足を運べば分かるが、こういう店は、時に客を差別的に扱う。有名人や金持ちに対しては、卑屈な笑いを浮かべてすり寄り、至れり尽くせりのサービスをするが、無名の一般人に対しては、冷淡かつ適当にあしらう店は少なくない。特に東京の店にはその傾向があるように思う。
大切な人と、一生の思い出に残るような日に、奮発して行ったのがそのような店だったら、楽しいはずの日に、惨めな気持ちで家路に着くことになりかねない。
一方、庶民的なチェーン店はどうか。こちらは、やる気のないアルバイトスタッフの、心のこめずにマニュアル通りの接客や、客の気持ちや状況を考えない、融通の効かない対応にイラッとさせられる瞬間が多い。作り手の魂がこもっていないせいか、料理もまずくはないが美味くもないといったところで、いまいち楽しめない。
このような今時の飲食店の状況を考えると、次のフレーズは、極めてチャレンジングな内容であることが分かる。
お客様と共に感動をわかちあおう。
与えられるのでなく、自分自身で考え率先して行動しよう。
飲食店である以上、料理が美味いことは大前提だ。しかしそれと同じくらい大事なのが、この時間を、この空間で過ごして良かったという幸福感を、すべての客とスタッフが共有できること――この理念はそれを表明しているのである。
そこには、来店した客が有名人や金持ちか、あるいは貧乏人かという差別は一切ない。マニュアル通りに杓子定規な対応をするのではなく、ひとりひとりの客の想いを察知して、どうすれば、その客に幸福なひとときを過ごしてもらえるかを瞬時に判断し、臨機応変に対応する力がスタッフに求められる。だから、くふ楽はチェーン店だが、マニュアルがない。
スタッフがいきいきと働くから、客も幸せになる
マニュアルでない、臨機応変で心のこもったもてなし。このもてなしに感動する客の姿を見て、スタッフ自身にも「このお客様が幸福を感じてくださって良かった!」と、自分のことのように感動できる共感力が求められる。
夢、目標に向かって、全力で努力しよう。
ひとりひとりの客と感動を共有するためには、自分自身が輝いていることが必要になる。人生に希望を見い出せず、仕事にも興味を持てぬまま、日々ダラダラと作業していてはダメなのだ。スタッフ自身が明確な将来像を描き、そこに向けて、毎日イキイキと楽しく、完全燃焼して働いて初めて、人を幸福にすることができる。
経営の究極の目的は、何か?
“Chief End”という言葉がある。「(人生の)究極の目的」という意味で使われることが多いが、福原氏は、上記の経営理念の推進・実現を通じて、日本や世界に対して、一体どのような価値を創出することを、自らのChief Endとして捉えているのだろうか?
同社の公式サイトを見ると、経営理念と並んで下記の事業目的が明記されている。
事業目的
地域社会への貢献:くふ楽ができて、街が明るくなったと言われる店創り
人財の育成:志しを持つ若者を育て、自らの夢にチャレンジできるステージを提供します
日本文化を世界に広める:アイデンティティの発信
「地域社会への貢献」は、福原氏の創業の志から発するもの。食を通じて、幸せなひとときを送ってもらいたい。その感動をスタッフともども共有しあいたいという同氏の想いを実現することで、その地域をイキイキとした躍動感に満ちた場所にしてゆこうということだ。
「日本文化を世界に広める」は、そうした福原氏の想いを世界に広めるというビジョンの表明である。
串焼きという日本文化を世界へ――それは少しずつ実現しつつある。カナダのバンクーバーに2店舗出店して、日本人だけでなく、現地の人々に支持されているようなのだ。
日本文化の特に何を世界に広めたいのだろうか? 「“もてなしの心”です。もちろん、欧米は“ホスピタリティ”の本場ですから素晴らしい“もてなしの心”を持っていますが、日本のそれとは、異なると思うんですよ。欧米の場合は、店のスタッフが自分の担当テーブルに責任をもつというスタイルだと思うんですね。でも、日本の場合は、店のスタッフがチームとして機能し、チーム全体としてもてなすんだと思います。そうした日本ならではのもてなし方で現地のお客様方に味わっていただきたいですね」
なるほど、欧米のもてなしが私の客に対するものであるのに対し、日本は、私たちの客に対するものということだ。
バンクーバーの2店舗。「わざわざアメリカのシアトルからいらっしゃるお客様もいらっしゃるんですよ」(福原氏)
若い世代に、仕事を通じて成長できる場を提供したい
最後の1つ「人財の育成」については、こう話す。「仕事を通じて人間的成長、目標達成する喜びを感じ、『夢を実現する』志を持つ人々を育成したいと考えます。夢がありながら、チャンスがない若い人達に、『くふ楽』でチャンスの場を提供し、多くの事業家を育成したいと考えています」
これが、本稿冒頭で筆者が「福原氏の本質は『社会起業家』に近い」と述べたことを裏付ける部分だ。
ニートやフリーターの語はすっかり定着したし、うつ病が蔓延したり、「入社3年以内に3割が離職する」など、現代日本では若い世代の“働き方”をめぐる環境は深刻だ。社会問題ともなっている、若者の労働問題に対するひとつの解決策を提示する場として、福原氏は自社を位置づけているのである。
福原氏は、創業以来、試行錯誤を重ねながらも、これらの事業目的を実現するために、システム/プロセス面で無数の仕掛けを用意し、経営理念事業目的を空念仏に終らせることのないよう、日々努力を重ねている。有言実行型経営と言っていい。
今回は、福原氏の経営理念を中心に検討した。次回以降は、戦略システム/プロセス組織(能力)を順次検証していこう。(次回へ続く)
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