初稿執筆日:2014年1月3日
第二稿執筆日:2015年12月22日
グローバル化の進んだ世界において、日本が経済、文化、政治、外交など各分野で競争力を維持していくには、グローバルな環境でリーダーシップを発揮できる高い能力・専門知識をもった人材が必要だ。しかし、他の先進国に比べて日本では、社会人が能力を身につけるための実践的な教育を施す大学院の活用は進んでいないのが実態だ。
日本では、社会人になった後のスキルアップは、OJTや企業による研修等の機会を通じてなされるのが一般的で、他の先進諸国に比べて、大学・大学院などの高等教育機関を活用する社会人の割合が極めて少ない。
上のグラフは、文部科学省の調査による各国の25歳以上の大学・大学院入学者の割合(2008年)だ。少し古い数字になるが、25歳以上を社会人経験者とざっくり仮定すれば、社会人経験後に高等教育機関を活用している割合が、欧米では20%を超え、OECD平均でも21%、隣の韓国でも18%である一方、日本はその比率が圧倒的に少なく、1.8%にすぎない。
大学全入時代を目前に控え、大学の学部に関しては飽和状態に近いが、社会人に実践的な教育の機会を提供する大学院は潜在的に大きな需要がある。日本の競争力を高めるためにも、様々な分野における専門的な教育の機会を提供する大学院の拡充が必要だ。
1. 日本の大学院の質を上げよう!学部中心主義から大学院独自の教育、経営へ。研究中心主義から教育スキル重視への転換を!
よく知られるように、アメリカでは学部段階の大学をUndergraduateと言い、大学院をGraduate Schoolと称する。そしてこのGraduate Schoolは、一般教養の学術分野を教えるGraduate School of arts & Sciencesと、法律、経営学、医療など専門分野の実学を教えるProfessional School(プロフェシェナルスクール)とに分かれる。アメリカで医者や弁護士になるためには大学を卒業してからMedical SchoolやLaw Schoolで専門教育を受ける。アメリカの大学教育の特徴のひとつは、プロフェッショナルスクールでの専門家育成教育のレベルの高さだ。
日本のプロフェッショナルな教育を提供する機関を拡充するという政策において、ここ10年の政府の改革努力はすばらしい成果を上げている。最初の突破口は、2003年の構造改革特区により、株式会社などの学校法人でない民間企業が学校運営をできるようにしたことだ。
株式会社グロービスも、この制度を活用した教育機関の1つだ。グロービスでは、日本企業や社会の経営人材ニーズに応えるべく、1992年の創立以来、欧米ビジネススクールと同水準のトップクオリティのMBAプログラムを提供してきたが、この構造改革特区の枠組みに則って株式会社立経営大学院へ移行した。グロービス経営大学院(※現在は学校法人となり、グロービス経営大学院大学)となったことで、「ビジネスの現場で能力発揮できる実践的内容」「社会人にとって学びやすい環境」「お客様の声を反映した高いクオリティ」といった従来の特徴を活かしながら、「修士号の授与」や「留学生受入れのための就学ビザ発行」など、学校教育法上の大学院と同等の教育サービスの提供が可能となり、社会人学生の能力開発の機会を広げられたわけだ。
さらに、「多様な経験や国際的視野を持ち、高度で専門的な職業能力を持つ人材が多く必要とされるようになっている社会のニーズに対応するため、理論と実務を架橋する実践的な教育を展開する」という目的をもって2003年に導入されたのが専門職大学院制度だ。
専門職大学院は、2003年の制度創設以来10年が経過し、現在では、法曹養成(法科大学院)、教員養成(教職大学院)、会計、経営管理、MOT(技術経営)、公共政策などの分野で計185専攻が開設されている。法曹人員の適正規模や司法試験の在り方など別の政策目的が絡み合って失敗している法科大学院(ロースクール)の例がクローズアップされることが多いが、この専門職大学院制度によって、研究者教員だけでなく高度な実務能力を有する実務家教員を2~4割以上配置することが義務づけられるとともに、事例調査やフィールドワークなどの実践的な教育が取り入れられるなど、大学院における教育改善の素地は揃っている。
しかし、現在、専門職大学院の学生は約2万人、うち社会人学生は8千人弱で、ここ数年減少傾向にある。学部卒の知識を就職先企業でのOJTで鍛えれば十分であった高度成長の時代とは違い、大学卒業後、キャリアアップのために最新の知に基づくトレーニングをしたいというニーズは確実に増えている。問題は、日本の大学院の多くがその受け皿としてのレベルに達していないことだ。企業や社会人学生からすれば、最先端の知識やトレーニングを求めると、アメリカの大学が選択肢になってしまう。したがって、ニーズの高い社会人学生が国内の大学院を選択するよう、日本の大学院が質を上げていくことが必要だ。
具体的には、「大学院独自の独立したスクールの概念」が必要だ。日本では学部中心主義で大学が編成されているため、大学院独自の教員組織や施設設備が充実しておらず、大学院教育を支える教職員、設備などのインフラの拡充も必要だ。米国では、ハーバード大学のロースクール、ビジネススクール、メディカルスクール等は全て独立した教育機関として存在しており、経営もDeanを中心に任されている。
そして、研究だけではなく、学生への教育スキルの高い教員を育成・活用することだ。日本では未だに教員評価でも研究業績が重視される傾向が強い。研究ではなくて、学生への教育をより重要な指標として評価し、教員のスキルアップをはかる。さらに、専門職にふさわしい実業界の第一線で活躍する外部教員の活用、海外のトップクラスの大学院からの教員の招聘なども含めてレベルアップを進めるべきだ。
10年前に導入された専門職大学院制度によって大学院教育改革の「器」は出来ている。あとはそれに「魂」を入れる努力だ。長い年月がかかるが、日本の未来のために継続的な努力が必要だ。
2. 「クールジャパン大学」等の設立を!「日本ならでは」の分野で世界最高峰の大学院を目指せ!
アメリカの大学院では、、ファッションデザイン、音楽、映画など、日本では専門学校でしか教えていない分野をより専門的に学ぶことができる。例えば映画の分野では、ジョージ・ルーカスの出身校である南カリフォルニア大学などが有名だ。教授陣には、ハリウッドなどで実際に映画製作を行っている人材も多く、教育水準は世界最高だ。
一方で日本の専門職大学院は、法曹養成(法科大学院)、教員養成(教職大学院)、会計、経営管理、MOT(技術経営)、公共政策などの分野で計185専攻が開設されているが、ほぼこれらの分野に限られている。
そういった主要分野の大学院の質の向上も重要だが、「日本ならでは」の分野で世界最高峰の大学院を作ることも重要だ。たとえば日本のアニメや映像分野は、ハリウッドとも伍していけるレベルであるはずだし、ファッションやサブカルチャーにしてもアジアや欧米への浸透度は強いものがある。そういった分野も含めて、日本の得意分野で世界トップクラスの大学院・プロフェッショナルスクールを作ることを、目指すべきではないか。一つのアイディアとしては、クールジャパン基金を使って、「クールジャパン大学院大学」を設立し、世界から学生を集めてはどうであろうか。学部は、日本の得意なマンガ、アニメ、ゲーム等である。これは、面白い発想だと思う。
2015年6月に政府が取りまとめたクールジャパン戦略では、東京に「食の大学院」を創設することが明記されている。海外での料理店開業を目指す人材を育て、日本食の正しいブランドイメージを世界に広げていく狙いだという。日本食が高い評価を世界で受けている中で、その強みをさらに伸ばそうという発想だ。大いに期待したい。
3. 大学院は学位プログラム以外のカリキュラムを拡充し、事業規模を拡大せよ!
日本の大学院は海外のトップスクールと比べて、あまりにも規模が小さいのも弱みのひとつだ。ビジネススクールだけで見ても、慶應の定員は100名、一橋でも定員41名と小規模だ。一方で、例えばハーバードではMBA生が1学年900名強、規模が小さいと言われているスタンフォードでも1学年400名程度だ。
ハーバードの場合、MBA生の学費は年間6万8千ドルであり、単純計算すると、MBAプログラムの授業料収入は年間1.2億ドル程度となる。しかし、同校の収入は全体で4.7億ドル(2010年。ただし寄付金収入23億ドルを除く!)であり、MBAプログラムの授業料収入は、1/4程度だ。これは、学位を取得しない社会人教育プログラムを数多く揃え、企業役員などの顧客に提供して収益を得ているためだ。
日本でも、慶應義塾大学などでエグゼクティブセミナーや週末開講セミナーなどが開発されているが、各大学院がもっと企業向け研修、エグゼクティブプログラムなどの非学位プログラムを拡充し、大学院単体としての事業規模の拡大を進めていかないと、世界のトップスクールに太刀打ちできない。
さらに、日本で高まっている学び直しや生涯学習のニーズに対応する形で、シルバー向け、NPO向け、週末開講型のセミナーなど幅広い生涯学習対応型経営で多角的に大学院を経営することが求められる。大学院の事業拡大で利益を上げ、それを学位プログラムのレベルアップに還元するといった好循環を生み出し、世界のトップ校に引けを取らないプロフェッショナルスクールが日本でも多く形成されることを望む。
4. 社会人学生が学習しやすい夜間・土日のカリキュラムの拡充を!
規模拡大のためにも、ニーズに対応するためにも、働きながら学ぶ社会人が学習しやすいカリキュラムを拡充することも重要だ。アメリカでは、修士を自分のキャリアアップにとって重要な職業資格と考えて大学院で学ぶ社会人が大半であるため、フルタイムで働く社会人が学びやすいように授業の開講時間や場所を工夫している大学院が多い。
日本でも、働きながら大学院で学ぶことを希望する人々の学習機会を拡大するため、職業を有しているなどの事情に応じ、修業年限を超えて計画的に教育課程を履修し卒業できる「長期履修生制度」(256大学が導入)や正規の学生でなくても、大学等の授業科目を履修して単位を修得することができる「科目等履修生制度」(718大学が導入)は多くの大学が導入しているが、夜間において教育を行う夜間大学院は26大学、通信教育を行う大学院は26大学と少数に留まっている。
同じく、平成19年度の学校教育法改正で、大学等が社会人など学生以外の者を対象とした一定のまとまりのある学習プログラム(履修証明プログラム)を開設し、その修了者に対して履修証明書(サーティフィケート)を交付できる制度(履修証明制度)ができているが、この制度の活用も40大学程度に留まっている。
仕事をしながら大学院で学び、自らのスキルアップをはかりたい社会人学生が学習しやすいカリキュラムをより充実すべきだ。また、企業側にも、このプロフェッショナルスクールの卒業生の中途採用を積極的に奨励する。
5. 産業界と連携し、大学院は企業が求める人材を育成せよ!
アメリカでは企業経営者に修士号や博士号を保有している人材が多いが、日本では、企業や官庁等、社会において学歴や専門性が評価されることは少なく、修士・博士の学位取得者を社会がうまく活用しているとは言えない。これは、人材育成に関する社会と大学のミスマッチが原因だろう。アメリカの大学院では、大学院で学習し、習得するスキルが社会において実践的に活用できるものであるのに対し、日本の多くの大学院では、学習内容が社会のニーズとマッチしていないということだ。
しかし、現在の経済の高度化、グローバル化により、人材育成における産業界と大学院の連携の必要性が増大している。このため、産業界と大学院の連携をより強固にし、産学連携による教育カリキュラム改革やインターンシップの充実などを進め、企業が求める人材育成を実践的に大学院で行うことが重要です。
これからの教育は、22歳までの大学で終わるものではない。今後は人生80年の中で、変化していく時代に適応した能力を、適宜プロフェッショナルスクールで学び、職務に活かしていく時代になる。いわゆる、生涯学習型教育に変わっていく。当然大学等の教育機関は、グローバルな発想を持ちながら、生涯学習型の特色がある教育を提供することが望まれる。そうでないと、MOOCの出現などで世界規模での競争が激化する大学競争に置いていかれることになってしまう。
日本の大学機関の奮闘を期待する。