USJ復活請負人・森岡毅さんが教えてくれた「消費者目線」の奥深さ 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

USJのCMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)として、同社を破綻寸前から奇跡のV字回復をさせた森岡毅氏。著書『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方』に関するインタビュー(前編後編)を、マーケティング視点で深堀りしていく。

「たった1つの考え方」とは「顧客視点とニーズの深掘り」のこと?

森岡氏の著書『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方』は、「たった1つの考え方とは○○○である」というようなまとめはしていない。それはそれで、「ここまで書いたのだから、最後の答えは自ら考えよ」という森岡氏のメッセージとも受け取れるが、あえて、その「たった1つ」を解釈してぶつけてみた。それは、マーケティングミックスの「基本のき」である「まずは顧客を見よ。そのニーズを明らかにして深掘りせよ」ということではないかと。
 
「ニーズ」という言葉は、マーケティングに携わる者でなくても、当たり前に使われている。しかし、対になる「ウォンツ」という言葉は意外と流通しておらず、「ニーズ」と取り違えて使われている例が散見される。講義などで、砂漠でさまよい歩きダラダラと汗をかいて苦しそうにしている男の絵を見せ、「この人のニーズは何?」と聞くと、かなりの確率で「水」という答えが返ってくる。だが、「水」は「ウォンツ」で、「ニーズ」は「喉の渇きを潤したい」だ。

森岡氏が入社した当時のUSJもそうだ。映画の世界を提供するサービスとそのための装置という商材は「ウォンツ」であり、では「ニーズは何か?」という点に多くの社員の方が気付いていなかった。森岡氏はまず、「余暇に、気分転換をはかるために 遊びとして何かをしたり、見たり、聞いたりなどして楽しみたい」という消費者のニーズを認識させるところから改革を始めた。エンターテイメントに占める映画の割合は1割にしか過ぎないという定量的な事実を示し、映画以外のエンターテイメントも積極的に取り込んでいった。

このように、「ニーズ」と「ウォンツ」の本来の意味は何なのか、説明すれば誰もが理解できるが、企業サイズによってはトップからボトムまで浸透させることは容易ではない。それを森岡氏はUSJでどのように実践したのか。

森岡氏の答えは、基本的には「気づき」だということだった。しかし、「消費者目線が大切」と言葉で説明しても伝わらない。一番良い方法は、自らが実体験として「ああ、そうすれば上手くいくんだ」と気付くこと。そのため、社員がスモールサクセスを経験できる場をできるだけ仕込んだそうだ。その結果、1~2年で「消費者目線でやれば上手くいく」という意識が組織全体に浸透したそうだ。

CMOという立場でありながら、誰よりも現場に出向き動く森岡氏ならではの「実践ありき」の迫力のある話である。例えるなら、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・蒲生氏郷(がもう・うじさと)。一般には知名度が低いが、織田信長に人質に取られながらもその才覚を認められ重用され、後に豊臣秀吉に仕え大大名となった。蒲生氏郷は、「将がまず先陣をきるべし」という言葉を後世に遺し、自らも実践していた。森岡氏の一面は間違いなく蒲生氏郷のような「先陣を切る将」であり、家臣から末端の足軽までの士気を鼓舞し、戦を勝利に導いているのである。

マーケティングの達人は「人系」の基本も忠実に実行している

「まずはスモールサクセスを積ませること」という話は、組織改革、リーダーシップ論の大家、ジョン・コッターの「変革の8ステップ」を思い起こさせた。

ステップの第1番「危機意識を高める」は既に森岡氏の入社時点で浸透しているというか、社員全員のお尻に火が付いた状態だっただろうからここは自動的にクリアだ。

第2の「変革推進チーム」について今回はお話しとして伺っていないが、専任のチームがあったとしても、現場でも「非常にポテンシャルの高い人々のチーム」を作っている。

また、3番目の「変革のビジョンと戦略を立てる」はここでは割愛するが、そのビジョンと戦略立案に対する森岡氏の判断基準は、これまた基本を踏襲したものであるが極めて合理的に判断し実行している。

4番目の「変革のビジョンを周知徹底する」は、上記の通りだが、ここからが森岡氏の本領発揮の部分だ。「百の言葉より一の行動」。それも「成功を示す」ということを連続して示し、社内の多くを巻き込んでいく。

そのことによって5番目の「行動しやすい環境を整える」では、しばしば社内改革において、守旧派というか既得権益を手放したくない層など、「抵抗勢力からの反撃」に遭うが、前述の通り成功体験を連発させ、多くの社員を「ああ、森岡さんの言うとおりやれば上手くいくじゃん!』と思わせられれば抵抗勢力も言葉を失うことになるだろう。

コッターの論では6番目のステップにようやく「短期的な成果を生む」、つまり「スモールサクセス」のことが述べられている。しかし、森岡氏のスゴいところは、この段階を3番目の「変革のビジョンと戦略を立てる」から間髪をおかず、「非常にポテンシャルの高い人々のチーム」を動かし、その体験を社内に急速に広め、さらに多くの社員に自らの体現を通じて「変革のビジョンを周知徹底する」ということを実現。「抵抗勢力からの反撃」などを未然に防いでいることだ。

そしてその頃には、7番目の「さらに改革を進める」に相当する部分ではむしろ森岡氏は自分の関与度を下げ、各社員に任せて「こういうやり方でいけば上手くいくんだ」という認識に切り替えさせている。USJの企業規模800名というサイズ感の前提はあるがというが、全社末端まで浸透させて、コッターのステップの最終段階の「変革を根付かせ、新しい文化を築く」所までを1~2年でやり遂げるとは、驚異的な短期間であると言えよう。

高温発熱型高性能演算機

「マーケティングと言えば4P」と言われるように、最終的な施策は、製品(Product)・価格(Place)・販路(Place)・広告販促(Promotion)の4つのPの組み合わせ(マーケティングミックス)で展開されることはよく知られている。だが、フィリップ・コトラーは無形の商品であるサービスに関しては、さらに3つのPを足して7Pが必要と言った。People(どのような人=担当者)が、Process(どのように定められた手順=教育やマニュアルによる)で、Physical Evidence(どのような品質や環境)で提供するのかということだ。

USJに移り、そこで感じるのは別のテーマパークと比べると、特にPeopleとProcessに自由度を持たせ、グッズやお土産の販売を担当するに至るまで、キャスト全てがアドリブを効かせて来場者に対応してくることだ。もちろん、各々のフランチャイザーとの契約条件によって自由度が異なるのであろうが、その自由度の高さを自社の強みとして大きなイベント企画から細かなオペレーションレベルに至るまで「考えさせ、実行させる」ということが組織として染みついていることがわかる。

7Pに加えて、筆者はもう1つPを付け加えて考えるよう提唱している。4Pは商品・サービスの「企画段階」まで。+3Pはサービスならもちろん、有形の商品でも販売という顧客接点がある以上、「実行段階」を想定して設計が必要だ。だが、企画したものがうまく実行されるためには、いかに社内の人間をうまく動かすかという「社内マーケティング(Internal Marketing)」が欠かせず、その時「Personnel(社員)」という要素が重要になってくる。

前述の「スモールサクセス」の話や、それが感じられるように、自分自身が「先陣を切る」こと。やがて、各々の担当者が「自分自身で考え、実行出来るようになる組織にする」という森岡氏の目指した変革の原点がまさにそうだ。マーケターとしての森岡氏と言えば、高度な数学・統計学を用いてイベント来場者増の結果を予測し外さないマーケティング手法が有名だ。しかし、社内マーケティング(Internal Marketing)では、社員に「Priceless」という数字に出来ない価値を感じさせる事に腐心している。

一方で、自分自身には厳しいKPI(Key Performance Indicator =重要業績評価指標)を課している。毎朝「今日は何人モチベートしよう」と考えながら会社へ行き、帰る時に達成できたか振り返っていたそうだ。

森岡氏の多忙を極めるスケジュールの中で、KPIをクリアしようとすれば、自身に大変な負荷がかかるのは容易に想像できる。しかし、それこそが「成功の方程式」だと分かっているからこそ、無理もするのだろう。当然、KPIは全社や部門、場合によっては個人の業績まで計測可能な成果の数字に表れることになって、そこから森岡氏は評価、判断をしてまた、次の一手を考えるのだが、「数字にならないKPI」とでもいうものこそ重要視しているようにも思えた。

「ほんの数分でいい、目を見て『あの仕事良かったよ』と声をかけるだけでも人は変わる。全社員は難しいですが、少なくとも目が行き届く所の熱を高めていくと、その人たちの周りの熱も高まっていき、消費者目線がだんだん拡散していきました」と言う。

USJを「パワー・オブ・ハリウッド、映画の世界の提供」という売り手志向のコンセプトから「たった一つの考え方」である「顧客視点とニーズの深掘り」ができる組織に変革した森岡氏。それは、「高度な数学と統計学を駆使した、コンピューター並みの頭脳を持ったハイパー・マーケター」という、どこか冷徹さを感じさせるような人物ではなく、周囲に伝播させるほど自分自身が高い熱量を放つ存在だった。
 

名言

PAGE
TOP