小説家 真山仁氏 「お金は人を幸せにするのか?〜強欲は善か悪か〜」 対談(5/5) 

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田久保:先生の本では、鉤括弧(かぎかっこ)で括る、いわゆる直接話法的やりとりの合間に登場人物の心持ちも書かれている。「視点」という表現をなさっていたが、そうした心持ちの描写もある故に、「あ、そう思っていたのか」と分かる。それらをセットで伝えると、読み手がより強い印象で価値観の違いを認識することが出来ると感じる。

真山:それは素晴らしい褒め言葉だ。日本人ほど発せられた言葉を信じ易い人達も珍しい。「好きです」と言いながら「嫌いだけどね」と思っている人はたくさんいるものだ。そのギャップは複数の視点で描く小説だからこそ表現できる。別に私が開発した手法ではないし、外国にはそういう小説が山のようにある。イギリスの小説では15〜20の視点が出てくることもある。視点の違いを活かし、本音と建前や異なる価値観を表現したいと思う。

会場(名古屋校):『ハゲタカ』シリーズがスタートして10年ほど経ったが、日本人の価値観が変わってきたと感じていらっしゃる部分はおありだろうか。それが良い方向への変化なのか、悪い方向への変化なのかといった点も含めてお伺いしたい。

会場(仙台校):鷲津は世の男性が憧れるような生き方をしていると思うが、時々冴えない風貌の描写も差し込まれる。それは、先ほど仰っていた日本人のイメージを逆手に取るような、冴えない風貌で相手のハードルを下げるといった意図なのだろうか。

鬱屈した若者のエネルギーがヘイトスピーチにつながっている

真山:漠然とした答えだが、この10年間で少し元気を失ってきていると感じる。内向きというか諦めのムードがあり、加えて「何かにすがりたい」と思っているような面を感じる。強いリーダーシップを求めるのは悪いことではないが、「ぜんぶ任せます」と、一神教の神様にすがるような感じだ。「疲れているということかな」と。たとえば、今はヘイトスピーチというものが問題になっていて、メディアも「韓国嫌い」、「中国許さない」といった報道を行う。大抵の場合、近隣諸国にそういうこと言い出すのは国内がおかしくなっているときだ。特にヘイトスピーチをする人は、全員ではないにせよ若い世代が多い。どんどん不安になっていて、その鬱屈を外側に出したものが外国人へのヘイトスピーチになっている。これはどの国でも起きていることだ。単なる日韓・日中の外交問題としてだけでなく、それほど社会が疲弊しているという捉え方をしないといけない。実際、「中国や韓国と仲良くしたら変わるのか」、「国を挙げて排斥したらヘイトスピーチをしている人達は溜飲を下げるのか」というと、そうならないだろう。逆に敵がいなくなって困ってしまう。そんな風に今の日本は迷っていて、救世主を待望しているような状態だと感じる。

田久保:真山先生の勉強会にいらしている若者はどうだろう。

真山:まさに逆で、彼らは恐らく、「自分たちがなんとかしないと駄目だ」という意識を持った初めての世代だ。私はそこで、彼らに「自己主張ばかりしないように」と、常に言っている。「まず貴方が人の話を聞いて、そこでどう思うかという議論をする場にして欲しい」と。で、最初の頃はその辺がなかなか上手くいかなかったが、続けていくうち、ある段階から皆がそれを楽しむようになってきた。彼らは共通して「なんとかしなきゃ」という思いを持っている。それは社会が疲れているからこそ出てきていることだ。だからこそ、そういう人達がチャンスを手に入れることが出来るような環境を、大人がつくっていかなければいけないと強く感じる。

田久保:自分が学生だった頃、周囲にそうした人達はいなかった。昨今はほかにも、たとえば最貧国へ行ってNPO活動等で頑張るような学生さんも多い。大変アクティブで、「本当にすごいな」といった若者も山のようにいる。そうでない若者もいるとは思うが、ただ、内向きな若者がいたとして、そういう状況をつくってしまったのは我々大人だったりもする。その一方で、「なんとかしなきゃ」という思いを持った若者が増えているという実感があって、それはすごく嬉しいし勇気づけられる。

なぜ鷲津の風貌を格好良くしなかったのか

真山:鷲津については、あれで風貌も格好良かったら憎まれる(会場笑)。イギリスのスパイ小説でも目立たない人間が一番強いなんていうことがよくある。『ハゲタカ』で鷲津が最初に登場したとき、芝野の前にまず出てきたのはアランとリンだ。金髪の男女二人。後ろにいた冴えない日本人は銀行からリストラされてきたのだろうと思えるような雰囲気をつくった。それで芝野の意識がアランとリンに集中すると、意識されていない人間は、たとえば「この人達はどれほど本気でビジネスをしているのか」、「後ろにいるあの役員はあくびをしている」といったことがすべて見える。気配を消すことが出来る人こそ1番強い。一つの新しいヒーロー像としても良いのかなと思う。

会場(東京校):『ハゲタカ』には性的表現もあるが、これは読者へのスパイスなのだろうか。あるいは『グリード』に繋がるようなメタファーなのだろうか。

会場(東京校):ミドル世代もグリードを持ったほうが良いのではないかと感じる。20〜30代のチャレンジ精神旺盛な若者を率いる40代のミドルが、さらに上世代の禅譲を待っていても時間がかかってしまうし、第二次大戦後や明治維新のように上が一気に出ていくとも思えない。その辺りに関し、若い世代が上にいくためにどうすれば良いとお考えだろうか。あと、出来たら『半沢直樹』についてどう思われるかもお伺いしたい。

会場(東京校):今日はお金儲けに伴う価値観の違いについて伺ったが、お金の使い方という面ではどうだろう。各国でどういった価値観の違いがあるとお考えだろうか。

会場(東京校):社会派小説として何かに切り込む際、どのような基準で世の中からテーマを選んでいらっしゃるのだろうか。

真山:身も蓋もないが、色っぽいシーン等に関してはデビュー作を書くにあたって「経済小説にはそういうシーンが入っているものだ」と言われたから。本当は大嫌い(会場笑)。『ハゲタカII』までは、「とりあえずは長いものに巻かれるか」ということで書いてきた。ただ、『レッドゾーン』ではほとんど書いていない。『グリード』では私も成長して、「グリードがテーマなんだから鷲津も色々と貪欲になってもらおう」ということで書いている。いずれにせよ、「サラリーマンに読んで貰うため、エロの描写をもっと詳しく」とか大きなお世話だと私は思う。性描写を読むために『ハゲタカ』を買う人はいないと思うし(会場笑)。

小説に「書こう」と思ってから本になるまで3年かかる

真山:テーマの基準についてだが、連載の場合は準備に1年半ほどかける。テーマを見つけ、物語を考え、取材をして、そして登場人物を決めていく。連載が終わってからさらに加筆・修正を半年ほどかけて行うから、書こうと思ってから本になるまでおよそ3年かかる計算だ。そうすると、「今が旬」といったテーマはだいたい腐るから、「少し先にこういうことが起きるのでは?」というものを見ている。また、問題が起きているのに放置されているようなテーマも、「しばらく先まで続くだろうな」と。そんな感覚で世の中の色々な問題を見ている。小説に使えると思ったらとりあえずストックする。そのうち1ヶ月に3つほどの異なる媒体から違うニュースとしてその事象が扱われると、動いているテーマだと分かる。あるいは、たとえば「もうブラジルかな」という風に、国単位で「遠くを見よう、遠くを見よう」としている面もある。未来を読んでいるというより、問題が大きくなるには3年ほどかかるので、その端緒を探しているといった感じだ。

お金の使い方に関して言うと、端的にはアメリカ人が「お金は使うもの」、日本人が「お金は貯めるもの」と考えているように思う。どちらが良いかは分からないが、経済を考えるとお金は流動するほうが良いから日本人はもう少しお金を上手に使うことを考えてはどうか。たとえば今はメガバンクが大きな利益を挙げているというが、まったくリスクに投資していない。それは良いことではないだろう。お金は使うものだといっても、財産を守りたいという発想は民族性なのか根強いので難しいところだが。

それと『半沢直樹』。実は、私は日本の小説をほとんど読んでいない。横溝正史さん、連城三紀彦さん、あるいは山崎豊子さんの作品ぐらいか。もちろん昨年の『半沢直樹』ブームは存じあげているが、テレビドラマもほとんど観ていない。従ってコメントできる立場ではない。ただ、私の小説も「また映像化しないかな」と(会場笑)。そう思っている程度だ。

諦めのタイミングを計るミドル世代にも「内なるグリード」は必要

田久保:最近読んだなかで「これは面白かったな」という小説はあるだろうか。

真山:ジョン・ル・カレというスパイ小説の巨匠が書いた新作で、『誰よりも狙われた男』(早川書房)という本がある。彼は冷戦崩壊後「経済が国と人を歪めている」ということで、グローバリゼーションを敵にし続けている。『ナイロビの蜂』(集英社文庫)という小説もある。強者が弱者を飲み込むという社会の歪な状況を、いかにもスパイ小説を書いてきた人らしい書き方で、瑞々しく描いている。80代だったと思うが、今でも本当に刺激がある本を書いている方なので、ぜひ読んでみて欲しい。

あと、グリードはモチベーションであるとすれば確かにミドル世代にも必要だと思う。ミドルにとって一番きついのは、「もうこの辺でいいかな」と諦めのタイミングを計っている世代でもある点だ。あるいは、自分の人生を少し変えなければいけないという状況にいるのかもしれない。そこでは、「どう生きていくのか」、「自分は満足しているのか」という、内なるグリードが必要になる。そのうえで、“負けて勝つ”べきだ。負けたフリをして勝つ。若い人やミドル世代は、上の世代をおだて、「こいつらのために退いてあげよう」と思わせ、道を開けてもらう必要がある。外交でも同じだ。アメリカや中国のような覇権国家と正面から対峙するのでなく、たとえば「中国はアジアの王様だから頑張ってください」と持ち上げ、日本が偉大なNo.2になればアジアは廻る。「我々は先進国なのだから」というグリードで進めるとしんどい。内なるものを高めることは大事だが、表立った戦法は少し変えるときが来ているのではないか。最近は冗談で、「外務省の人が全員関西人だったらいい」と(会場笑)。「いや〜、儲かりまりへんわ」と言いながらするする入っていく。そういう感覚が日本の原点だ。欧米を強く意識した、東京的な「頑張ってグリードになる」というのは、後々出てくれば良い。

田久保:「自分たちは何者なのか」「自分たちのどこに強く、どこが弱いのか」といった自己認識を、国としても個人としても改めて考えるべきというお話かもしれない。

真山:一時、「自分探し」が大流行した。しかし、自分とはどこかを旅して見つけるものでなくて、自問自答をしていった先に見つけるものだ。日本人は自分探しが下手だと思うが、それは自分の嫌いなことを客観的に見つめることが出来ないから。「嫌いなところでなく、良いところについて考えましょう」と言ってしまう。しかし良いところは言わなくても分かる。嫌なところをきちんと見つめていくことでバランスをとることも出来る訳で、そこで初めて「では、どうすれば良いのか」という問いが続いてくる。

田久保:降って湧いてくるようなものでなく、客観的に積み上げていく感じだろうか。

真山:大切なのは問題意識だと思う。思考停止せず、「そうなのか?」と。自身の強みや弱みといった特徴についても、自分がそれまで思い込んでいたものでなく、「実はこれだったのかも」と考え、そして探していくことが大事になると思う。

半導体から原発まで作る「百貨店」はやめた方がいい

会場(東京校):偏見かもしれないが、日本の大企業にはリスクテイキングが不得手な方が多いと感じる。そうした人達、ひいては大企業は今後どう戦っていくべきだろう。

会場(東京校):今も経済がお嫌いなのだろうか。シリーズがはじまって10年。経済の捉え方としてご自身で変化をお感じになっていることがあれば併せてお伺いしたい。

真山:縮小均衡を目指すのならリスクを取らなくても良いが、現在は世界への扉が開いておりM&A等の可能性もある。また、新しいものをつくらない限り、国内でさらに大きな企業になるのも難しい。従ってリスクを取らなければいけないのは間違いない。それともう一つ、“百貨店”を止めることも大事ではないか。半導体から原発までやっている電機メーカーもあるが、「それはおかしい」と、何故誰も思わないのか。日本企業は多角経営を美学だと思っている面がある。しかしそこはほどほどに、強みや弱みを整理・再編して生き残っていくしかないと思う。「あれもこれも」とやっているうちに大企業となった日本企業は多いと思うが、それをそろそろ止める時代なのかなと思う。

田久保:リスクを取っている大企業や、リスクを乗り越えた企業もあるとは思うし、もしかすると個別依存性は高い問題なのかもしれないと感じる。

真山:ベンチャーや中堅企業の方には失礼かもしれないが、大企業が持つメリットの一つはリスクを取ることの出来る人が複数いるということだ。実際、せいぜい従業員のトップ10%でしか会社は廻らない。その意味では従業員1000人の会社には100人の精鋭がいるかもしれないが、ベンチャーであれば社長ともう一人という程度ということもあり、その差は大きい。問題は、そうした人達をどう磨いてあげるか。また、「大企業だからこそ頑張れば自分のフィールドが広がる」と思う人も出てきて欲しい。最近は優秀な人がそれをやらずに小さい会社を選び、すぐにお山の大将となって独立・起業し、そして酷い目に遭って終わってしまうパターンが多いと感じる。自信があるなら逆に大企業でのし上がり、そののちに起業するといったステップが増えても良いと思う。

それと、経済は未だ好きになっていない。ただ、お金と経済のことを知ったことはとても大きいと感じている。経済のことを知らずに社会を見ていても、今は何が起きているのかほとんど分からないような世の中だから、その意味では自分の血肉になっている。また、経済というと漠然としているが、実際には社会や産業を廻すシステムであり、血液でもある。その仕組みを見つめるという意味でも経済は非常に重要だ。ただ、私にとって経済は学問ではない。「経験値と工夫を重ねていくものである」という表現であれば、私としてはすごく馴染みが良くなる。

志があるなら、1年や3年で諦めないで欲しい

田久保:では最後に会場の皆様へ何かメッセージをいただけたらと思う。

真山:皆さんは今大きなモチベーションとともに大事な時間を使って勉強し、刺激を受けにいらしているが、それを生かすことが出来るのは自分だけ。繰り返しになるが、一人でも社会やビジネスを変えることは出来る。そこで重要なのが辛抱することだ。私は15歳で小説家になろうと思った。デビューは41歳。その26年間で小説家になるのを諦めたことがあるかというと、ない。結果的に小説家になれたから言えるのかもしれないが、私は小説家になってからやりたいことがたくさんあった。小説家なるのは当たり前で、問題は小説家になってからどうするかだと考えていた。フリーライターの仕事をしつつ、投稿を続けていたあいだはもどかしかったが、常にその先を考えつつ、“小説家になろう”と頑張り続けてきたから今があるのだと思う。皆さんも、志を持っているなら1年や3年程度で「駄目だ」と思わず、生活費を稼ぎながらどうすれば志を達成出来るのか一生懸命考え、辛抱して志を貫いて欲しい。そうすれば結果はついてくると思う。そのうえで、いつかまたお会いしたときには逆に私が教えを請うような方になっていて欲しい。今日はありがとうござました(会場拍手)。

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