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MBA、それからの10年~アバント藤井久仁子さんの場合

投稿日:2017/06/07更新日:2019/04/09

グロービス経営大学院が2006年に開学してから丸11年。その前身であるグロービス・オリジナルMBAプログラム「GDBA」(2003年開始)と大学院を合わせ、卒業生総数は3000人に迫る一大MBAコミュニティーを形成するに至っている。草創期のMBA取得者たちが、その後のキャリア人生をどう生き抜いているのか――。3人の「創造と変革の志士」たちに「それからの10年」を聞く。第3回は、グロービス経営大学院2008期の藤井久仁子(ふじい・くにこ)さん、アバント執行役員 グループ人事担当である。 (企画・構成: 水野博泰=GLOBIS知見録「読む」編集長、文: 滝啓輔)

USJ開業前、人事として大規模採用を経験

知見録:まずは社会人としてどうキャリアをスタートさせたのかを聞きたい。

藤井久仁子氏(以下、藤井): 1991年、地元大阪の株式会社ロイヤルホテルに入社しました。リーガロイヤルホテルグループの経営・運営をしている会社です。ロイヤルホテルは当時、国内外にグループホテルを数多く展開していたので、新規ホテルの立ち上げ計画もあるだろうし、そうした立ち上げプロジェクトに関わりたいと期待していました。ところが、正式配属されたのは本社人事部の採用教育組織。普通、最初の配属は現場なので正直驚きました。なぜ人事部なのだろうと疑問に感じましたが、私は教育大学の教育学部卒だから採用教育部門なのかなと、自分なりに納得して(笑)。そこから、私の人事パーソンとしてのキャリアがスタートしました。

2年後、上司のはからいもあり、人事部内で別の組織に移りました。ちょうど労働基準法の改正があった時期。労務企画という組織で、人事制度の改正に携わりました。それ以外に、人事異動や給与改定、組合対応などもろもろ労務まわりの仕事も経験させてもらいました。

ただ、事業を立ち上げる仕事への思いはずっと残っていました。新しいホテルができる際、現場の人事チームへの異動を希望したりもしたのですが、「あなたは本社にいなさい」と言われてなかなか出してもらえない。そんな状態が続く中で、「人事しか知らない人事パーソンだと説得力がないよな」と強い焦りを感じるようになりました。現場の社員の方々からすれば、私は研修でしか現場を知らない人ですから…。

そんな時、世の中の企業では社内公募制度が一種のブームになっていて、自社内でも制度導入しようという話になり、私自身が担当しました。設計した制度が正式に導入され、そして、1回目の社内公募でその制度を私自身が使って、定員に空きがあった広報室にエントリーしたのです。すると、なんと社長の許可が出て、人事から広報室に異動することが決定したのです。もしやりたいことがあるなら、それを実現する環境は自分で作ればいい、ということに気づかせてくれた出来事でした。

知見録: 人事、労務、広報の経験を積み、その後は?

藤井: ちょうど社会人10年目を迎える2000年の1月に、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(以下、USJ)に人事担当として移りました。USJは翌2001年3月末にオープン予定で、こんな大きなビジネスが関西で立ち上がることはそうそうない、またとないチャンスだと思って転職を決めました。

最初の任務はオープンを見据えて半年間で500名を超える正社員を採用するというプロジェクトです。ただ、人事の組織体制がしっかりしていたことと、連日USJ開業のニュースが流れていたことなどから、応募者集めにはそれほどの苦労は感じませんでした。正社員の次はテーマパークの運営を支えるアルバイトの採用。こちらは桁が変わって数千名という規模です。登録会という仕組みで連日希望者を募り続けてなんとかクリアしました。それが一段落すると、今度はアルバイトスタッフの教育プログラムを考案する担当に。USJは米ユニバーサル・スタジオが手掛けるテーマパークとしては初の海外進出です。ブランドを毀損しないようにと意識する米国側とこまめにやりとりしながら、ゼロからプログラムを作り上げていきました。

USJオープン後は、現場専属の人事担当(いわゆるHRBP、ヒューマンリソースビジネスパートナー)になりました。テーマパークの現場には、アトラクションの運営部門、飲食部門、物販部門などの組織があり、それぞれの部門で人事評価や採用、労務対応にあたる専任者を置く仕組みでした。USJでは当時、それをフィールドHRマネージャーと呼んでいて、私はその中でも従業員の人数が一番多かった飲食部門の初代フィールドHRマネージャーに任命されました。最初の会社で労務系の仕事をした経験がとても生きました。

人事の私が成長しないと社員を幸福にできない

知見録: 現場で活躍するという念願が叶い、前職の経験も生きるという最高の流れだ。グロービス経営大学院での学びになかなかつながらない(笑)。

藤井: そうですね、あの頃は乗りに乗っていましたから(笑)。グロービスを意識するのはもう少し先になります。フィールドHRマネージャーを2~3年経験した後、現場から本部に戻ることになりました。そのとき、若手社員向けに、自分のキャリアの築き方・考え方を伝える研修をしてくれということになって。研修講師を務める機会に、自分のキャリアの棚卸しをしてみたのです。

最初に入ったロイヤルホテルは歴史が古く、当時は中途採用なし、新卒叩き上げという超日本的企業でした。次のUSJは当初こそ第三セクターでしたが最終的には純然たる外資系企業です。共通点は、従業員数の多さくらいでしょうか。

そんなふうに、自分が積み重ねてきた十数年のキャリアを振り返ってみた時、ふと思いついたのです。

「次は、従業員数300人以下で、社員全員の顔が見える規模のベンチャーで人事をやってみたいな。自分自身のキャリアの幅が広がるし、特徴の違う3社を経験すれば、自分が本当に打ち込める会社や組織はどんなものなのかを知ることができるのではないかな」、と。

知見録: すごく戦略的な発想だ。

藤井: そうですね。まだ、グロービスで経営戦略の授業を受けていなかったんですけど(笑)自分の頭の中では、3つの企業イメージをマッピングできていました。そして、「スピード感があって人と情報が集まるのはやっぱり東京だから、次は東京のITベンチャーかな」というイメージが膨らんできました。

すると、まさにその通りのチャンスが舞い込んできたのです。USJの元同僚で、東京のITベンチャーで経営企画をしている人が大阪に帰省したとき、声をかけてくれたんです。「うちの会社、そろそろ管理部門から人事機能を切り離して人事部を作ろうと思ってるんだ。その初代人事部長をやらない?」って。話だけでも聞いてみようと、まずは先方のCFOと会うことになったんです。その方が、グロービス経営大学院のファイナンス担当教員の斎藤忠久さんでした。

知見録: うーん、「思えば叶う」というか、「ご縁」というか、「わらしべ長者」のようというか(笑)。

藤井: はい(笑)。一次面接の面接官は斎藤さんでした。USJの元同僚の紹介ということで、面接は和やかな雰囲気で進みました。私がキャリアの棚卸しで描いていた企業像にも合うし、創業社長もキラキラした眼でビジョンを語る魅力的な人物でした。そこで、2006年1月に株式会社エムティーアイに入社しました。

入社2年目に、斎藤さんから「会社の経営層育成のためにMBA派遣の制度を導入しないか」と示唆をいただいて、プランを作成したんです。グロービスだけではなく他のスクールも比較検討した結果、ビジネスの現場をよく知っていらっしゃる講師陣やコスト面の優位性などを勘案して、グロービスに決定しました。最初は2名を派遣することになり、希望者を募っていたのですが、斎藤さんから「藤井さん自身が行ったらどう?」と言われ、正直悩みました。頑張れば最短2年とはいえ、人事部の立ち上げフェーズにあって、そもそも学習時間を捻出できるのか…。

でも、やはり経営を体系的に学んでいないという問題意識がずっとあったんですよね。人事って経営者にとって一番のパートナーでなければならないと思っていますし、そのためには経営者と同じ目線で同じように物事を考えられないといけないと思うのです。人事は社員の方への影響が大きいので、自分自身がもっと成長しないと社員を幸せにすることなどできないという思いもありました。そこで、長い一生のうち2年くらいはがむしゃらに勉強してみようという気になって、自ら手を挙げました。2007年10月期から単科でいくつかの科目を取り、2008年の4月から本科生としてグロービス経営大学院に入学しました。同期入学の仲間はたしか100人ぐらいだったと思います。

知見録: 2年間の学びで得たものは?

藤井: 得たものは数多いのですが、一番刺激になったのは「同期のみんなの努力の仕方」ですね。そもそもみんな優秀なのですが、私以上に仕事が忙しい人、家族もいる中で時間をやりくりしている人が、私よりも頑張っている姿を見て、自分はまだまだ楽をしていたんだなと痛感しました。私だってもっと頑張れるはず、と。

知見録: 最も刺さった授業は?

藤井: 得るものが授業ごとに違うので単純比較は難しいですが、ビジネスパーソンが知識としてしっかり学ぶ意味があると思ったのはファイナンスでしたね。基礎から応用まで一通りやれたことはすごく大きいです。実際、経営に近いポジションになってくると、普段から社長やCFO(最高財務責任者)と話す機会が多く、ファイナンスの話題も増えます。そのときに共通言語として知識があることは必須です。

また、経営戦略にせよマーケティングにせよ、体系的に学ぶことで、物事の本質をどう掴みにいくかという視点を得られました。どの教科においても様々なディスカッションやケースを通じて、入学当初とは物事の捉え方が変わりました。

理想の会社を作りたい

知見録: 数人のチームでテーマを掘り下げる「研究プロジェクト(以下、研プロ)」にも参加された。

藤井: 安永雄彦先生が担当された研プロ「志の研究」に入りました。グロービスが大事にしている「志」について半年間かけて追究する内容です。自分の志を明確にするというより、志というもの自体を定義し、それはどのように育まれるのかインタビューで明らかにしていくというものです。

そこで行き着いたのが「志の種」という考え方。人は1個、ないしはいくつかの「志の種」を自分の中に持っていて、それがいろいろな経験をする過程でふるいにかけられて育っていく。もちろん、大輪の花のような志の花を見つける人もいるけれど、誰もがそうではない。

我が身を振り返ると、当時の私はまさにその種を育てているフェーズでした。自分の日々の仕事を通じてその志を果たしていきたいし、それが実現できる環境を探さないといけないと認識しました。

知見録: その後の進路は?

藤井: そもそも会社から派遣された身なので、卒業後3年間は貢献したいと思って、実際に3年数カ月勤めました。そして、2013年の7月に、現在も勤務する株式会社アバントに転職。先ほどの「志」の話に通じるのですが、私が人事という仕事を通じて何に貢献したいか考えたとき、事業成長を支え、自社の従業員が仕事で成長し経済的安定を得られるというのはもちろん、より人生を豊かにすることに寄与したいなと思ったんです。そして、その志を果たすには、自分の価値観と似た、社員の幸せに重きを置く経営者の下で働くのが一番だと判断しました。

知見録: その発想は、MBAを取得したから生まれたのか?

藤井: いえ、元々感じていました。ただ、グロービスでの学びを通して、会社を選ぶ軸がより明確になりました。資本も規模も違う3社を経験した後のタイミングで、どんな会社なら一番自分が貢献できるのかを客観的に見つめることができました。出てきた答えは「経営者が人に対してどのような哲学を持っているのか」を大切にしたいということでした。そこに共感できる会社であれば、資本構成や業種とは関係なく、最大のパフォーマンスが出せるはず。そんな確信を持てるようになったのです。

アバントの社長は本気で社員の人生が豊かになることを考えていて、この会社を選んだことは正しかったと思っています。経営トップの思いを組織の隅々まで浸透させ、具体化していくのは簡単ではありません。それは人事である私の課題です。

「人事の出番が少ない職場」が理想だと思っています。現場の責任者とメンバーの間で「人の成長」を考えたコミュニケーションが交わされ、働きがいを持って主体的に価値創造に貢献できる職場であるならば、人事は情報管理や給与などの各種手続きというファンクションやサポーターとして存在すればいい。そんな自然体の気持ちも胸の片隅に持てるようになったのも、グロービスでの学びのおかげかもしれません。社員が「こっちに行きたい」「こうなりたい」と思っている方向へ向かうためのサポートをしたり、そのきっかけとなる情報や環境を提供することも私達の役割だと思っています。

時間はかかりそうです。3年、5年かけて、そんな会社に近づけたいと思っています。社長には「遅い!」と言われそうですけど(笑)。

人生の可能性を高める「場」を持とう

知見録: 最後に、MBAを学ぶ後輩たちにメッセージを。

藤井: 私はMBAを取る過程で、それまでの自分にはなかった種類の自信を身につけることができました。それは単に知識をつけたということだけではなく、膨大な時間をやりくりして学びに打ち込む集中力、自分はまだまだ頑張れるという胆力などの点で、今まで自分の限界だと思っていたものが、そうではなかったということに気づいたということかもしれません。

「自分に克つ」のはとても困難なことです。怠けたいとか、楽をしたいとか、そういう自分の中にいる悪魔の囁きにどう打ち勝つか。そのための1つの重要なポイントが、自分に負けそうなときに心を奮い立たせてくれるものがあるかどうかです。仮置きでもいいから「これを実現したい」という目標を持つこと、それをできる限り具体的にイメージすること、そこに至る道を日々前進している自分自身の姿を想像すれば、大変な状況も楽しめると思います。

私は、自分の環境を自分でつくってきたと自負しています。しかし、それは自分ひとりの力だけで実現したものではなく、人とのご縁を通して機会を与えていただいたものばかりです。会社の中だけに閉じこもっていると「井の中の蛙」になってしまいますから、外の世界の人たちとの接点もどんどん広げていただきたいと思います。そうした「場」を持っているかどうかが、私たちの人生の可能性を大きく左右するように思います。

知見録: 藤井さんの場作り、理想の職場作りに期待している。ありがとうございました。
 

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