丸井グループ代表取締役社長の青井氏、セブン&アイ・ホールディングス 取締役常務執行役員の伊藤氏、ヤフー株式会社 執行役員の小澤氏に、eコマースを含めた小売の最前線を具体的にお話いただいた。今回は、各氏が未来の「お買い物」がどのようなものになるのか、その姿を大胆予想します。(第2回/全3回)
コマース革命で日本が世界の模範となるために、企業はどう動くべきなのか[2]
岡島悦子氏(以下、敬称略): いずれにしてもマネタイズポイントの多重化というのはすごく面白い。皆さん、もともとリアルとネットの両方で収益化していきましょうという考え方だったとは思うけれども、加えて、たとえば金融のような機能でも儲けていくとういうところがすごく面白いですよね。
小澤隆生氏(以下、敬称略): もともと丸井さんは金融業を併せてやっておられたし、セブン&アイさんも銀行をお持ちになっていたりする。じゃあ、それをインターネット上でもやるとなると、どうなるか。今Yahoo!ショッピングがなぜ売れているかというと、ポイントをばらまきまくっているから。だから、もうめちゃくちゃ赤字なんです。去年は150億の赤字を出した。150億のお金を消費者に出してるわけで、それは安くなるし、売れるに決まってる。
じゃあ、そのお金をどこで取り戻すかというと「Amazonプライム」に伍する「Yahoo!プレミアム」の会員費だったり。あるいはクレジットカード会社を買ったので決済手数料でも儲けるという風に、とにかくビジネスを多重化してきた。そんな風にして、モノを売る際の粗利だけで勝負するということを止めていく。実際、アマゾンも直販部分は大赤字だから。けれども別の部分で儲けを積み重ねて黒字化している。
ロイヤルカスタマーを、会費を取りながら作り出す「コストコ」モデルのすごさ
そして、もう1つの流れというのはロイヤルカスタマーをつくること。しかも、お金をもらってつくる。これが商売の多重化と2重で効いてくる。お金をもらってロイヤルカスタマーにするのが最高。それはコストコが証明している。ウォルマートがどれほど強くても「コストコがいい」と。それをインターネットでやろうとしているのがアマゾンだ。あるいは少し前に買収された…、ウォルマートが買ったのかな? 「Jet.com(ジェットドットコム)」。ヤフーもそういう形で投資をしたところ、明らかに強くなってきた。そんな流れがここ2~3年で一気に出てきた。それまでは買い手から会費を取るという考え方はあまりなかったけれども。
岡島: たとえば伊藤さんのところでは「赤ちゃん本舗」がそういったモデルだったか。
伊藤順朗氏(以下、敬称略): かなり前は有料会員制でやっていたけれども今はまったくお金を取っていない。ただ、そうした無料配達や即日配達はやっぱり過剰で、もしかしたらお客さまに少し会費をいただくことで経費を賄うという考え方もある。それは商売の多重化というか、儲け筋を変えるということで、そういう方法もあるかな、と。すべて無料でお届けすべきかどうかというのは考え直さなければいけないように思う。
岡島: そのあたり、丸井グループとしてはどうお考えだろう。
青井浩氏(以下、敬称略): 小澤さんがおっしゃるサブスクリプション(会費制)ビジネスは今後とても大事になっていくと思うし、僕らもぜひ考えていきたい。ただ、ロイヤルカスタマーという意味では当社にも「ゴールドカード会員」の制度があるものの、これが“逆サブスクリプション”(笑)。通常、ゴールドカードといえば会費をいただくことで行き届いたラグジュアリーなサービスを提供するものだと思うけれども、当社はそれをひっくり返して会費無料(インビテーションの場合)とした。おそらく世界で唯一の年会費無料ゴールドカードだと思う。それを比較的低いエントリーでご提供している。普通にご利用いただいて普通に返済していただいたら、比較的短期間でゴールドカード会員になっていただける。そういうモデルをつくった。
その結果、たとえば26~27歳という社会人の方々がゴールドカードを持つようになった。すると、このカードがとても大事になるというか、それが嬉しくなって、ずっとファーストカードとして使っていただける。だから逆になっちゃっていて(笑)。これも一方では通常のサブスクリプションモデルがあるからこそ成り立っているのかなとは思うけれども。
一般的なゴールドカードを含めて、金融ビジネスというのはだいたい富裕層向け。所得階層で一番上のほうにある三角形を狙っていると思う。でも、私たちはもともと月賦販売を行ってきた会社だし、どちらかというと富裕層以外の、いわゆる中低所得層と言われる方々に寄り添う商売をしてきた。まだお金は持っていないけれども今後収入が増えていくという若い人に対し、より良いサービスや商品をご提供するというのがアイデンティティというか、ミッションのようになっている。その意味で、できるだけインクルーシブにしたいというのがゴールドカードのやり方にも出ているのかな、と。簡単に言うと「お得意様=ゴールドカード」で、「=お金持ち」とは限らないということになる。
10年後の「お買い物」はどう変わっているか
岡島: 続いて、御三方には10年後のお買い物がどうなっているのかというお話も聞いてみたい。今はたとえば「Amazonエコー」も出てきて…、あの音声認識がうまくできているかどうかは別として、すでに“スマホの先”のような世界観も少し出てきた。そこで御三方の未来予測というか、「これから自分たちがつくっていくんだ」といった世界観も伺いたい。日本のEC化率が20%前後、市場規模30兆円になったとすると
小澤: 国内のEC化率は20%前後、市場規模だと140~150兆円の小売に対して30兆円ぐらいにまで進むと思う。なので、あと20兆円弱はeコマース市場が新たに出てくる、と。一方で現在のトレンドはというと、小売のPBを含めて、SPA(製造小売業)というかメーカーさんによる直販比率が相当高まってきた。先ほど申しあげた通り、販売の粗利だけで儲けづらくなってきた状況下、これは今後も当然の流れとして進んでいくと思う。私が取締役をやらせていただいているアスクルも同じ。ある程度の販売ボリュームがあるとPB化して粗利を高めようという方向になる。メーカーさんも直販チャネルとしてインターネットを活用するということで、100%ではないにせよ20%ぐらいまではEC化するのかなというトレンドが1つ。
そこで考えてみると、お買いものには2種類ある。「わざわざ」買うものと補充で買うもの。後者は生鮮だったり油だったり日用雑貨だったり。で、そういったものはワクワク楽しみにしながら買うようなものではないし、正直、選ぶ手間も省きたい。だから、1ヶ月に1回補充するなら、もうお買い物という行為でなく勝手に送られてくるような方向になると思う。
EC化が進むのは、「補充でルーティン的に買うもの」
今、アマゾンで何が起きているか。「買いたいと思った瞬間に届いているといいね」から「買いたいと思う前に商品があるといいね」になってきた。こうなると配送のスピード云々というよりAI等の話になるかもしれない。あるいはIoTで家庭内にあるいろいろなモノの消費が分かるようになれば勝手に商品が届くようになる。で、そうなると家が丸ごとサブスクリプションの対象になるような契約も発生し得る。ホテルだとルームサービスが補充してくれるわけだけれども、それと同様に、インターネットやIoTを活用することによってわざわざ買い物をしなくてもいいという世界が、特定の商品に関しては成立するでしょう、と。
一方で、「わざわざ」買うものについては、やっぱり店頭で手に取ったりするのが楽しい。そこも、たとえば中古品やシェアリングエコノミーの文脈で「どうしても」というものがあれば、そこはインターネット比率が高まっていくかもしれない。中古品は在庫が分散するから。でも、新品に関しては専門店で専門の方に選んでもらったりするのがいい。だから、そこのEC化率がすごく高まるかというと、そんなことはないと思う。
いずれにしても、どの買い物も一緒くたに語るのではなくて、いくつかの体系に分けたうえでどうなっていくかを予測するべきだと思う。で、そう考えると「Amazonエコー」や「Amazonダッシュボタン」は、どちらかというと補充のほう。なぜなら画面がないから。AIとかなんとか言ってみても、今はほとんどが補充の文脈で使われている。じゃあ、趣味や嗜好品のほうはどうか。こっちのほうも「VRだ」なんだと言われているけれども、あれはまだ未熟。だからビジネスチャンスがありそうだなと思う。ただし、やっぱり「そこは店頭が強いよ?」という感じを私は持っている。
岡島: ヤフーさんはその両方を抑えていこうという感じですか?
小澤: まずは丸井グループさん、そしてセブン&アイさんと、しっかり提携していく、と(会場笑)。まあ、ヤフー自体は小売りをしないしモノもつくらない。日本の小売業や製造業に対するエンパワーを主軸に考えている。我々が掲げている「eコマース革命」にはすごく大事な点がある。我々が出店のハードルをめちゃくちゃ下げたのはなぜか。モノを書きたいという人はブログによってぶわーっと増えていったし、動画を発信したいという人はYouTubeによってぶわーっと増えていった。同様に、今は「インターネットでモノを売りたい」という人に「ヤフオク!とYahoo!ショッピングならなんでも売れます」と言って、出店のハードルを下げているわけだ。今はそれを命がけでやっている。
なので、とにかく出店のハードルを上げないこと。店の前を通る人とだけ商売をしていても小売業が苦しくなっていくことは明白だし、だからこそ我々がインターネット活用のプラットフォームになりたい。そんなことを考えているので、今後も大手様だけでなく、「自分で摘んできた葉っぱを売りたい」と思っているようなおばあちゃんにも対応していきたい。
岡島: 伊藤さんは10年後のお買い物の姿についてどのようにお考えだろう。
「買う歓び」は、ECでは代替しにくい
伊藤: 1960~70年代にダイエーさんや西友さん、あるいはイトーヨーカドーが出てきた当時、「問屋無用論」ということが言われていたことがある。「中間流通は必要なくなるんだ」と。で、今はどうかというと、ITやインターネットの進歩によってつくり手とお客さまがつながることで、「小売無用論」という話が出てきた。
ただ、小澤さんがおっしゃった通りで、EC化率に加えてもう1つ、「買い物はモノを入手する手段」とだけ捉えるのかどうかを考える必要があると思う。モノを入手することだけを考えるなら、サイトがあって、あとは物流があれば十分足りちゃう。でも、それだけじゃないんだろうな、と。そこで、人と人とのつながりとか、お客さまが買い物で体験することは何かを考える必要がある。商品に触るだけじゃない人との関わりや、五感を通じて商品を体験するといったことが、今後はますます重要になるのかなと思う。
10年後がどうなるかと言えば、もちろんオール・オア・ナッシングにはまったくならないと思う一方で、やっぱり何割かはEC化していく。それはじわじわ増えて、商材によっては相当な比率になる可能性がある。家電でも差別化できないような商品はどんどんEC化率が高まっていくかもしれない。ただ、たとえば食品であれば今は2%ぐらいのEC化率になるけれども、それがどこまで増えていくのかというと…。
買い物というものを「モノを入手する手段」以外でも捉えていく必要があるのだと思う。震災発生時、私たちは被災された方々のところに商品をお届けすることがあったけれども、「そうすると引き篭もっちゃうから店舗のほうに来てもらうようにして欲しい」というお話をいただいたことがある。そういった役割は今後も続いていくと思うし、たとえばコミュニティの場としての店舗というのもあるのかなと思うので。
岡島: 少子高齢化もその辺と関係するかもしれない。青井さんはどうだろう。
青井: 僕としては、レジャーとしてのお買い物は結構ノスタルジックなものになっているんじゃないかなということで、今後はすごく少なくなっていくように思う。理由の1つはやはりeコマース。小澤さんは20%とおっしゃったけれども、僕は30%ぐらいまでEC化率が進むんじゃないかなと思っている。で、そのとき、リアルの店舗はたぶん体験ストアのようになっていくのではないかな、と。アップルストアが分かりやすいけれども。そこで買うわけじゃないけど、アップルの世界観を体験できるような場所になっていくのかなと思う。それと、モノからコトへの変化も重要だと思う。去年あたりから「コト消費」ということがよく言われるようになってきた。外国人観光客の方々による消費も、爆買いからコト消費や体験消費に変わっていった。お金の使い道がモノでなく体験やサービスといった無形のものになっていく。そういうこともあるから、いわゆる「お買い物」はますます少なくなっちゃうのかな、と。さらに言うと、今は購入して所有したりすることを嫌がる人がかなり増えてきている。それでレンタルやシェアも増えていて…。
ECではレンタルやシェアリングの成長可能性が大きい
岡島: エアークローゼットさんのような。
青井: そう。eコマースでも今はレンタルがすごく伸びている。あと、最後にもう1つ、今まではお買い物というとBtoCだったけれども今はメルカリさんのようなCtoCも増えてきた。そのぶん、モノの取引はあるけれどもお買い物という感覚は小さくなっていくんだろうなと思っている。なので、我々はBtoC前提でこれまでビジネスをしてきたけれども、CtoCが主流になってきたとき、どんな風に変わり、あるいは進化していくべきなのか。そのあたりもすごく大事になるという気がしている。
岡島: そのあたり、ヤフーさんはBtoCとCtoCの両方を持っていらっしゃる。
小澤: まず、日雑のCtoCというのはほとんどない。使いかけの油とか売れませんから(会場笑)。結局、それも向くものと向かないものがあるので分けて考えたらいいと思う。正直、靴なんかも厳しいわけですよ。「4年間履いてました」とか(会場笑)。だからかなり限定される。リサイクルのマーケットサイズは2兆円と言われていて、そのうち1兆円がヤフオク!で、もう1兆円がブックオフさんをはじめとしたリアルが中心になる。そこのサイズは、まあ、どこまでいっても10兆円は超えないかなと思う。
ただ、きょう日10兆円のマーケットや産業というのはなかなかないし、今後もBtoBを含む中古やシェアリング系の話はまだまだ大きくなると思う。皆さまのご自宅でもタンスを開けてみれば使っていないものが山のようにある。日本には世界最大の金鉱脈があると言われている。タンスです(会場笑)。ダイヤと金は日本のタンスに埋まっているわけで、これは合計すれば数兆円にもなると言われている。それは引っ張り出したほうがいい。今後は相続のやりとりだとか、そういうのもシェアリングエコノミーの一環に入ってくると思うので。
「モノからコトへのシフト」でもECが利便性の向上の鍵を握っている
岡島: 青井さんからご提示があった「モノからコトへのシフト」ついてはどうだろう。飲食の予約等でヤフーさんにも関係してくると思うけれども。
小澤: あ、そうですね。ECというと物販だけが意識されがちだけれども、サービスという領域も150兆円ほどある。皆さんのなかでも、今回北海道へ来るにあたって店頭に足を運んで航空券を予約した方はあまりいらっしゃらなかったと思う。そうしたサービスはインターネット購入が当たり前になってきたし、まだまだ伸びると思う。
宿泊や飲食といった体験先については単純にチャネルの問題になる。そこで私どもは一休という会社を買収した。ホテルを買収したわけじゃない。最終的にはホテルやレストランに行くけれども、そこは物流が絡まないからすごくスイッチしやすい。たとえば対アマゾンでどうするかといったとき、「じゃあ、倉庫をつくるのか」というと、つくりません。でも旅行の予約に物流は関係ない。どこから買うと一番安いかという話になるから、お客さんもスイッチしやすい。その意味でもサービスのECは今後一層盛んになっていくと思う。ご質問の文脈とは少し違うかもしれないけれども、やっぱりコトもeコマースになっていく。
簡単に言うと今まで電話で注文していたものがインターネット経由になるという話だ。コミュニケーションの1つとしてインターネットが出てきた。今、飲食店は空いてるかどうかが分からない。で、そのまま店を訪れて、それで空いていないと断られたりするわけですよ。ホテルも昔はそうだった。だから飲食店についても、空いているかどうかがインターネットで分かるのは当たり前という世界が、絶対にやって来る。人間は断られるのが何より嫌いだから(会場笑)。ね? 今は断られてるわけですよ。「こんな不便なことが起きていていいわけがない」といった領域が最初に改善されていくと思う。(第1回はこちら/第3回はこちら)
※この記事は、2017年3月18日に北海道ルスツリゾートで開催されたG1サミット2017のセミナー「コマース革命で日本が世界の模範となるために、企業はどう動くべきなのか」を元に編集しました
※GLOBIS知見録「視る」で本セッションの動画版をご覧いただくことができます
小売業界で勝ち抜くための「オムニチャネル戦略」~丸井、セブン&アイ、ヤフーの事例から