【カネ系鼎談―後編】VUCAな変化への向き合い方を考える 

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グロービス経営大学院や企業研修の場で「アカウンティング」や「ファイナンス」などを日々教えている「カネ系領域」の担当教員たちに、「テクノベート」(テクノロジー×イノベーション)のインパクトを聞く前後編。後編は、VUCA時代におけるリーダーのあり方について。(企画・構成・聞き手=水野博泰 GLOBIS知見録「読む」編集長)

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知見録: もの凄い変化が起きていることが分かるが、カネ系領域のファカルティの皆さんとしては、これはワクワクなのか戦々恐々なのか。

吉田素文 グロービス経営大学院 教員

吉田: 半分ワクワク、半分戦々恐々。先程の星野さんの話に乗っかれば、企業の経営状態が時々刻々と測定されて、その結果から毎分毎秒の企業価値が計算されるようになるかもしれない。すると「企業価値とは未来に生み出すキャッシュフローをリスクファクターで割り戻したものである」という大前提が見直されることになるかもしれない。今流れている情報から企業価値がリアルタイムに計算されるようになれば、いろんなことが効率的になり、世の中にとっても良い。その点ではワクワク。一方、何をどのようにして測定するのかはまだ見えないし、フェアな取引条件や競争条件を構築することは大変なことだろう。その点では戦々恐々だ。とてもアンビバレントな感覚だ。

また、テクノロジーの変化に対して社会制度の変化はどうしても遅れるし、保守的にならざるを得ない。スピードの違うものをバランスさせ、トランジションさせていく方法論はよく分かっていない。

星野優 グロービス経営大学院 教員

星野: やっぱりワクワク。確かに法体系の整備などはどうしても後追いになる。世論とか社会的合意というのは、後から徐々に形成されるものであり、やむを得ない部分もある。そんな状況の中で、僕らみたいな実践的経営教育に携わる立場でできることは、リアルビジネスで生きている学生たちとこうしたチャレンジについて真剣に議論して、それを対外的に発信もして、少しずつかもしれないけれども自分たちが未来を先取りしていくという行動に落とし込んでいくことなんじゃないか。0.5歩先を攻めるようなワクワク感を生み出せれば面白い。

廣瀬聡 グロービス経営大学院 事務局長

廣瀬: 私は金融業界出身だが、金融業界はこのままでいようとすれば消えざるを得なくなると思った方がよい。国家の発行する通貨という概念さえも危うい。なぜならば、これまで貨幣価値は国家の信用にもとづいていた。しかし、ビットコインのような電子マネーは国家ではなくテクノロジーに依拠して普及している。貨幣経済が成立する構造の変化は、金融や国家のあり方そのものを見直すことにつながるだろう。

 

そう考えると、もはやこの変化を楽しむしかないという気分になってくる。この変化に背を向けて逃げたとしても、その先には何もない。開き直るしかない(笑)。

こういうことを、シリコンバレー企業の経営者は真剣に考えている。その真剣度は現在の日本の経営者の比ではない。実学に近い経営大学院として、果たすべき責任は大きいと気を引き締めている。

知見録: 皆さん、経営大学院、企業研修で教壇に立つ現場で、受講生の方々とのインタラクションから変化を感じることはあるか。

吉田: 良いモノを作り、真面目に売り、良いサービスを提供すれば必ず儲かるというようなパラダイムでやってきた方々にとっては、やはり、こうした変化に適応するのはとても大変だ。変化そのものを前向きに捉えて、ワクワクして、自分自身で新しいものを生み出していこうというマインドセットを持てるかどうか。そこが分かれ目になる。

大きな変化が間違いなく来るということ、その変化が我々の仕事や会社や産業や社会のあり方を大きく変えていくということ、いち早く適応できるかが勝負なのだということを、できるだけ多くの方々に伝えて、刺激を与えていくことが、我々に課せられた重要な任務だと思う。

知見録: 今の話、この図がよく投写しているのではないか。顧客のライフタイムバリューをどうやって測るんだ、みたいな話が出てくる。

星野: 1回きりの買い物でのお金の出入りではなくて、常にオンゴーイングで自分が感じている満足感をキャッシュで表現する。わくわく感、ありがたみ、利便性みたいな価値を小口キャッシュの支払いで継続的に表現するということ。ライフタイムバリューの時間軸目盛りの設定が少し変わるが、逆に分かりやすくなる面もあるのかな、と思う。

吉田: ネットプロモータースコア(NPS)という顧客ロイヤルティ・継続利用意向を知るための指標があって、それがある一定以上になると企業の業績向上につながるという研究結果がある。最近は、他の指標よりもあえてNPSを追いかける傾向さえある。確かにNPSが高いということはサービスに対する顧客の評価が高いということに違いないのだが、では、その貨幣的な価値、経済的な価値をどのように認識すべきかというのはちょっと違う話になってくる。

ダイレクトなお金のやり取りでは、その場で値段が付く。一方で、例えばネットワーク効果を前提とすると、一方のプレイヤーには無料でサービスを提供して顧客数を増やし、情報を得る代わりに、別のプレイヤーにその情報を元にした価値を提供してお金を貰う(マネタイズする)というのはネットビジネスでは既に当たり前だ。これがもっと幅広い領域で起きてくる。もしくは、売上がなくても参加者数を増やし続けてプラットフォームの価値が高まれば、その将来性が評価されて会社に投資マネーが集まり、事業は継続し続ける。

間接的なお金の流れが複雑に絡み合ってくる中で、どのように経営判断・事業活動の成果を測定し、判断するのかは新しく、難しいテーマだ。

廣瀬: 因果関係じゃなくて、相関関係の世界観だ。

吉田: そう、相関関係の世界において、どうやったら間違えないで合理的に判断できるのかが難しい。

廣瀬: 企業の価値評価とNPSにどれくらいの整合性があるのかについては、この5年ぐらいでNPSが高い企業ほど時価は上がるという分析が出てきている。Apple、Google、Facebookには明らかにその傾向がある。ただし、あらゆる業界に対して指標化できるかは明確になっていない。相関関係について仮説を検証している段階で、フレームワークやモデルにするための途上にある。クラスで受講生の皆さんに体系として教えられる段階にはないが、1つの仮説として紹介しながら、共に検証していくといった段階だ。

知見録: カネ系だけでなく、戦略、マーケ、組織行動などMBAカリキュラム全体に影響が出てくるように思える。

吉田: アカウンティングとかファイナンスとかは、「カネ系領域」というよりも、「数字を使った測定系」と言った方がよい。見ている数字はお金だけではない。非財務的な指標と財務的な指標の両方があり、それらのトータルで企業の活動と成果を測定していくんだという意識で取り組んでいる。

廣瀬: 意思決定の領域においては、今までとは桁違いに膨大な情報が入ってくる中で、管理会計の世界も変わっていくだろう。そして、企業買収に関わるバリュエーションなども大きく変わり始めている。

知見録: 経営者もマインドセットをかなり変えていかなければならない。そのことを、どう伝えたらいいのか。

吉田: 変化には2種類ある。「Y=aX」的な線形変化と、「Y=aX^2」という幾何級数的変化。いつ、リニアからエクスポネンシャルに移行するのかを読み切ることが大切。そういうパラダイムの変化を実感して自分事として感じている方は多くはない。これだけIOTだ、ビッグデータだ、AIだ、第四次産業革命だって騒がれているのに、直近の売り上げばかりを追っている経営者もいる。

「エクスポネンシャルのカーブに移行してしまったら、もう間に合いませんよ」と警鐘を鳴らしているが、意識はすぐには変わらない。

星野: 若い人にはまだ救いがある。サムシング・ニューを自分のアンテナでキャッチできる人が多い。言葉と言葉の相関関係の中から何らかの法則や方程式を見いだせるのは、彼ら・彼女らだと思う。ぜひ応援したい。

廣瀬: グロービスのエコシステムをもっと活用してもらいたい。経営大学院やマネジメントスクール、企業研修、グロービス・キャピタル・パートナーズのほか、G1経営者会議やG1サミット、さらには知見録というネットワークもある。指数関数的な環境変化における知の開発・検証・伝搬という面で、もっと社会に貢献できると思う。

吉田: 情報が核となる価値創造への変化と、我々の仕事を取り巻く情報環境の変化は、いわゆるピラミッド型組織の「下から上」の意志決定プロセスを壊す。さらに言うと、労働時間と生産価値の相関関係を崩す。働いた時間の長さと生み出した価値は必ずしも比例しなくなっている。すべての人は、この世の中において自分はどんな価値を生み出しているのか、その価値を生み出すために自分の時間、すなわち人生をどのように使うのかを問い直してみる必要がある。

知見録: 価値を生み出す人間の価値が見直されている…。現在価値を導く方程式だが、それ自体は変わっていくのか。

廣瀬: 式そのものの骨格は変わらないものの、例えばフリーキャッシュフローというものの背景にある前提や予測方法が変わってくる。顧客満足度とか利用度とか評価とかいったものの重みが高まる。

星野: 分母はタイミングギャップをうまく修正できる構図にはなっているが、プロジェクション、予測シナリオというものをもっと精緻化するか、根本的に設計しなおすかということが必要になってくるだろう。

廣瀬: ブックバリュー・簿価という概念は徐々に無くなって、いよいよすべてが時価で処理される方向に向かう。

吉田: この式は、企業価値は「フリーキャッシュフロー」の現在価値だよって言っているわけだが、僕が妄想したのは、例えば「フリーレピュテーションフロー」とか「フリートラストフロー」とかいったものが、この方程式に乗ってくるんじゃないかということ。「温かい気持ち」みたいなものだって価値だ。でも、そうした多様な価値を変換してまとめるために、世界では今、「貨幣価値」を使っている。だから、貨幣価値という概念が無くならない限り、いろんな価値をフリーキャッシュフローに変換するという作業とこの方程式は生き残ると思う。

ただ、最近は分母の方が気になっている。テクノベート時代のビジネスモデルの前提にあるのは継続的かつ大量の情報流。その時点での価値と、その時点でのリスクが、常にアップデートされるようになった時、不確実性というものをこの分母にどう織り込んでいけばよいのか。不確実性にも「Uncertainty」と「Volatility」の2種類があるが、これまではまるっとまとめてリスク係数に落とし込んできた。今後は、リスクを予測するということの意味がそうとう変わってくるのではないか。

知見録: 変化を捉え、分析し、意思決定するための経営フレームワークそのものが変化の洗礼を受けることは間違いなさそうだ。かなり大きな挑戦だが、今後はどうアプローチしていくのか。

吉田: まずは、論点を押さえて、問わなければいけない問いを整理する。個人的にはこの1年ぐらいで、問いの整理は大体できたかなと思っている。ここから、どう深めていくかについては様々なアプローチがあると思うが、我々の強みは企業経営の現場から学べるということだ。

星野: その際に取るべきスタンスは、「1歩先」ではなく「0.5歩先」を追うことだと思う。VUCA(Volatile, Uncertain, Complex, Ambiguous)ワールドでは、1歩先は遠すぎてブレが大きい。変化のスピードにキャッチアップしながらの0.5歩先を見通すのがちょうど良い。

廣瀬: MBAカリキュラムに、こうした新しい流れを組み込んだケース教材を取り入れて新しい学びを提供するのが我々の使命だ。例えば、ファイナンス基礎やアカウンティング基礎といったクラスの中で、新しい知見を紹介し、きちんと議論する場を作ることをできる限り早い段階で行っていきたい。

吉田: 最後に一言だけ。VUCAの時代だからこそ、本当に変えなくてはいけないこと、絶対に変えてはいけないものを、リーダーはしっかり見極めなければならない。そのためには、もっと徹底的に学ぶこと、もっと大胆にチャレンジすることの2つが必要だ。自戒も込めて、最後のメッセージとしたい。

知見録: ありがとうございました。


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立教大学大学院文学研究科教育学専攻修士課程修了。ロンドン・ビジネススクールSEP(Senior Executive Program)修了。大手私鉄会社を経て現職。グロービスでは、ケースメソッド等インタラクティブな経営教育の方法論を専門とし、多数の質の高い講師・クラスを創出。論理思考・問題解決・コミュニケーション・経営戦略・リーダーシップ・アカウンティング・組織論等の経営の広範な領域においてのコンセプト・プログラム・コンテンツ開発多数。グロービス経営大学院での講義の他、企業での経営者育成、シニアマネジメント向けプログラムの設計、および企業の実際の戦略・組織課題を扱うセッションの講師を多数務める。著書に『ファシリテーションの教科書』(東洋経済新報社)がある。

慶応大学経済学部、カーネギー・メロン大学経営管理工学科(MSIA/MBA)修了。大手銀行にてデリバティブ・リスク管理・提携推進業務に従事後、米系戦略コンサルティング 会社に入社し、大手金融機関や事業会社の全社/事業部戦略立案、提携戦略支援、M&A推進プロジェクト等多数のプロジェクトに参画。その後AIG/AIU保険会社執行役員、ベルシステム24常務執行役員・共同COOを経て、2016年よりグロービスに参画。経営戦略策定とその執行の両面で豊富な経験を有する。既存事業の変革、新規事業の立ち上げ経験多数。また、危機管理面での経験も豊富。

慶應義塾大学法学部卒業、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院修士課程修了(MBA)。大手総合商社にて、主に東南アジアの資源開発・輸入案件向けのプロジェクトファイナンス業務に従事。約3年にわたる海外駐在時には、石油化学製品の製造・販売合弁事業会社の非常勤役員に就任、出資・融資・製品引取も絡めた複合取引を実現。株式会社グロービス入社後は、ファイナンス系科目の教材開発等を担当する傍ら、グロービス・マネジメント・スクール及びグロービス・オーガニゼーション・ラーニング(企業研修)にて講師も務める。主著に『[実況]ファイナンス教室』(PHP研究所)。

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