グロービス経営大学院や企業研修の場で「アカウンティング」や「ファイナンス」などを日々教えている「カネ系領域」の担当教員たちに、「テクノベート」(テクノロジー×イノベーション)のインパクトを聞く前後編。前編は、「価値」と「評価」について。(企画・構成・聞き手=水野博泰 GLOBIS知見録「読む」編集長)
知見録: ずばり、テクノベートによってカネ領域にはどんな影響があると考えているか?
廣瀬聡(以下、廣瀬): 2016年まで実業の世界に身を置き、経営に関わってきた者として思うのは、「モノの評価」のあり方が変わりつつあるということ。今までは財務諸表の結果だけを見てきたが、技術の発展で顧客や市場の動きがほぼリアルタイムに掴めるようになっている。それは、企業の評価、組織の評価、ヒトの評価が変わるということであり、経営のあり方が変わるということでもある。
星野優(以下、星野): グロービスで長くカリキュラム開発に携わってきたが、どの科目でもで共通に言っているのは「割り算」という切り口だ。
知見録: 割り算?
星野: 現代ファイナンス理論の核となる「現在価値(PV)」「正味現在価値(NPV)」の考え方では、将来キャッシュフローを予測して分子に置き、リスクを織り込んだ割引率を分母に置き、現在価値に割り戻す。シンプルな割り算スタイルになっている。
ポイントは、テクノベートが今後、社会の市民権を得るようになってきたときに、分子のフリーキャッシュフローをより精緻に見通せるようになってくるということ。テクノベートによってもっと柔軟な資金調達が可能になればリスクそのものの設定が変わってくるかもしれない。割り算の基本構造は変わらないだろうが、分子・分母のファクターには何らかのインパクトが及んでくるだろう。その辺りをタイムラグ少なく捉えることができれば、テクノベートの潮流をMBAカリキュラムに直結させたり、橋渡しすることができると思う。期待を込めて、ポジティブに見ている。
吉田素文(以下、吉田): 一昨年、昨年あたりから、会計やファイナンス、戦略、組織論などについて企業のエグゼクティブの方々と一緒に考える機会が増えているが、「このままじゃ、まずいな」という危機感を抱いてきた。今起きているテクノロジーの変化が、世の中にどういうインパクトを与えるのかということを、自分なりに整理して理解しておかないと、しっかりした議論ができないと感じたからだ。そんな問題意識を持って勉強している真っ最中だ。
結局のところビジネスとは価値を生み出す活動であり、様々な段階で価値を何らかの基準にもとづいて「測定」し、そこから判断、行動する。今は、測定の仕方とか測定基準が、個人、企業、社会の各レベルで大きく変化しているフェーズにある。価値を生み出すメカニズムそのものが変わる側面もあるし、価値をどのように測定し、判断するかという方法論の側面もある。
もう1つ感じているのは「時間感覚」が変わるということ。潤沢で膨大な情報が常に流れていて、どの時点でも分析が可能になりつつある。例えば1年とか四半期とかの期間で区切って考えるという、会計などの分野では大前提となってきた時間感覚が変わってくるかもしれない。適応するのはけっこう大変だろうなと感じるのと同時に、いったい何が起こるんだろうというワクワク感の両面がある。
知見録: 2016年10月にグロービスの「FG(Faculty Group)計画検討会」が行われ、6つのFG(モノ系、カネ系、ヒト系、思考系、創造系、志)がそれぞれの問題意識や研究開発の状況を発表した。カネ系FGの発表の中には「第四次産業革命」というスライドがあり、その1枚に様々な意味合いが込められているように思った。再度、今何が起こっているのかを聞きたい。
吉田: このスライドは、今起きていることを捉える上で非常に重要だ。技術・情報の環境がものすごく変わっている。ビッグデータ、アナリティクス、アルゴリズム、AI(人工知能)、ユビキタス、IoTといったキーワードで語られているものだ。いろんなものがネットやクラウドによって常につながり、情報が交換され、処理され、フィールドバックされる。こうした新たなループによって、顧客に提供する価値そのものが変わってくる。当然、企業と顧客との関係性も変わる。
卑近な例で言えば、スマートフォン。これ、買った時の価値って、実は大して無い。それはハードの価値でしかない。買った後に自分が必要とするアプリをダウンロードし、情報を入力していくことによって、「自分が必要とする情報が届く」という価値を生み出す道具になっていく。顧客に対する価値は売られた瞬間に生み出されるのではなく、売った後に追加されていく。顧客にとっての価値を生む時間軸が変わったのだ。
ハードとソフト、そして、その上に乗る情報というレイヤーがあるわけだが、ハードよりもソフト・情報の比重が高まっている。例えば、遠くない未来、自動運転車が売られた時、不具合の多くは工場に持ち込むのではなく、新しいソフトをダウンロードすれば直ってしまうだろう。カイゼンが常み、提供価値が常に変わる。儲けるためのビジネス原理が変わる。競争が変わる。産業構造が変わる。価値を生み出すための源泉が変わる。
既存の業界の枠組みというものは多くが溶解してしまうだろう。これまでは、バリューチェーンの順序に従って様々なプレーヤーが様々な価値を積み重ね、顧客に一番近い最後のところにいるプレーヤーが販売するというモデルだった。ところが、バリューが顧客自身の活動の中で生み出される度合いが高まることになった途端に旧来型バリューチェーン・モデルが崩れる。顧客がやりたいことを実現できるような最適化という価値を、どのタイミングで、どのようにして提供するかという新しいサイクルが回り始める。
だから、既存の業界区分とか企業関係はどんどんバラバラになっていく。バラバラになったものをどのようにして整理し、まとめて、コントロールするかが次の課題になる。その段階になって、新たなエコシステム、生態系、結びつきのメカニズムが形成されていくことになる。
知見録: 業界構造からエコシステムという関係性の構図に変わっていく…。
吉田: エコシステムの中で重要な役割を果たすのが「プラットフォーム」。例えばFacebookは何のプラットフォームか。元々は単独のソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)だが、最近は様々なアプリケーションにログインしようとするときに「Facebookのアカウントでログインしますか?」と聞いてくる。つまり、他の様々なソフトウエアやサービスが乗っかる汎用プラットフォームになっている。IoTが進展して、あらゆるものにチップが埋め込まれ、情報流通が桁違いに増えてくると、新たなプラットフォームが至るところで生まれ、その集合体がエコシステムとなり、非常に複雑な関係性が生まれてくる。その中で、新規、既存のプラットフォームがどのように組み合わさり、その中でどのように価値が創出され、どう分配されていくのか。おそらく、現状とは違う経済性の基準で判断する必要が出てくるだろう。
知見録: エコシステム化した世界観にマッチしたカネ系領域のリストラクチャリングが必要かもしれない。
吉田: MBAスクールで教える経営学は、経済学、心理学、社会学などを総合したものだが、その中でカネ系のベースになっているのは経済学。経済学の根底にある考え方の1つは、あらゆる資源は限られていて、ときに希少なので、それらをいかに効率的に活用して、コストを最小化し、効果を最大化するかということ。「規模の経済性」とか「範囲の経済性」というのは、まさにそういうことだ。
ところが、「情報」という資源が中心になる時代になると他の財やサービスとはかなり異なる「情報の経済性」をベースに考える必要が出てくる。情報には排他性がない。複製が容易で限界費用(追加の価値1単位を生み出すのにかかるコスト)が限りなくゼロに近い。供給サイド中心のモデルでは適切に判断できないケースが多く、顧客側における価値創造をいかに大きくするかが中心論点になる。サプライサイドからデマンドサイドへの視点転換が必須なのだ。「ネットワークの外部性」、情報と情報を組み合わせることによって価値を高めていくという「連携の経済性」など、価値創造の経済原理が変わるということだ。
知見録: 最初の図で、矢印の終着点が「組織・仕事の変化とマネジメント・システムの変化」になっているのとも関連してくる、と。
吉田: 上からの矢印は、例えば売り上げをいくら上げて、コストをいくらかけて、結果いくら儲かったという観点だけでは、もはや業績判断できなくなってくるということ。米Amazonはもう20年近くほとんど「利益」を出していない。FacebookやGoogleは、無料でものすごく便利なサービスを世界中で提供している。もちろん、マネタイズの仕組みは作っているのだが、そういう組織の中で働く人は、「売り上げを上げて、コストを抑えて、利益を最大化する」という単純な発想ではマネジメントすることができない。経済性原理の変化は、企業が何を目指し、何を指標にして、どのようにビジネスを運営していくのかというところを変えていく。
知見録: もはや、「売上-コスト=利益」では判断できない…。
吉田: そもそも売上とは何かがよく分からなくなってくる。売上と価値の提供先がイコールではなくなってくるから。
下からの矢印は、情報環境の劇的な変化によって必然的に、組織のあり方、マネジメントのあり方、リーダーシップのあり方が大きな影響を受けるということ。情報を活用した新しい働き方や組織のあり方を考えることが、第四次産業革命をマクロで見た時の帰結として導かれるわけだ。
廣瀬: もっと身近な例で言うと、今までモノを買う時はお金を払って終わりだった。買う時点で、これはどんなに楽しいだろうな、それに対する対価はこのくらいだよなという予測をしてお金を払っていた。
ところが、現在、継続的にお金を支払っていくサブスクリプション・モデルがいろいろな製品やサービスに適用されている。例えば「Windows 95」発売の時、多くの人が列に並んで1つ何万円か支払って持ち帰って使った。今は、月額2000円くらいで、毎月のように更新されるサービスに対してお金を支払い続けていく。不満ならばすぐに解約できる。企業側は、1回売り切れば良しというマーケティングから、満足をつなぎ継続的・安定的にお金を払ってもらう関係性づくりに重点をシフトしなければならない。
これはカネ系の部分で大きな変化だ。キャッシュフロー予測の考え方が根底から変わってしまう。金融の与信では、3カ月とか月次の売上・利益を見て判断していたわけだが、ネット上に公開されている顧客の満足度評価などを見れば、その企業の売上が将来増えそうか、減りそうかということが見通せるようになっている。企業の信用評価は財務諸表だけに依存するものではなくなっている。
繰り返しだが、ワンタイム数万円で売れる製品を作る経営と、顧客満足を継続させて毎月2000円ずつ払ってもらう経営とは、求められるものが根本的に違う。このことを踏まえた新しい経営学として体系化していく必要がある。
AmazonやGoogleがFintechにかなりの投資をしているのは、規制が緩和されれば銀行でも保険会社でも投資会社でもやれてしまうからだと思う。Facebookもやろうと思えばできるかもしれない。みんながつけるコメントから、1カ月後、3カ月後、1年後のキャッシュフローが見通せてしまう時代が来るかもしれない。
(後編に続く)